30.プロポーズとカミングアウト
海の家に何とか避難できたが夏帆の姿が見当たらない。
「佐藤さん。青木さんどこ行った?」
なんとなく嫌な予感がした。
「あれ? 先生と一緒じゃなかったの?」
佐藤は驚いた顔で俺を見上げた。
「いや、青木さんと佐藤さん一緒に居ると思ってたから……。俺はボーっとしてた小島に声をかけて、ここまで連れてきたんだけど……」
小島と佐藤は顔を見合わせる。
お互い夏帆の事は分からない、そんな顔で首を振っていた。
「ここに来る途中に物凄い突風で夏帆の麦わら帽子が風で飛んでっちゃって……。夏帆、すぐ拾いに今まで走ってきた方向に逆戻りしてったんだけど、どっちにしても紘と先生が後から来るから平気かなって、私一人で先に来ちゃったから……。どうしよう、大丈夫かな夏帆」
外に目を遣れば轟くように鳴り響く雷と、バケツをひっくり返したような大雨が砂浜を打っていた。
夏帆を探しに飛び出そうとしていた佐藤と小島を説得して、俺は一人彼女を探しに砂浜に飛び出して行く。
「夏帆!! 夏帆!!!」
どんなに大声で彼女を呼んでも、打ち付ける雨音とすぐ隣に落ちたんじゃないかと思う位の大きな雷の音にかき消されて、なかなか届きそうにない。視界も強風に乗って雨が顔に当たり、目もまともに開けられず最悪だった。
(……どこに行ったんだ……?)
よく目を凝らして避難して誰もいない砂浜を目を皿のようにして探す。
かれこれ彼女を見失ってから20分以上経つ。
さすがに何かあったのかもしれない……考えたくはないがフッと最悪の事態が脳裏を過る。
「おい!! どこだ!! 夏帆!!」
必死に走り回っているうちにまさかとは思ったが、海の中に人影がチラッと見えた。
(……おい、そんな……夏帆じゃないよな……)
血の気が引いていく音が聞こえた気がした。
無我夢中でその人影に駆け寄る。
「夏帆……?!」
波打ち際に横たわっているのは……間違いなく彼女だった。
「夏帆!! 夏帆!!」
どれだけ声をかけても目を覚まさない。
(海水を飲んだのか……?)
手首に触れるとよわよわしく脈が振れているのは分かったが口元に耳を近づけても呼吸が感じられなかった。
頬を軽くたたくが反応がない。
とりあえず酸素を送らなければと、俺は必死で夏帆の口に息を吹き込んだ。
(頼む……!! もうこれ以上俺から大切な人を奪わないでくれ……!!)
もし神様がいるのなら、俺のこれからの人生に残された幸せを全て捧げてもいい、夏帆の命だけは持って行かないでくれ……心の中で必死で頭を下げた。
暫くすると、夏帆の口からコポリと音を立てて海水が流れ出す。
「夏帆!! お願いだ目を覚ませ!! 愛してるから……!!」
彼女にどれだけ俺の声が届いているかは分からない。
でもすぐにふうと小さな呼吸音が聞こえた。
いつの間にか雨はやみ、雲の間から光が差し込み始めていた。
どれだけ『夏帆』と名前を呼んだだろう?
びっしょりに雨に濡れた髪を撫でながら、彼女の口元に自分の頬を近づけた。
確かに感じた温かい息に安心したのか、情けなくも俺の目から溢れ出した涙がポタリと夏帆の頬に落ちる。
「……ん……」
その時、ゆっくりと夏帆の瞼が開き始めた。
「夏帆!! 夏帆!!」
頬を軽くたたき彼女の意識が消えないように繋ぎとめる。
「……先生の大切な帽子……海に飛んでっちゃった……。ごめんなさい……」
懸命に口に出した夏帆の言葉に、俺は彼女があの天候の中、海に入るなんて無謀なことをした原因が今初めて分かった。
「……何言ってんだ……! 夏帆より大切なものなんてこの世にあるものか!!」
彼女の気持ちが嬉しくて……辛くて……どうしようもなく愛おしかった。
自分の大切なものを、こんな危険まで冒して守ってくれようとする夏帆の気持ちに、俺の一生を彼女に捧げたい、そんな強い決意が生まれた。
「……本当にごめんなさい……」
弱々しく言葉を発する彼女の唇を咄嗟に塞ぐ。
もう、これ以上自分を責めて欲しくない。
自分の愛情で彼女の自責の念を取っ払ってやりたかった。
もう一度彼女をしっかりと見つめる。
「なぁ、もう入籍しよう?」
ためらう事なんて何もない。
俺以外の奴なんかに誰が夏帆を渡すものか!!
「……朝陽……さん……」
つうと夏帆の頬を涙が伝う。
その時だった。
「……先生……?!」
俺は聞き覚えのある声に振り返った。
「小島……佐藤さん……」
二人は驚きすぎてもう何も言葉が出ない……そんな顔で俺と夏帆を凝視している姿があった。
「これ……一体……どういうこと?!」




