41.あの時のお見合い相手……?!
「よう! なっちゃん!」
マンションに向かってトボトボと肩を落として歩いている彼女の後姿を見つけて、僕はなんだかいても立ってもいられなくて声をかけた。
なっちゃんの部屋で話を聞いてから1週間。
同じマンションに住んでいてもなかなか顔を合わさないものだ。
ずっと気にはなっていたものの、むやみに顔を見せに行っていいものなのか、僕らしくもなく迷っていた。
よくよく考えてみると相手の気持ちをちゃんと考えてあげたいって思うのは、なっちゃんに対してだけかもしれない。
正直他人の気持ちなんて僕にとってはどうでもいいし、大体の事は自分の思い通りになるので、誰かに気を遣って媚を売る必要がない。
ひとつ失くしても変わりの物はいくらでも簡単に手に入るし、不自由なんて何もないんだ。
たまにこれを僕の世話役に零すと、苦笑いしながら『お友達がみんな逃げてしまいますよ?』そう言うが、心配は無用だ。だって友達なんていないし必要ないんだから。
誰かの力がいる時は、ちょっと金をチラつかせたり心にもない優しい言葉をかけて笑顔を向ければ、たいていの奴らは僕についてくる。
用が終わればもういらない。
いつまでもだらだらつるんでいたって、どうせ僕にメリットなんてないんだから。
でも、なっちゃんにだけは違う。
なっちゃんが哀しい顔をしていると、自分も悲しい気持ちになる。
何とか笑顔にしてあげようといつの間にか必死になったりしているし、彼女の傷つく言葉を言わないように無意識に一生懸命考えている。
彼女といると、なんだか自分じゃない自分になれるんだ。
また、それが凄く居心地が良くて……幸せな気分になる。
「樹兄ちゃん……?」
僕の声に気づき振り返る彼女の顔色が余りにも悪くて目を疑った。
あんなに笑顔がキラキラ眩しかったなっちゃんは一体どこにいたんだ??
「何か顔色悪いけど……あれからあんまり状況はよくなっていないのかな?」
今の彼女にこんな質問きっと辛いに決まってる。
でも……聞いてあげることぐらいなら僕にだってできる。
「……」
暫く言葉を選んでいるような彼女の表情が俺の心まで苦しくさせた。
「ちょっとさ、近くの喫茶店寄ってかない? ほら、新しくお洒落なところできただろ?」
そっと彼女の手を取り、肩を抱く。
厭らしい気持ちなんてない。
心許無い彼女を少しでも支える力を貸したかっただけだ。
「ありがとう。樹兄ちゃん、時間大丈夫なの?」
自分がこんななのに、相手の事を必ず先に気遣ってくれる。
どんなに弱り果てていも、やっぱり僕の知っているなっちゃんだった。
ここ一週間、放課後は毎日工藤先生と過ごせることがなんだか夢みたい!!
私の隣にはボディーガードのようにいつも傍にいてくれる。
バトン部の生徒たちの間でも私たちの噂で持ち切りのようね。
「ねぇ! 工藤先生こっち来て! 音楽かけるのお任せしてもいいかしら」
まぁ、私一人でだって簡単にできることだけど、あんまりボーっとさせちゃうとどんどん顔色が悪くなるのよね。
考え事の相手は……想像したくないけど、きっと彼女の事ね。
これだけ私と一緒に居る時間が増えて、その彼女とはもう全く連絡取れていないはずなんだから……そろそろあきらめてもいい頃じゃない?
代わりの相手に不足はないでしょ??
そう朝陽さんに目を遣るとまた遠い目をしてここに居ない誰かを想っている様だった。
「朝陽さん! ちゃんと言われたことやってくださる? 真剣にやってる生徒たちの足引っ張るようなことしないでくださいね?」
まぁ、大会終わったばっかりだし、今の時期は結構和気あいあいと緩い感じでやってるんだけど……
彼の心を押さえつけておくには多少キツイ事言わないと駄目ね。
「……悪い」
感情のないその返事。
ここまで彼の心の中に侵略してる娘っていったい誰なのかしら!?
気になりだしたら腹立たしくて収まりつかなくなるから、普段は考えないようにしてるけど……
吉平さんも知っているはずなのに教えてくれないなんて、元々朝陽さんとはどういう関係なのかしら!
もうこうなったら……
何とかして相手の娘探し出してお灸でも据えてやらなきゃいけなくなるかもね。
私、本気になったら容赦しないんだから!!
「西野先生!! 新しい曲の振り付けの事で相談したいことがあるんですけど、部活終わった後時間あります?」
部長の生徒が私に駆け寄ってきた。
う……断りたい……
でもコーチは私だけだし……
「今日じゃなきゃだめかな……?」
恐ろしくて部長の顔が見れない……
「先生!! おとといも同じこと言ってましたよ?! いい加減にしてください! ちゃんと振り付け固まらないとみんなに新しい曲の発表ができないでしょう?」
ホント強気なんだから……この子。
仕方ないわね……
「わかったわ」
ちらっと工藤先生の表情を伺った。
彼はその言葉を聞いた瞬間くるりと私に背を向ける。
私は生徒ほったらかしで慌てて北田先生に電話をかけた。
すぐに着信に気づいてくれて、事情を話すと即座に動き出してくれたようだった。
(本当に頼りになるわ)
ホッと安堵のため息をついた。
部長とのミーティングも無事終わり、一足遅れて私は朝陽さんのご実家に車で向かった。
彼と一緒に吉平さんの家に着いた後は、毎日一緒にお夕飯をたべてから、自宅に帰るのが最近の日課になってるの。
そうだ、お土産にケーキでも買っていこうかしら。
最近できた喫茶店のケーキがとっても美味しいって同僚の先生がいってたし……
きっと朝陽さんも喜ぶわ!!
そう思って喫茶店の前に車を止めてもらった。
自動ドアが静かに開いて中に入ると結構な人が並んでいる。
(素敵なお店……)
一つ一つの席にけっこうなスペースが設けられていて、フカフカの座り心地のよさそうなソファが置かれている。
落ち着くクラッシックジャズのBGMにコーヒーの匂い……
(今度朝陽さんを誘ってここに来よう!)
想像していたらつい笑ってしまう。
絶対私達、ちゃんと分かり合えるんだから。
そう未来の私たちを想像しながら店内を一望していた時だった。
妙に違和感のあるカップルに目が留まる。
(あれ? うちの学校の制服……?)
よく目を凝らしてみると、朝陽さんのクラスの生徒じゃない?
相手の男性は間違いなく社会人でしょ?
何気にいいスーツ着てるし。
なんだか後姿しか見えないけど……パパ活とかじゃないわよね?
何か見ちゃいけないものを見てしまった感じ?
でもまぁ、面倒だから見なかったことにしておくか……
そう思った時だった。
彼女の向かいに座っていた男性がスッと立ち上がる。
入り口近くのトイレに行こうとしていたのか、こっちの方に歩いて来た。
(意外と若いのね……?)
いい服を着ている割に若くて驚いた。
どんな顔をしているのか見ようと目を細めると……
(…………?!!)
あの顔……どこかでみたような……
どこだっけ……
ええと、ええと……
(そうだ!! 私が振ったお見合い相手じゃない!!!)




