25.一つ目のピンチ
「さあ、乗って! お嬢様!」
真っ赤な二人乗りの外車の扉をガチャリと開けて私を紳士のように迎え入れる朝陽さん。
(さすがお金持ち!! こんな高級車、近くで見るの初めてだよ……)
重厚な室内のインテリアをぐるりと見まわし感動のため息が漏れる。
普段学校へはバスで通勤してるので、ここに引っ越してから初めて彼の車にお目にかかったのだ。
「この車、学校には乗ってったことないから、まずバレることはないだろ」
そう心配する私の表情を伺うと、頭をポンポンと叩いた。
「そうかな……?」
それでもまだ心配な私。
朝陽さんは自分の胸ポケットからサングラスを私の顔にかけた。
「お、いいぞいいぞ!! なかなか似合ってる」
ククと笑いを堪えながらも、目が本当に優しい。
助手席に座ると、朝陽さんは車の中にあったもう一本の自分のサングラスをスチャッとかける。
「お揃いだな、俺たち」
そう言いながらハンドルを切る姿が、眩しすぎて直視できない。
改めて自分の彼が朝陽さんであることが不思議に思えてしまうのだ。
どうしてこんな素敵な人が私の恋人になってくれたんだろう??
今更ながらに夢心地だ。
「ねぇ、こうして二人でどこかに出かけるなんて、初めてだよね!」
家では毎日顔を合わせているけど二人きりで外出したことが一度もないなんて、普通の恋人同士では考えられないよね?
「俺楽しみにしすぎて、昨日よく眠れなかったよ」
最近の私達は、自分で言うのもなんだけど、あの体育祭でキスをして以来、恋人解禁の就寝10分前は部屋の空気がピンク色に染まるようなイチャイチャぶりだ。
だって、24時間の中のたった10分しか恋人でいられないんだよ?
どっかのヒーローが人間に戻るよりはほんの少し長いかもしれないけど、一分だって無駄にしたくない!!
優しく抱きしめてくれて、見つめ合ってキスをして……
何度も何度もそれを繰り返す。
彼の胸に耳を当てて鼓動を聞いているだけで十分幸せ。
『好き』って言う気持ちは唇から身体の芯を抜けて行き来する。
言葉なんて要らないんだ。
恋人タイム終了のアラームが鳴り響けばその愛されている余韻を胸に私はベットに入って眠りにつく。
よく我慢できるでしょ?
延長システムがあるならどんなにいいかって、毎日毎日私は思ってるよ?
でもそこはやっぱり先生は厳しい。
ひとつ緩めてしまえばすべてがなし崩しになりそうで怖いんだって。
どういう意味?
学校でもけじめがつけられなくなっちゃうって事?
私は大丈夫なのになぁ……
助手席に座っている夏帆をさりげなくサングラスの中からチラチラと覗き見する。
それにしてもなんて違和感なんだろう?
サングラスが浮きまくっていて、今にも吹き出しそうだ。
でも、可愛い! 可愛すぎる!
最近の俺はブレーキが壊れそうでハラハラする日々が続いている。
自分で言い出した就寝前の10分間の恋人時間が予想以上に刺激が強すぎた。
彼女の初々しい覚えたてのキスに俺はどっぷりとハマりすぐに自分を見失いそうになる。
歯止めが利かなくなりそうで、毎回スマホのアラームをかける始末。
時間を重ねるたびに彼女の心が近づいてくるのが分かって、教室で黙々とプリントを生徒たちが解いているときも、気が付けば視線は夏帆に向けられている。
もう重症なんだ。
彼女に夢中になりすぎて……
入学式の頃から格段に大人びてきた彼女に、今日はピッタリの服を買ってあげようと昨日の夜からずっとどんなものが似合うのか考えていた。
ボーナスも入ったことだし、夜は少しいいお店に行って、いつも家事をきちんとこなしてくれる彼女を労おう。
なんだか今のセリフ、夫から妻に向けた言い回しだったな……
危ない危ない、緩んだ顔を彼女に見られるところだった。
「朝陽さん、何ニヤニヤしてるの?」
突然の彼女の言葉に全身がビクリと反応した。
悟られることはないと思っていたのに……
まぁ、それだけ俺の事を見てくれているってことだな!!
こんな具合に俺の頭の中には限りなくお花畑が広がっていた。
隣で微笑む夏帆を見て、今日の俺は間違いなく彼女より浮かれている。
モールの駐車場に車を止めて彼女と手を繋ぎ中に入ろうとした時だった。
「あれ? 工藤先生??」
最近嫌悪感しか感じない女性の声がする。
全身硬直して、振り返れない。
「工藤先生でしょ? 西野です。聞こえてるんでしょ?」
諦めずに後ろから俺を呼ぶ声をどうにか聞こえなかったフリが出来ないだろうか!
夏帆も首を動かすことが出来ずに、繋いでいた俺の手をギュッと握りしめる。
もう、これしかない!!
「夏帆、ダッシュだ!!」
小さな声で口元だけ動かし、彼女の手を握り返す。
俺に引きずられるように夏帆は懸命についてくる。
どこか……どこか隠れられるところはないか……!!
人ごみの中何とか西野先生を巻くことに成功し、柱の陰に俺たちは身を寄せた。
「朝陽さん……どうしよう……?!」
不安げな夏帆の表情を見て、俺は一度彼女から外したサングラスを再びかけさせた。
「とりあえずもう、ここは諦めよう……」
遠くから駐車場に止まっている自分の真っ赤な車に目を凝らす。
「くそ……! そういえば西野先生は俺の車……」
「……知ってたんだ……」
頬を膨らませて剥れる彼女の目はサングラスで隠れていて見えない。
見えないが……
フンと俺に背を向けた。
「いや、夏帆……違うんだ!!」
彼女の肩を慌てて引き留める。
「何が違うのよ!! ……せっかく楽しかったのに……」
今にも泣きそうな彼女は自分の目の前に大きな壁を打ち立て、俺にバリアを張り始める。
「夏帆……」
次の手を高速で捻りだそうとするが彼女の顔が曇っていくのを見ていると集中できない!
とにかく乱れた心を悟られないように額から汗を噴出しながら余裕の表情を作り出してみたもの……
あぁ……一体どうすれば……!!




