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38.敵の王子か味方の王子か……?

(先生遅いなぁ……)

 時計をみればもう午後8時半だ。

 いつもならとっくに家についているはずなのに……


 昨日の夜取り乱して自分の部屋に籠ったところまでは覚えてるんだけど、朝目覚めたらいつもの寝室のベットの中に居た。

 きっと先生が運んでくれたんだ……そう思ったら少し嬉しかったけど、顔を合わせるとなんだか気まずくて、『おはよう』と『行ってらっしゃい』のあいさつ程度の会話しかできなかった。


(今日こそ、ちゃんと話さなきゃ!)

 決意を固めてずっと待ってるんだけど……

 そういう時に限ってなかなか帰ってこない。


(どうしたんだろう……?)

 心配になってスマホを手に取ったとき、突然呼び出し音が鳴りだした。

(吉平さん?)

 ここに引っ越してきて以来、全く連絡を取ることがなかったのに。


 緊張して電話に出ると、開口一番申し訳なさそうにこう言った。


「すまない、夏帆ちゃん。朝陽と別れて欲しい」

 私は何が起こったのかすぐに理解が出来ずに言葉が出なかった。

「朝陽と、入籍してなかったんだって? 実はあいつ、他に好きな人が出来たらしくてなぁ。こっちから持ち掛けた話なのに本当に申し訳ないんだが……まぁ、夏帆ちゃんもあんな年上のおじさんより、年の近い子と思いっきり恋愛ぐらいしたいだろう?」

 どんどん進んでいく話の展開に私だけ取り残されている様だった。


「夏帆ちゃんはそのマンションにずっと住んでいてくれていいんだ。成人したら夏帆ちゃんの名義にかえるつもりだから、生活の心配をすることは何もない。困ったことや欲しいものがあれば何でも言ってくれ。できる限りの事はやらせてもらうから」


「ちょっと、吉平さん! 朝陽さんは今そちらなんですか??」

 受け入れられるわけがない。

 そんな突然の話……

 好きな人が出来た??

 そんなはず……

 11月には入籍しようって言ってたのに??


「あぁ、こっちにいるよ。色々事情があってな。あとでマンションに遣いの者が朝陽の荷物を取りに行くと思うからちょっと勝手に中に入らせていただくことになると思うけど、よろしく頼むよ。朝陽も夏帆ちゃんと短い間だったけど暮らせて楽しかったって言ってたよ。本当に色々振り回したり気を揉ませたりして悪かったな。落ち着いたらまた連絡するから。ちゃんと学校で勉強するんだぞ!」


「ちょっと待って!! 吉平さん!!」

 きっと私の叫んだ声は届いていなかっただろう……

 吉平さんが話し終わった後は急いでいたのか、すぐにブツリと電話が切れた。



 ……どういう事……??

 最近私を避けてたのは好きな人が出来たからなの……?

 だったらなんでちゃんと顔を見てはっきり言ってくれないのよ?

 お父さんの力を借りるなんて卑怯じゃない!!


(……)

 怒りなのか、悲しみなのか……

 何も考えたくなくて頭の中が真っ白になっていく。


(なんで?……どうして??)

 空っぽになった頭の中で何度繰り返しても一向に答えの出ない問いかけに、心が呑み込まれて消えてしまいそうだった。

 悲しくて、怖くて、寂しくて……

 何もかもが停止した世界の中で、涙だけが止まることなくバタバタとテーブルの上に流れ落ちて行く。


 微かにインターフォンの音が聞こえた気がした。

(朝陽さん……??)

 私はハッと我に返り玄関に向かって走り出した。


 ドアノブに手をかけ勢いよく扉を開ける。

「おかえりなさい!!」

 涙に濡れた頬を拭いながら、目の前に立っている男性の顔を見上げた。


「……樹……兄ちゃん……?」

 思っていた人でなかったことに全身の力が抜け落ちるようだった。

 しんの抜けた足は身体を支え切れずにしゃがみ込む。

「なっちゃん!?」

 樹兄ちゃんは心配そうに私と目線を合わせるために一緒になって隣に腰を落とした。


「なっちゃん……?? どうした??」

 きっとただ事ではない私の様子に驚いたに違いない。


「樹兄ちゃんこそ……どうしたの?」

 私は力なく答える。


「いや、引っ越しのごみがかなりたまっちゃってさ。ごみの出し方と曜日のメモ失くしちゃったから、なっちゃんに聞けば早いかなって思ってここに来たんだけど……。なんだかそれどころじゃなさそうだね」

 昔のように私の頭を撫でる手はとても大きくて……

 なんだか、誰かにすがりたくなるような心許無さを隠し切れなくなっていた。


「……樹兄ちゃん……」

 堪えていた泣き声が乱れた感情と共に漏れ出して、思わず樹兄ちゃんの胸の中で大声で泣いていた。


「なっちゃん……何があったかは分からないけど……よかったら、相談に乗るよ?」

 小学校の頃、何かと私の相談に乗ってくれていた時と同じ穏やかな王子様のような顔をしていた。


 たくさんの秘密に包まれてる今の生活……

 樹兄ちゃんになら……全ても曝け出しても大丈夫かもしれない。

 このままじゃ……私の心が壊れてしまいそう……!


「樹兄ちゃん……」

 私は彼を見つめると、コクリと頷いて返してくれた。


 これ以上失うものなんてもう何もない……

 朝陽さんを失ったら、私は空っぽだ。


 私は樹兄ちゃんを部屋に上げて玄関に鍵をかけた……


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