4.もっと知りたい
「先生……?」
目を開くと心配そうにのぞき込む先生の顔が飛び込んでくる。
「おい、大丈夫か?? 夏帆ちゃん、キッチンのところで倒れてたんだぞ?」
……そっか……
私、夕飯作ろうとして……
「やだっ!! ごめんなさい!! 今すぐ夕飯つくるから……!!」
私は飛び起きて、時計を探す。
「いいから、寝てろ! 今日は俺が作るから!」
ベットに押し返された私は初めて先生の布団に寝ていることに気が付く。
「私……自分の部屋に行きます……。ごめんなさい、先生の布団に寝ちゃって……」
再び起き上がろうとした私を予想したのか、
「いいから寝てろっていってんだろ? 夏帆ちゃん、部屋に戻っちゃったら、俺、様子見に行けないだろうが!」
先生の真剣なまなざしが心に刺さり、じわりじわりと熱が広がっていくようだった。
「迷惑かけて……ごめんなさい」
恩を返さなきゃいけない立場なのに……
どうしてそんなに優しいの?
私、これ以上先生に借りを作っても何にも返せないよ?
「……こういう時は、夫婦でいてもいいだろ? ……なんて突然言われても、しっくりこないか」
はははと笑いながら、部屋を出て行く。
柔らかなベットに潜りこむと、先生の優しいにおいがする……
あぁ……この安心感、久しぶり……
誰かに守られているような……
私はあまりの心地よさにまた、眠気が襲う。
「……夏帆ちゃん?」
扉を開けて片手におかゆを持った朝陽は夏帆を探す。
「部屋に戻ったのかな……」
ベットに近寄ると盛り上がりに気づき、そっと布団をめくる。
小さく芋虫のようになった夏帆が、枕を抱いてスヤスヤと寝息を立てていた。
朝陽はニコリと微笑んで、夏帆の頬にそっと触れる。
その表情は、まるで恋人の寝顔を見るように……
「夏帆ちゃん……!! おかゆ作ったよ!」
微かに先生の声が聞こえて私は目を開ける。
ホカホカのお粥が、ゆらゆらと湯気を上げながら目の前に差し出された。
「これ……、先生が作ってくれたの……??」
私は驚いて、先生の顔をまじまじと見つめた。
「あぁ。俺、お粥だけは得意なんだぜ?」
そう言って一匙掬って、ふうと息をかける。
「ほら、口開けて」
スプーンの上に乗ったお粥と、先生の顔を交互に見た私は、食べさせてもらうことがなんだか恥ずかしくて、ためらってしまう。
「遠慮すんなよ?」
ん! と念を押すように私の口元で、じっと待つスプーンを見つめながら、恐る恐る口を開いた。
ゆっくりと、流し込まれたお粥の優しい味に、『ん~!』と思わず唸る。
「どうだ?? 美味いだろ??」
私の顔を見て嬉しそうに微笑む先生が可愛らしくて、つい見とれてしまう。
コクリと頷き、また口を開ける。
「なぁ、あんまり頑張りすぎるなよ? 夏帆ちゃんがうちに来てから凄い飯が楽しみになったけど、まだ高校生なんだから…… 俺は夏帆ちゃんには普通の高校生として生活して欲しいって思ってる。だから気にしないで、自由にやれ!」
大きな手がポンと頭の上に置かれた。
「先生……」
なんか、泣けてきた。
ずっと一人だって思ってたのに、先生はいつも私の事ちゃんと考えてくれてたんだ……
「先生、一つだけお願い聞いてもらっていい??」
酷い顔だろうな……
でも、嬉しかったんだ。
私の作ったご飯楽しみにしてくれていて。
だから……
「ご飯、一緒に食べませんか?」
絶対に断られる! そう思ってギュッと目を閉じた。
「……いいのか?? 嫌じゃないのか……?」
目を丸くした先生の意外そうな顔……
「嫌なわけないじゃないですか! 先生こそ、一人で食べたいんじゃないかなって……」
私が先生を拒否しているように見えるのかな……?
「夏帆ちゃん、いつもご飯作ると自分の部屋に戻っちゃうだろ? ずっと俺と食いたくないのかなって……」
ポリポリと頭を掻く姿が、なんだか愛おしく見えた。
「私は……いつも一緒に食べたかったんです。……でも言い出せなくて……」
先生がどんな顔をして私の話を聞いてくれているのか見るのが怖くて俯いた。
「あぁ、そうか!! よかったぁ! 早速嫌われてるんかと思って実はスゲー気にしてたんだ」
その言葉に顔を上げると、満面の笑みで私を見ていた。
「先生……」
いつも3m以上の距離をキープしていた私たちは、今日、一気に距離が縮まった気がした。
「そうそう、先生は家ではもう禁止!! 朝陽でいいから!!」
私を見つめていた表情が急に真剣になる。
「朝陽……さん?」
先生の名前がたどたどしく私の口から飛び出した瞬間、顔がかぁっと熱くなった。
そして、先生の顔も真っ赤になっていた。
名前で呼ばれることがそんなに恥ずかしいのかな……?
可愛らしい先生の表情を見て、思わず笑ってしまった。
「ちょっ! 笑うなよ!!」
耳たぶまで真っ赤な先生……じゃなくて朝陽さんが……とても新鮮だった。
『どうして私と結婚してくれたの?』
本当はそこまで聞きたかったんだけど……
なんとなく、正義感とかで結婚したなんて答えが返ってくることが怖くて聞けなかった。
でも、今日はこれで十分……
私、もっともっと朝陽さんの事知りたいよ……