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20.愛妻弁当

「ねぇ、先生! 西野先生とお似合いだよ!」


 背後からの生徒たちの声に押されるように、西野先生が俺に近づいてくる。

 正直、俺は彼女に恋愛感情を持ったことなど一度もない。

 婚約寸前だって言ったって『俺は父さんの言った人生しか歩めない』そうあきらめていた頃に降って湧いた話だった。


 彼女が明らかに俺に好意を持ってくれているのは、もう普段の会話から十分わかっていたことだけど、もう今更その気持ちに応えることはできないと、今までも何度も話をしてきた。


 本音を言えば、ここまで生徒たちの前で近寄ってこられると、本当に困る。

 あからさまに邪険にもできないし、だからと言ってウェルカムにもできない。


 こうやって茶化されてる風景を、きっと夏帆はどこかで見てるだろう。

 そんな彼女の気持ちを考えたら居ても立っても居られない。


 辺りをぐるりと見まわす。

 俺のクラスの席が目に入ったが、夏帆の姿はそこにない。

 何処に行ったんだろう?

 この場面を見られていなければいいんだが……


「工藤先生、この後お昼でしょ? 一緒にお弁当食べません??」

 他の先生にもわざと聞こえるように大きな声で誘ってくる西野先生が最近本当に苦手だ。

 つくづく婚約なんてことにならなくてよかったと思った。


「工藤先生は生徒にも先生にモテモテでうらやましいですなぁ」

 左の口角を引きつらせて嫌味を言ってくる学年主任の斎藤先生。

『あなたには綺麗な奥さんがいるでしょう?』

 そう喉元まで出かかったが飲み込んだ。


「西野先生、この前も言いましたけど二人でお弁当なんて食べたら、また誤解されてしまいますよ。現にこうして斎藤先生にだって、俺たちの事羨むような目で見られてるんですから」

 こんなこと、説明しなくったて簡単に分かることなのに。

 いちいち口に出して言われないと分からないんだろうか?


「でも、私今日工藤先生も食べるかなぁって思って、サンドイッチ多めに作ってきたんですよ? 食べて欲しいなぁ」

 俺を下から見上げるように覗き込んでくる彼女にさりげなく距離を置いて斎藤先生を見た。


「斎藤先生、西野先生が作ったサンドイッチ頂けるみたいですよ? あいにく俺は自分の弁当あるんで、是非俺の分もどうぞ!」

 そう話を振った。


 前髪がだいぶ薄くなりかけた40歳半ばの妻子持ちである斎藤先生は明らかに西野先生に好意を持っているっているのは生徒たちの間ですら周知されている。

 彼女を想ってくれる男性に食べてもらった方がサンドイッチもさぞかし喜ぶことだろう。


「えっ? いただいちゃっていいんですか??」

 西野先生ににじり寄る斎藤先生を横目に、俺はその場を駆け出した。


 夏帆……今どこにいる??

 彼女の友達に聞けば早いかもしれない。

 でも俺が彼女を探している理由を突っ込まれたら、またそれを誤魔化すのが大変だ。


 体中に夏帆のアンテナを張り巡らせて彼女を探す。

 校庭にはもういなそうだ。


(どこだ? 夏帆……?)

 無我夢中で校内をかけずりまわる。

 自分のクラスの生徒もほったらかしで、本当に担任失格だ。

 でも、今行かなかったらきっと彼女を傷つけたままになる……


 そう言えば生物実験室……朝使って鍵開けっ放しだったな……

『廊下を走るな!』と散々生徒に言ってるくせに、俺は今全力疾走で走り抜けている。

 ほとんどの生徒はグラウンドに出ているから目撃されることはないだろうが……


「夏帆……!!」

 上がった息が邪魔をして上手く喋れない。


「先生……?!」

 彼女は驚いたようにこっちを見た。


 やっぱりここに居た。

 目が真っ赤なのは……まさか泣いていたのか??


