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18.愛されてるんだって知った時

「ただいま」

 いつも通りに玄関のドアから入ってきた朝陽さんのカバンを受け取り、疲れからか少しばかり項垂れた表情で靴を脱ぐ姿を見つめながら、彼の今日一日の学校での活躍を思い浮かべこっそりとキュンとする。


 毎日毎日、相も変わらずこうして出迎え、私の朝陽さんへの想いは発散されることなく自己完結するのだ。


 だって仕方がないじゃない……

 お家に居ても『先生と生徒』の空気の方が今は濃厚なんだから。


「おかえりなさい。ご飯もう出来てるよ?」

 朝陽さんの背中を追いながら、明るいリビングへ向かう。


「あぁ、ありがとう」

 力なくニコリと微笑む。

 どうしたんだろう。

 いつもならもっと元気よく今日のメニューとか食い気味で聞いてくるのに。


「何かあった? 疲れてるみたい」

 見た通りの事を口に出すと、朝陽さんはハッとしたように引きつった笑顔をする。

 ……意外と分かりやすい性格……


 いつもよりも言葉数少なく食事をして、お風呂を済ませる。

 最近では二人で一緒に映画やバラエティー番組を見ながら声を出して笑い合うのに、今日に限って重たいドキュメンタリーがかかっている。


『アルコール中毒からの復活』

 そんなタイトルだったかな。

 酒に溺れ、恋人も仕事も失う転落人生……

 そこから這い上がるための復活劇。

 まだお酒も飲めない年の私にはいったいどんな気持ちでこの番組を見たらいいのよ……?


「はぁ、俺も今日は飲もうかな……」

 私がこの家に来て朝陽さんがお酒を飲んでる姿なんて一度も見たことがない。


「……どうしたの?? 急に。やっぱり何かあったんでしょ??」

 顔を覗き込もうとすると『なんでもないよ』そう、プイと避けられてしまう。


「言いたくないんなら別にいいけど……」

 なんだか荒れてるなぁとずっと冷蔵庫に眠っていたビールを朝陽さんの目の前に差し出した。


 プシュッと爽快な音を立てて飲み口から泡が盛り上がる。

 一緒に持ってきたグラスに移すことなくゴクゴクと半分ほど一気に飲み干した。


「先生……大丈夫? 久しぶりなのにそんな一気に飲んで……」

 お酒が大好きだったお父さんの飲んだくれる姿を日常的に見てきた私は、酔っ払いには免疫があるから心配はしていなかったけど、本当に何か病むことがあったんじゃないかと、そこが心配だった。


「……大丈夫!!」

 ふーっと息を吐きだして、一点を見つめる朝陽さんを見ていると不安が募ってくる。


「ねぇ、私でよかったら何でも聞くから……。アドバイスはできないかもしれないけど……」

 少しでも朝陽さんの力になりたくて、私は懸命に自分の存在をアピールする。


「………」

 黙ったまま私をみる先生の眼差しが今にも泣きそうに見えた。


「?」

 心配になって背中を摩る。

 俯き目を閉じてる姿はもうすでに酔いを感じている様だった。


「夏帆ちゃん、小島に告白されたんだって……?」

 チラッと弱り切った瞳でこちらを見た。


「え? あ、そう……そういえばそんなこともあったけど……」

 ビックリした。

 いきなり、今更。

 紘とは結局何もないし、今も友達同士で仲良くしてるのも、いつも学校で見ていて知ってるだろうし……

 どうしちゃったの?一体??


「なんで黙ってたんだよ……」

 また俯き床を見つめる朝陽さん。


「だって、そんな紘とは何でもないし……言うほどのことじゃないと思ったから……」

 何をどう誤解して先生がこうなっているのかよく分からない。

 でも私が話すこと全てがなんだか言い訳をしているような空気の流れに、やっぱり報告しなかった自分が悪かったのかな……とほんの少し反省した。


「……言わなくて、ごめんなさい。何でもないことで、先生に心配かけたくなかったの」

 朝陽さんを覗き込んだ。


「今日、小島と夏帆ちゃん二人で廊下に仲良く出て行くとこ見て、なんか気持ちがざわざわしちゃってさ。そのタイミングで佐藤から夏帆ちゃんに小島が告白したって話聞かされたから余計に……心配になっちゃって……」


 顔が真っ赤なのは酔ってるせい??

 でも、なんかすっごく嬉しかった。

 私、思わず先生の背中をギュッと抱きしめちゃった……


「夏帆ちゃん……?」

 突然の事にびっくりしたのか先生は固まっていた。


「先生……、呼び方、『夏帆ちゃん』になってるよ……」

 先生の大きな背中に身体を預けて『好きなのは朝陽さんだけ』そう声に出さずに注入する。


「アイツ、小島……夏帆ちゃんのこと、『夏帆』って呼んでんだろ? 俺だってまだ呼んだことないのに……」

 小さな声でブツブツと呟いている。


 そんな朝陽さんが可愛くて……

 昼間の仕返しで、つい意地悪言いたくなっちゃった。


「名字で呼ぶって言ったの先生でしょ?」

 ちょっとふてくされて言ってみた。


「……なぁ……ちょっとだけ、ルール変えていいか……??」

 恥かしそうに人差し指でこめかみを掻いている。


「何……?」


「これから寝る前、十分間だけ……『夏帆』って呼んでいいかな……?」

 先生の背中に耳を当てるとやけに高速で動いている心音が聞こえてくる。

 ただ名前を呼ぶだけの事……

 それだけの事に、こんなにも我慢してくれていたんだなぁって思ったら、心がキュンと鳴いた。


「……いいよ……。先生の好きなように呼んで……」

 優しく波打つ鼓動を聞きながら静かに答える。


「夏帆も……俺の事名前で呼んで欲しい……。その十分間だけ……恋人に戻りたい……」

 そう言って朝陽さんは後ろから抱きしめている私の手をほどき振り向いた。

 ギュッと力強く朝陽さんの胸の中に引き寄せられた時、あぁちゃんと愛されてたんだと気付く。


「ごめんな……俺、いい歳になって、ヤキモチ思いっきり妬いてた……」

 頭の上から柔らかく降る先生の声に夢見心地になりながら頷いた。


「朝陽さん……大好き……」

 そう朝陽さんの大きな背中に回した手の力をギュッと強めて、私は今日が先生と出逢って一番幸せな日だと感じたんだ。




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