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36.教師と生徒と恋人

(夏帆……)

 バタンと閉まった彼女の部屋の扉を見つめながら、結局俺はどうすることもできなかった。

 あの海の日以来、俺は自分の理性をコントロールできる自信が完全になくなっていた。

 夏帆を好きすぎるあまり、きっと本気で彼女と向き合ったらもうきっと止められなくなる。

 まだ彼女は高校一年生だ。

 まだちゃんと籍も入れていない。

 こんな状態で一線越えるようなことでもあったら、俺は教師としてもう彼女の前には立っていられないだろう。


 テーブルの上に並んだ夕食をぼーっと眺める。

(サバの味噌煮か……)

 夏帆がこれを作る姿が目に浮かぶ。

 きっと、俺を喜ばせるために作ってくれたんだろうな……

 テーブルに座り箸を手に取った。

 一切れ口に運ぶと彼女の愛情が染み渡るようだった。


 こんなにも思ってくれているのに、俺は結局夏帆に何も与えてあげられていない。

(何が正解なのか……今の俺には答えが出せない)

 今まで向き合ってきたどんなテスト問題より難解だった。


 俺だって過去に恋人みたいな女性がいたことはある。

 ほとんどデートする時間も普通に会話をする時間さえも忙しかった俺にはなかなか難しい事ではあったけど……

 だから、女性経験がないわけじゃないんだ。

 でも、こんなに理性をコントロールできなくなるのは初めてで……正直戸惑ってる。

 本能のままに彼女を求めてしまいそうな自分が怖いんだ。


 もう一度彼女の部屋に視線を向けた。

(でも……このままじゃ……)

 このままじゃいけない。

 分かってるんだ。

 どの道高校卒業までこんな毎日を続けられるわけがないんだから……


 でもせめて、入籍までは……

 ちゃんと夫婦という形をとれば、まだ許されるかもしれない。

 許される……?

 一体俺は何に許されたいんだ……??


 あぁ、頭の中が沸騰しそうだ。

 なんで彼女が自分の教え子なんだ。

 教え子じゃなかったら16歳の女の子に手を出してもいいのか?

 いやそれはダメだろう??


 じゃあ一体どうすりゃいいんだ……??


 俺は頭を抱えた。

 出ない答えを必死に考えようとしてどうにかなりそうだ。



 でも……俺は夏帆の笑顔が見たい。

 夏帆の事が大好きでたまらない。

 それだけは間違いない事実なんだ……。



 彼女への気持ちでいっぱいになったとたん、俺は夏帆の部屋の前に立っていた。

 そっと扉を開けると、俺のジャケットを抱きしめたまま、スヤスヤと寝息を立てていた。

 涙で濡れたままの頬をそっと拭う。


 愛しくて……愛しくて……


「ごめんな……夏帆……」

 俺は彼女を抱えて寝室に連れていく。

 そっと彼女に布団をかけて堪えきれずにキスをした……




「先生おはよう!!」

 小島はいつも元気だ。

 彼女を俺にとられた形になってしまっても、嫌な顔一つしないで俺を慕ってくれている。


「ああ、おはよう」

 昨日の疲れを引きずったまま俺は小島に笑顔を向けた。

「……なんか、先生も夏帆も元気ない顔してますけど、ケンカでもしたんですか?」

 本当に心配しているような彼の表情に、俺は思わず心を許してしまう。


「俺が……一方的に……悪いんだ」

 夏帆への想い溜まった感情が流れ出てしまったのか、思わずそんな言葉を吐いてしまった。

「なんだか、深刻そうですね……? よかったら話聞きましょうか??」

 いつもふざけてばかりの小島の表情が、なんだか今日は頼もしい。

「昼休み屋上でもいきますか!」

 そんな彼の誘いに、俺はなんだかすがるような気持ちで頷いてしまった。



 昼休みの秋空は心なしか高く感じた。

「もう、夏も終わりだな……」

 思わず心の声が言葉に出てしまう。


「何詩人みたいなこと言ってんですか? で、早速元気のない原因を教えていただけます?」

 小島は秋の訪れの空気を噛みしめることなく現実的な話を求めてきた。


「うん、まぁ……」

 いざ話すとなると、こんな事教え子にする話じゃないなと改めて思い始めてしまう。


「先生、俺の大好きな夏帆奪っといて中途半端な事したら、いくら先生だって絶対許さないからな! 最近の夏帆、本当に無理に笑顔作ってるの、俺から見たって分かるよ。『先生が』ってより、『夏帆が』心配なんだ」

 フンと鼻を鳴らし腕を組む。


 まぁ、そうだよな。

 小島には本当に悪いなとは思ってる。

 夏帆を心配する気持ちだって……同じ彼女を好き同士だ、よくわかる。

 素直に吐き出してみようか……?

