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46.教師と生徒、最後の日

 10月最後の今日。

 外は朝方からしとしとと雨が降り続いている。


「皆さん、今日で私はこの学校を去ります。本当に急な話で申し訳なかった。みんなの前に出ることはもうほぼ無くなるだろうけど、完全に切り離れたわけではないので陰ながらですが、ずっと見守っています」

 朝のHRは天気のせいもあってか、しんみりとしていた。

 今月末でもう先生はいなくなってしまうのは分かっていたことだが、誰もが寂しい気持ちでいるのは一緒だったと思う。


 私はこの教室の中の景色がまだ夢の中の出来事のような気がして、なんだか他人事のようにそれを眺めていた。


 昨日の決めたんだから。

 もう、一人でも平気だって。

 教室の窓から全ての感情を殺して、降りしきる雨をぼーっと見つめる。


「3年の飯谷先生が本日お休みの為、北田先生に代わりに3年生の生物の授業を見てもらうことになっています。なので、今日の一時限目は、僕が最後の授業をさせていただきますんで、みんなHRが終わったら生物実験室に移動してください」

 そう言えば今日は北田先生の姿を見ない。

 何やら廊下にはいかつい男の人が一人立ってたみたいだけど……

 先生の秘書と名乗ってるその人は授業の時間以外はたいてい先生にピッタリとくっついてる。

 何のために居る人なのかはだいたい察しが付くけど……

 そこまでしなくったて、もう私は先生に話しかけたりしないよ。


 HRが終わり、みんな教室を移動するために一斉に立ち上がる。

 友香は何も言わずに私に寄り添ってくれた。

 きっともう……昨日で全て終わってしまった事を、私の表情を見て汲み取ってくれたに違いない。


(最後の最後まで、先生とは一言も会話をできずに終わっちゃうのかな……)

 仕方のない事だと分かっていても、お別れの挨拶すら言わせてもらえないなんてあまりにも悲しすぎた。


 授業が始まった。

 久しぶりの先生の声。


 板書しているときの大きい背中を見つめながら様々な思い出が頭の中を駆け巡る。

 北田先生が来てからというもの、こんな風に改めて先生の授業をしている姿を眺めることさえできなかった。

 秘書らしき人は授業中はさすがに教室の中には入ってこない。

 こうしてなんの縛りもない中、先生の授業を受けられることは今思えば奇跡だったんだとさえ思う。


 チョークを持っている手元に取れかかったボタンが揺れていて……

 ここの準備室でこっそりつけてあげたんだよな。

 膝小僧が当たる位近くで触れる度に……ドキドキして……

 あの時、私は完全に先生に恋してた。


 形ばかりの夫婦生活も、だんだんとお互いの距離が近づいて、私はいつの間にか先生に本当の旦那さんになって欲しいって思う様になっていた。

 本当の気持ちに気づいてやっと恋人になれて……本物の夫婦になることを約束した矢先に、突然終了した結婚生活。

 あんなに近くに居てくれた先生が、ある日突然他人のようになってしまった。


 (こんなに好きになっちゃったのに……)


 あと十分。

 あと十分で、私は夫を失い、恋人を失い……担任の先生まで失ってしまう。


 先生……振り向いてよ……

 最後くらい……私をちゃんと見てよ……


 そう思ってた時、想いが通じたのかくるりと振り返って私を見た。


「最後にプリントを各自やってください! その間青木さんは、この前のテストの件でお話があるので準備室にくること!」


 教室のみんなは私を見て笑っていた。

『こんな大勢の前で呼び出しを食らうなんて可哀そうな奴だな』みんながみんなそんな顔をしていた。


「……はい……」

 私は一生懸命声に出して返事をした。

 ドキドキして、手が震えて……


 別れを告げられることよりも、その時はもう一度先生と話ができることがなによりも嬉しかったんだ。

 先に準備室に入っていく先生の後姿を追う様に、もう彼しか見えない私は駆け出した……



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