29.麦わらぼうしの思い出
「あー日焼け止め買うのすっかり忘れてた……」
少し赤くなり始めた肌を摩りながら夏帆が呟いている。
そうだった。俺がもう少し気を利かせていればここに来るまでに調達できる店はたくさんあったのに!!
何処までもポンコツな自分に苛立つ俺。
「……ほら」
小声で先生が夏帆に何か手渡してる??
あんまりじっと見ると不自然だと思って、出来る限りの横目で二人にセンサーをあてる。
「あ……ありがと……」
にっこり先生に向かって微笑む夏帆を俺は見逃さない。
「よかった、気づいてくれたんだ」
コソコソと話す二人の頭が近づいて、表情は全く見えなくなった。
(気づいてくれた……? どういう意味だ?)
「ねぇ、夏帆! その麦わら帽子すっごい古くない?? 可愛いのたくさん売ってるのに」
友香が突然二人の間に割り入って突っ込みだす。
確かに俺も古いとは思ったが夏帆がかぶっているんだったら正直なんでも可愛いや。
「うん? これ?? でも私はすごく気に入ってるんだ!」
嬉しそうに帽子のつばを手でなぞる。
「ふーん。そうなんだ」
友香は『イマイチ理解できない』そんな顔で雑に帽子を眺めたと思いきや、すぐにイケメン探しに精を出す。
夏帆はその後も嬉しそうに帽子をかぶって鼻歌まで歌っていた。
(よっぽど思い入れでもあるんだろうか?)
そんなことを思いながら俺は引き続き、夏帆と先生の会話に聞き耳を立てていた……。
「あ、帽子買うの忘れちゃった!!」
昨日、出発前夜になって帽子がない事に気が付いた。
何かないかと部屋の中をゴソゴソと探していたが、やっぱり代用できそうなものは見つからない。
「ねぇ、先生、帽子買い忘れちゃったよ」
リビングで本を読んでいた先生に今更だとは思ったけど声をかける。
「なんだ、帽子一個も持ってないのか?」
少し考えた後、思い立ったようにソファーから立ち上がった。
「うん……。引っ越しの時にあんまり使わなそうなものはみんな処分しちゃたから学校で使う帽子くらいしかないよ」
日差しもかなり強いだろうし、なくて大丈夫かな……?
「青木さんが嫌じゃなかったらこれ使う?」
先生が手に持っていたのはだいぶ年季の入った大きなつばの麦わら帽子だった。
大きな黒いリボンが大人っぽくて私は一目で気に入った。
「全然嫌じゃない!! 素敵!!」
フワッと私の頭に優しく被せてくれる。
先生はしばらく黙って私の帽子をかぶった姿を切なそうにじっと見ていた。
「……せんせ?」
どうしちゃったんだろう……?
そんな今にも泣きだしそうな顔して……
「それな、母さんがずっと使ってた帽子なんだ。小さい頃からどこかに出かける度にかぶってて……。いつかは処分しなきゃなと思ってたんだけど、なかなか捨てられなくてさ。ホント俺マザコンだよな」
恥ずかしそうに髪をくしゃくしゃとする。
「どうして? お母さんの記憶を残しておくことの何が恥ずかしいの? 先生にとって大切な宝物じゃない……。私なんかが使っていいの??」
お母さんがいない子供の気持ちは誰よりも分かるつもりだ。
それがたとえ大人だったからって寂しい気持ちは同じに決まってる。
「夏帆……。夏帆にかぶってもらえたら、俺最高に嬉しいよ。よかったら……使って欲しい」
そんなふうに照れ笑いをする先生が大好き。
もっともっと私に本音を話して欲しい。
先生の事……知らないことがなくなる位に……
私は静かに先生に抱き付いた。
「今日は……まだ10分前じゃないけど……特別でいい??」
いっぱいいっぱい抱きしめてあげたかった。
先生の寂しい心は私が全部埋めてあげるから……
もっともっと幸せになって欲しいんだ。
昨日の夜のやり取りと夏帆が俺に抱き付いてきてくれた時の感触を思い出していた。
隣にちょこんと帽子をかぶって座っている彼女と二人きりだったどんなに良かっただろうか。
また情けないほど『好き』が止まらなくなっている俺は、周りの目を忘れるくらい日焼け止めを塗っている小動物のような愛くるしい彼女の姿に目を奪われていた。
背中に手を回し塗りずらそうにしているのを見かねて思わず彼女の背中に触れる。
「……ありがと」
頬を赤らめる彼女と目が合い、自分のやっていることに罪悪感が湧き上がる。
「ご、ごめん」
何故か謝ってしまった。
やましい気持ちなんて全然なかったのに。
「ううん、塗ってくれると助かる」
チラッと友香や紘の様子を伺いながらこちらを見ていないことを確認して俺の手に日焼け止めを出した。
何だろう……
とてつもなくドキドキする……
俺……24歳にもなって彼女の背中に日焼け止め塗るだけでこんなに動揺するなんて!!
そっと彼女の背中に触れる。
温かくて、柔らかかった。
(ヤバい……顔に出てないかな……)
照明があるなら暗転させてくれ!!
そんな気持ちでいた時だった。
青空の向こう側にピカリと光るものが見えた。
生温かい風が俺たちの間を吹き抜ける。
「なんだか雲行きが怪しくなってきたな……」
みるみると灰色雲が青空を呑み込んでいく。
「おい、ちょっと降りそうだから海の家に避難しよう」
俺は3人に声をかけた。
夏帆と佐藤はすぐに立ち上がったが、小島はしばらくボーっとしている様だった。
「小島!! 行くぞ!」
俺は小島の手を引き立ち上がらせる。
「……は、はい」
腑抜けた声でようやく重い腰を上げた。
「どうした? 具合でも悪いのか??」
顔色が悪かったので心配になる。
「いや……すみません、大丈夫です」
俯き頭を下げると、先に走っていった夏帆と佐藤を追う様に走り出した。