 なんだかそれがライバルだった小島に対する誠意にも思えてきた。

 俺は意を決して大きく深呼吸した。


「……俺さ、教師って言う立場で、生徒である彼女にどこまで本気を見せても大丈夫なのか……よくわかんなくなってるんだ」

 どう自分の気持ちを伝えたらいいのか分からなくて、どうしても遠回しの言い方になってしまう。


「は? どういう意味ですか? 本気ってなんの??」

 小島は全く意味が分からないって顔をしている。


「いや……その……さ。恋人として、何処まで彼女に自分の本気を見せていいのかっていうか……」

 やっぱこの話するのやめようか……

 そう思った時だった。


「なんで夏帆の事大好きな気持ちをためらう必要があるんですか? 教師と生徒の前に恋人同士なんでしょ?」

 十分自分でも分かっているつもりだったが、立場上それを隠さなければいけないと異常に葛藤していたことが、小島の口から完全に肯定する形であまりにも自然に飛び出してきたことに驚いた。


「まぁ、そうなんだけど……。普通に考えたら、ヤバい関係だろ? 年だって離れすぎてるし……」

 なんだかようやく自分の本音を外に出せた気がした。

 小島は目を丸くしてこっちを見てる。

 そのとたん『ブッ』と下品に吹き出した。


「ちょっと、考えすぎじゃないですか? そもそも世間の目と夏帆の気持ち天秤にかけてること自体、俺からしたら、先生は夏帆の事本気で好きじゃないように見えますよ? そんな自分の体裁ばっかり守ってるようなら、俺、夏帆にまたアタックしますからね?」

 ギッと睨んだ小島の目の中に本気が見えた気がした。

 俺は慌てて取り繕う。


「夏帆の事ばっかりになってくると……きっと学校でもそれが見えちゃいそうで怖いんだ。彼女が学校に居られなくなったり、俺が職を失ったりすれば、未来が全く考えられなくなるだろ?」

 大人の事情ってもんもあるんだ。


「そんなおっさんみたいな考えしてるから夏帆があんな顔するんですよ。何があったって、夏帆が一番だって気持ち、なんで彼女に見せてあげないんですか? その結果、先生が言ってることになっちゃったって、また、ゼロから別の場所で築いていけばいいじゃないですか。先生の年だって、まだまだなんだってできるでしょ? 今の仕事が全てじゃないんだから」


 俺は小島の言葉を聞いて目から鱗だった。

 今まで父さんに言われた通りの事しかしてこなかった俺は、その道から反れることは人生の終わり位に思っていた。

 自分の人生……俺はもっと自由に自分をさらけ出してもいいのかもしれない……

 今更ながらにそう思えてきた。


「なんだか、夏帆の幼馴染って奴も同じ地域に引っ越してくるんでしょ? 先生そんな自分の事ばっかり考えてたら、簡単に別の奴に持ってかれちゃいますよ」

 呆れたように小島が首を振る。


「あぁ……昨日挨拶にきた、あのキラキラ王子か……」

 ずっと忘れていたがむかつく顔が頭の中に浮かんだ。


「なんすか? 挨拶??」

 不思議そうに小島が俺を見る。


「うちの下の階に引っ越してきたんだよ、あいつ。で、昨日挨拶に来たんだ」

 あぁ、本当に鬱陶しい。

 なんで寄りにもよってウチの下の階なんだ?


「マジっすか?? 先生、ホント夏帆の事ちゃんと捕まえといたほうがいいですよ? あんな見た目完璧野郎が幼馴染だなんて、いくらイケメンの先生だって立場危うくないっすか??」

 心配してるんだか、茶化してるんだか……

 同情するような顔をしながら、目の奥の好奇心は隠しきれていないぞ?



 でも、俺の中で迷いが消えた。

 悔しくもそれは小島に気付かされたことだったが……


 帰ったら、もう十分すぎるくらい思いっきり夏帆を抱きしめよう。

 俺の気持ち全てをさらけ出して、彼女に伝えよう……!!



 そう思った時だった。

 内ポケットに入れていたスマホの呼び出し音が鳴る。


「……父さん……??」

 滅多に見ない名前に嫌な予感がした……

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