 彼女は俺を避けるように教室を出ようとする。


「ちょっと待って!!」

 俺は彼女の細い腕を掴み懸命に繋ぎとめた。


「先生、やっぱり西野先生の事好きなんじゃない!」

 鼻声の彼女は案の定さっきの俺の姿を見て誤解をしていた。


「違うって! 俺は本当に何とも思ってない!!」

 信じてもらえていなことが……想像以上にショックだった。


「だって……誰がどう見ても、二人ともお似合いだった……! 先生だって西野先生にタオル貰って嬉しそうな顔してたじゃない!」

 俺の傍から離れようと暴れる彼女の両手を掴んだ。


「私……やっぱり自信ないの……。まだ先生が私の恋人でいてくれることも夢なんじゃないかって思ってる。だってやっぱり先生……凄くかっこいいもん!」

 真っ赤な顔をしている彼女の言葉に俺は自分が抑えられなくなりそうだった。


「ごめんなさい……、お願いだから、放っておいて……!!」

 その時夏帆の目からポロリと零れ落ちる涙を見て、掴んでいた手が一瞬緩んだ。


 その隙をみて彼女は一気に廊下へと走り出した。


 こんなに彼女を悲しませているのに、鼓動が高鳴ってる自分がいる。

 どうしようもない位彼女を『好きだ』という気持ちが襲い掛かって動けなくなった。


 本当は……思いっきり抱きしめたかった。

 彼女に自分の出し切れるすべての想いをどうにかして伝えたかった。


 でも、やっぱりこの『教師』という立場が邪魔をする。

 万が一、誰かに目撃されたら……

 彼女との未来がなくなってしまうかもしれない……

 そう思ったら怖かった。


 何が正解か分からない。

 分かっているのは夏帆の事を大好きだという気持ちだけ。


「……はぁ」

 準備室に置いてあったお弁当を独り静かに広げた。


「これ……」

 なんだか泣けてきた。


 蓋の中には色とりどりの動物や花が小さい細工をたくさん施してお弁当箱いっぱいに詰め込まれていた。

 ご飯の上には『Fight!!』と海苔のメッセージが乗っている。


 何時に起きて作ったんだ……これ?

 彼女の気持ちを想ったら息が出来なくなった。


「もったいなくて食えねーよ……」

 情けない位に零れ落ちてくる涙を懸命に拭いながら、一つ一つ味わって口に運んでいく。



 そんな時、準備室をノックする音が聞こえた。

「工藤先生! もう探したんだから!」

 夏帆じゃなかった。

 がっかりした。


「西野先生、俺一人で昼食いたいんで、申し訳ないんですけど後にしてもらっていいですか?」

 当たり障りのないように彼女を外へ押しやる。


「あれ? もしかして愛妻弁当食べてるんですか??」

 強引に覗き込む彼女。


「本当にいたんだ……奥さん」

 チラッと上目遣いの彼女から目を逸らす。


「いますよ。言ったでしょ? だからもう行ってください!」

 その瞬間俺を強引に押しのけて準備室の中に侵入してくる西野先生を制止できなかった。


「わぁ可愛い!! 奥様お料理じょうずなんですねぇ! 一個もらっちゃお!!」

 口にしたのは俺の大好きな卵焼きだった。

 朝、『先生の大好きな卵焼き、今日隠し味を入れたらすっごく美味しくなったの!! 楽しみにしててね』そう微笑みながら言っていた夏帆の顔が思い浮かぶ。


「ほんと、出てって下さい!!」

 口をモゴモゴさせている西野先生を俺は本当に嫌いになりそうだった。

 見た目は綺麗な顔をしているのに、どうしてこんなにやることが汚いんだ……


「分かりましたよぅ。まあいいや、美味しい卵焼きご馳走になれたし!」

 ふふんと鼻を鳴らしながら嵐のように準備室を出て行く。


 俺は最後に取っておこうと思っていた卵焼きが居なくなった弁当箱を見つめながら、なんだか心細くなった。


「ごめん……夏帆……」

 まるで彼女が自分の傍からいなくなってしまったような気持ちになった。


 彼女にちゃんと謝りたい……

 どうか……嫌いにならないでくれ……



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