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40.元ライバルの願い

「夏帆……」

 ピシャリと北田先生の冷たい言葉を浴びせかけられ、悲しく俯く彼女に何もしてやれない今の俺がいる。


 父さんたちには結局俺の主張など全く聞いてもらえず、話は外野だけでどんどん進み、たった一晩でこの学校の教師すらやめなければならないことまで決まってしまった。


 昔格闘技をやっていた父さんの秘書に羽交い絞めにされ、スマホを奪われ夏帆と連絡すら取れなくなった。

 実家の俺の部屋に監禁され、ずっと外には見張りが付いている始末だ。

 父さんが絶対的な信頼を置いている北田先生を俺につけて、学校でも夏帆との接触がないように今も監視されている。


 今更こんなひどい事をするくらいなら、何故俺と夏帆の結婚をすすめたりなんかしたんだ?

 こんな手のひら返しのように人の人生を弄ぶような仕打ちにどうしても納得がいかなかった。


 確かに2か月前位に事業を大きくしたいという話はうっすら関係者を伝って俺の耳にも入ってきてはいたが、今更夏帆と別れろと言われるなんて全く予想もしていなかった。


 どうにかして彼女と連絡を取りたい……

 昨日の夜も一晩中それだけを考えていた。


「工藤先生?」

 頭の中でひたすら試行錯誤を続ける俺に突然北田先生が話しかける。


「……はい」

 ふいと見上げるとニヤリと笑っていた。

「今日から放課後はバトン部の副顧問をやっていただきたいんですよ。練習に厳しい部活ですから、必ず遅れることのないようにお願いしますね」

 艶のない手で俺の肩にトンと重みをかける。


 なるほど、そういう魂胆か……

 バトン部って言ったら西野先生がコーチで必ずいるもんな。

 くそっ!

 放課後の時間まできっちり拘束してやるってことだな……


「帰りは西野先生と一緒に車の迎えをやるので、ご実家の方にお帰り下さい。くれぐれもマンションの方には足を運ばれることのないよう、お父様からはきつく言われておりますので、ご理解ください」

 こいつには感情ってのがないんだろうか?

 目の奥を見ても優しさのかけらも見て取れない北田先生を恐ろしく思った。


 全くスキがない。

 何とか……メモだけでも夏帆に渡せないだろうか……??


 父さんになんて言われたのかは分からないが……

 俺の事を信じていて欲しい。

 どうか……どうか……


 祈るような想いは哀しくも空回りをする。

 HRが終わると北田先生にピッタリと付かれて教室を出る。


(夏帆……夏帆……!!)

 どれだけ心で叫んでも彼女の心に届くことはなかった……




「ねぇ夏帆? ちゃんと事情を話して?」

 昼休みに友香と紘と私は屋上に居た。

 綺麗に晴れ渡った空とは対照的に、私の心は前が見えなくなるくらいの土砂降りに見舞われていた。


「もう……先生に好きな人が出来ちゃったんだって」

 多くを話しても仕方がない。

 結果はこれだけだ。


「……は??」

 二人示し合わせたかのように声を重ねる。


「そういう事。……入籍どころか、もうお別れしなきゃいけなくなっちゃったの」

 感情を殺して淡々と話しているつもりだった。

 でも私の意志とは全く別のところで涙が頬を伝う。


「え? 何々?? どういう事なの?? 突然すぎて全然理解が追い付けない」

 友香は私の肩を掴んで前後に大きく揺らす。


「だから……ただそれだけ。元々あり得なかったもんね。先生と私が付き合って結婚するだなんて」

 本当にそうだ。

 今までの出来事がきっと夢だったんだ。


「……何よそれ?! だって海に行ったときは……悔しいけど夏帆も先生も羨ましい位お互い好きなんだなぁって私は本当に思ったんだよ?!」

 だんだん感情的になる友香の手を掴み、紘が『落ち着け!』と一瞥する。


「なぁ、夏帆。本当にそう思ってんのか? 本当に先生が自分の口で好きな人が出来て別れたいって言ったのか??」

 紘は食い入るように私を見た。


「連絡来たのは先生のお父さんからだけど……。でも私の番号だって、家の番号だって先生知ってるはずなのに全く連絡ないし、朝だってHRで顔を合わせたけど……」

 ブワッとまた感情が乱れて泣いている自分なんか消えてなくなってしまえばいいとさえ思った。


「……なぁ夏帆……。突然こんな風になって辛いのはよくわかるつもりだよ。でもな……もう少し先生の事信じて待ってあげてもいいと思うんだ。必ず先生は夏帆に自分の口から話してくれると思う。信じて……あげて欲しい」





 肩を上下に揺らしながら泣きじゃくる夏帆に、俺は『待て』なんて、酷な事を言っているのかもしれない。

 でも……とても別に好きな人が出来たなんて思えなかったんだ……。

 昨日放課後先生とこの屋上で話したことが、たった一夜で180度覆るなんてどうしても思えなかった。


(きっと何かあるに違いない……!!)


「夏帆。俺たちもできる限りの協力をするから……もう少しだけ先生の事信じてあげて欲しいんだ。頼む!!」

 俺は精一杯頭を下げた。

 夏帆は一瞬涙が止まるくらいに驚いた顔をして俺を見た。


 彼女の事を好きだと言った俺が、どうしてここまでライバルだった先生に感情移入するのか……


 俺の中で先生は本当にあこがれの存在になっていた。

 だから……夏帆の事を譲ったんだ。

 一番先生を信じたいのは俺なのかもしれない。

 だってそうだろ……??

 先生と話をしていて『夏帆に素直に気持ちを表そう』、そう決心した表情が俺には分かったんだ。


 だから……だから……

 先生……! 俺たちを……夏帆をどうか裏切らないでくれ……!!


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