3.先生にしてあげたいこと
ピピピッ、ピピピッ……
聞き慣れたアラームの音。
「……ん……もう朝……?」
なんだかいつもより重たく感じる体に鞭を打って起き上がる。
夫婦といえども私は自分の部屋として与えられた6畳の部屋に、布団を敷いて寝ている。
寝室には大きなダブルベットもあって、先生には『寝てもいいぞ?』と言われたけど丁重にお断りをした。
今まではお父さんと二人で寝ていた6畳という部屋の広さは、私には広すぎるくらい。
寝心地は当然ベットの方がいいに決まってるんだろうけど、いくら夫婦という関係だって、そんな恋愛感情もない友達以下のような状態の中、流石に同じ布団で寝るなんて、絶対無理!
ボサボサになった頭を軽く整え一つに結び、別の部屋で寝ている先生を起こさないように静かにキッチンに向かう。
昨日も遅くまで灯りがついていたし、きっと教師っていう仕事も大変なんだろうな……
ここまで生活環境を良くしてもらったんだから、私にできることと言ったら、家事で返すことくらいしかない。
だから、特にお弁当は心を込めて作ってるんだ……
時計が7時を指す頃、先生がのそりと起きてくる。
「おはよう、夏帆ちゃん……」
ふぁ……と寝ぐせ頭で大あくびをしながら伸びをする姿は、きっとクラスのみんなは想像もつかないんだろうな……
そう思ったら、なんだか特別なものを見た気持ちになって、嬉しさがこみ上げる。
「なに、ニコニコして。いい事でもあったの?」
遠くから微笑む先生の姿を見て、私は改めてこの人の奥さんなんだよな……?と思うけど、まだ信じられない。
「ううん、何でもないよ。それより昨日も先生、遅くまで起きてたでしょ? 体壊しちゃうよ?」
朝ごはんの目玉焼きを焼きながら、レタスを洗う。
少しでも健康的な朝食を……私にはそのくらいしかできないから……
「夏帆ちゃんもしっかり勉強しなよ? テストあるんだから」
ハハハと寝起きの声で笑うと、顔を洗いに洗面所へ消えていく。
なんだか、こんな朝のやり取りは私にとって、とても貴重な時間だ。
先生はどんな風に思っているか分からないけど、一日の始まりにこうして誰かと笑顔で話ができることを幸せに思うんだ。
家族がいるって、やっぱりいいな……
先生が戻ってくると、今度は私が洗面所へ向かう。
意外なことに、ここに引っ越してきてから、一日も先生と一緒に食事でテーブルを囲んだことがない。
お互い忙しいし、すれ違いの生活。
家での二人の距離感はだいたいいつも3m以上は距離がある。
先生の事束縛したくないし、気を遣わせたくもない。
……でも……自分の作った食事を食べてくれる姿、本当は目の前で見てみたい。
褒められなくっても、何も言われなくってもいい。
ただ、美味しそうに食べてくれる表情を見るだけでいいんだ……
そんな簡単なことがお願いできなくて、今日も先生を見送った後、一人でもそもそと朝食を食べる。
ふと思う。
先生に好きな人が出来たらどうするんだろう……?
私と一生添い遂げるつもりで結婚してくれた……なんてことはこんな距離感のある私に対して、流石にないだろうな。
私にもこれから好きな人ができたら……?
そもそも恋愛が何かもまだ分かってないのに、いつ恋に出逢うかなんて分からない。
卒業して、就職して、自分で生活できる力が身に付いたら……?
私は奥さんだけど、こんな風に一生時間と心をすれ違わせながら仮面夫婦を続けていく事に耐えられるんだろうか……?
そんなことを考えだしたら、授業も身に入らない。
今日は一段とボーっとしてた気がする……
病みだすと、私って本当に簡単に抜けられない嫌な性格。
「青木さん!!」
出欠を取るとき以外、学校では一度も先生に名前を呼ばれたことがなかった。
放課後、家に帰ろうとフラフラ廊下を歩いていた時、突然目の前に現れた先生の口から自分の名前が出たことに驚きすぎて、返事もできない。
昇降口に続く暗い廊下に今、人影はない。
「おい、どうした? 具合でも悪いのか??」
腕を掴まれ引き留められて、先生の顔を見上げると、まるで心配だと書いてあるように見えた。
「……あ、ごめんなさい……。私考え事してて……」
やっとのことで絞り出した声は先生に届いてるかな……?
「とりあえず、今日早めに帰るから……。家の事なんてやんなくていいから、ちゃんと休んどけよ?」
そう言って周りを気にしながら、すぐにその場を去っていく。
先生……?
心配してくれてるの……??
なんだか、心が震えそうな湧き上がる嬉しさに顔が火照っている自分がいる。
凄く嬉しかった。
それだけは間違いない。
私ファザコンなのかな……?
先生はお父さんとは違うか……
先生の顔を思い浮かべてふふふと笑みがこぼれる。
いつもと同じ帰り道が、なんだか今日は明るくて、ふわふわしていて、小鳥の声まで聞こえてくる。
いつものようにカードキーで玄関を開け、お風呂を掃除して……
ご飯を作ろうと、エプロンをかけた時だった。
視界がぐにゃりと歪み、床に崩れ落ちて……
そこからの記憶は全くなく……
気が付いたら、寝室のベットの上だった……




