21.ファーストキス
午後の彼女は言うまでもなくボロボロだった。
夏帆の出場する最後の競技である障害物競走なんか、スタートラインに立った時からすでに泣きそうな顔をしている。
俺はずっと彼女から目が離せない。
もともと運動はあんまり得意ではないのかもしれない。
泣きはらした顔で走り出す姿を、佐藤と小島が懸命に応援している。
今の彼女にこんな競技をさせるのは酷な話だと思った。
彼女を棄権させる方法は考えればいくらでもあったかもしれないのに……
とことん不甲斐ない自分に苛だった。
最後のハードルに差し掛かり、何とか飛び越えていくのを一つ一つ見守っていたが……
ゴール前で力尽きて転んでしまう姿を見たとたん、俺はわき目もふらず飛び出していた。
膝から血を流しながらゴールする彼女に声をかけようと息を吸った瞬間、佐藤が彼女を呼び止める。
後ろから小島が出てきて、夏帆を背中に負ぶった。
俺は引き留めようと三人の姿を追ったが、途中で足を止めた。
彼らが行く先には西野先生が必ずいる。
今そこに俺が顔を出すわけにはいかない。
膝だけじゃなくて、彼女の心にもっと傷を負わせてしまう気がした。
指を咥えて見ているだけの自分が大嫌いになった。
こんなんで夏帆の恋人だなんてどうしていえるんだ?
小島の役割は、本当は俺のはずなのに……
今日の体育祭の最後に生徒も教師も全員参加対象ののフォークダンスがある。
強制ではないので、見学しているものも毎年多く見られるが、生徒たちの間ではちょっとした大イベントみたいだ。
「せんせー!! 一緒に踊るのたのしみにしてるねー!」
そんな女子生徒の声もチラホラ聞こえるが、それどころじゃなかった。
救護室に言った後の彼女を、時間の合間をみては探したがみつからない。
一体どこに行ったんだろう……?
フォークダンスの輪の中で、佐藤がはしゃいでいる姿が目に入った。
でも傍に夏帆はいない。
最初から参加するつもりじゃなかったし、俺は校舎の中に入ってくまなく夏帆を探す。
もちろん生物実験室も。
たいていの教室は鍵がかかっていたりするので入れないようにはなっているし、すぐに見つかると思ったんだが……
校舎を2周したが彼女はいなかった。
やっぱり外なのか……?
そうだ、まだ屋上を見ていなかった。
今日は校舎の外に点数表などを出したり、装飾したりしていたので、屋上のカギは開いていたはずだ!
そこに違いない!!そう思って階段を駆け上がる。
(夏帆……! 逢いたい……彼女に逢って、ちゃんと話したい!)
ずっと心に蓄積されていた感情が溢れ出していた。
きっと、今誰に目撃されても俺は自分を止められなかったと思う。
「夏帆!! 夏帆!! いるのか??」
屋上に出ると、真っ赤な夕日に染まり、眩しくて一望できない。
どこかに隠れているんじゃないかと陰になるものを一つ一つしらみつぶしに探していく。
柱の陰から包帯が巻かれた足が見えた。
「夏帆!!」
間違いない。彼女だ。
柱の陰を覗き込むと、ひっそりとそこに彼女はいた。
泣きはらした目をこちらに向けて、驚いた顔をしていた。
「せんせ……?」
力ない彼女の声に俺はもう我を忘れた。
泥だらけになった彼女を思いっきり抱きしめた。
「夏帆……、ごめん、ごめんな……」
こんなところで、たった一人、何を想ってたんだろう……?
そう思ったら苦しくなった。
「どうして……ここ……」
彼女の声が震えてる。
また涙が溢れそうになる彼女の瞳を見て、『教師』であることなど、そのとき頭の中から完全に消えていたんだ。
「キス……していいか?」
どんな手段でもいいから、彼女と繋がりたかった。
言葉なんかじゃなくて………
彼女の心に直接触れたかった。
「え……?」
彼女の頬が赤く染まった気がした。
夕日のせいだろうか?
「嫌……かな……?」
まだ16歳の彼女に自分の気持ちだけを強引に押し付けたくなかった。
彼女のペースに合わせて、仲が深まっていけばいい、そう思ってた。
でも、限界だったんだ。
彼女の心を繋ぎとめたくて、俺だけのものにしたくて……
俺の胸の中で静かに首を横に振る。
そっと顔を上げた彼女と引き合う様に見つめ合う。
夕日が余りにも眩しくて、目を閉じる。
そのまま、俺はそっと彼女の艶やかな唇に埋めた……




