17.幸せな恋人ライフ?
じっとりとした六月の雨空なんてまるでなかったかのように、スッキリと晴れ渡った青空の下で、ほとんどの生徒たちはもうすでに夏休み気分一色だ。
私の通っている藤吉高校の体育祭はちょっと変わっていて、学期末のテストもスッキリと終わった夏休み前の7月半ばに開催される。
暑くて嫌がる生徒たちも多そうなところだが、実はこの学校の体育祭のラストには、夏休みを制するために欠かせないビックイベントがあった。
みんなこの日のために持っているものすべてを賭けて戦いに挑むのだ。
そう、恋人をゲットするという戦いに……
「あぁ……長谷先輩……」
うっとりと写真を見つめる友香も、やっぱりこの体育祭に賭けていた。
「ねぇ、友香って長谷先輩と話したことあるの?」
彼女の口からうんざりするくらい出てくる『長谷先輩』。
でも、実際私は一度も友香と彼が話しているところを見たところもないし、そもそも、写真以外の『長谷先輩』を見たことがない。
「あるわけないでしょ! そんな簡単に近づける人じゃないんだから!!」
やっぱり……
彼が一体何者なのかもわからない私は、いまいち友香の話が心に響いてこない。
「夏帆はいいよね? 毎日毎日まいにぃーーち!! 大好きな彼氏と一緒に居られるんだから!!」
むくれている友香の顔に『どうせ私の気持ちなんてわかんないでしょ!』そう書いてある。
幸い友香はバトン部で放課後は練習練習の大忙しな毎日だ。
事あるごとに私の彼氏の存在を知りたがる彼女をかわす為、帰りのHRが終わった瞬間、私の『24歳の彼氏』を友香に突っ込まれるより先に、風のようになって教室を去るのが日課になっていた。
そうして騙しだまし誤魔化しながら、次第に体育祭が近づくにつれて、友香は私の恋人事情より『長谷先輩』をゲットする最後のチャンスに全身全霊を傾けるようになっていった。
「そんなに効力あるの? 最後のフォークダンス」
自分には正直全く興味がない。
朝陽さん以外の男子と手を繋いで踊るなんてむしろストレスを感じてしまう。
「そりゃ、あるわよ!! 毎年何組もカップルが誕生してるんだから。意中の相手がパートナーになった時が告白タイム! あの数秒の中に生まれるロマンスは普通に『好きです』って告白する何十倍もの効力があんのよ?! 思いが通じ合ってもまたすぐ他のパートナーと踊る大好きな人を横目にひたすら曲が終わるのを待つのよ……。そして、その後はすぐに長谷先輩の元に駆け寄って『あぁ、やっと私のところへ戻ってきてくれた……愛しい人よ……』そうして二人は熱いキッスを交わすのよ……」
あ、完全に妄想の世界に行っちゃった……
友香の背後からゆらゆらとピンク色のハートがたくさん舞い上がっているのが見える。
「……そうなんだ」
とりあえず返事をした私をまた恨めしそうに睨む友香。
「ほら!! 幸せな恋人ライフを送っている夏帆ちゃんはにはどうせ他人事ですよね」
いーだ!!と口を横に広げてみせる。
とはいえ、恋をする友香の日を重ねるごとにピカピカと輝きを増していく姿を見て、羨ましくも思う。
私と言えば朝陽さんと晴れて恋人にはなったものの、特に進展は何にもなし。
一緒にご飯を食べて、その後他愛のない会話をして笑い合う。
幸せだよ? もちろん。
朝陽さんが私を想ってくれているのも会話の端々から読み取れるし、いつも先取りして私をフォローしてくれて……
でも、家でも『青木さん』と『先生』になってから、なんだか私たちの間に太い線が引かれてしまったみたいでなかなかそれを超えられないし、超えちゃいけない気持ちになる。
彼氏のいる友達の話なんかを聞いてると、もっと手を繋いだり、ハグしたり……
それ以上の事はレベルが高すぎて想像もできないけど、なんていうかもっと……
もっと……近づきたいんだ。
朝陽さんから見たら私なんて本当に子どもに見えるのかもしれない。
だって全く何にもないんだよ??
考えられる??
私達恋人同士なんだよ???
「はぁ……」
ついため息が出てしまった。
「ナニナニ?? 喧嘩でもしたの?? そういえばまだ夏帆の彼氏の話私ちゃんと聞かせてもらってないんだよね。親友なんだからさ、そろそろなんか教えてくれてもいいんじゃない??」
ヤバい……思い出させちゃった!!
「い、いや、私の事はもういいじゃん! 今友香は大事な時期でしょ?? 自分の事に集中集中!!」
なんとか誤魔化せたかな……??
「何が集中なんだ? テストが終わっても熱心だな」
聞き覚えのある声の主を確かめるため振り返る。
……朝陽さん……!!
私はギョッとして『この場から離れて!』……そう先生に向けた視線に乗せメッセージを送る。
「ねぇ、先生しってる?? 夏帆さぁ、24歳の人と同棲してんだよぉ!」
ムフフと一応小声で話してはいるけど、……ヤメテ!!
「……そう……なの? 青木さん?」
『ふーん』そんな顔で私を見る。
「ま、まぁ……。でも先生には関係ないので……」
(あっちに行ってください!!)
伝われ!! そう必死で願いを込める。
「先生もさぁ、24歳だよね?? すごい、夏帆、こんな大人の人とつきあってんだぁ!!」
友香のニヤニヤが私の顔を突き刺す。
「その話、今度先生にも詳しく聞かせてくれるかな??」
にっこり笑ってるけど……
怒ってるの? 笑ってるの?? どっち???
「えと……、じゃ、またいつか……」
言葉を濁し目を逸らした私を見て、先生が一瞬クスっと笑ったのを見逃さなかった。
何? なんなの??
からかったんでしょ、どうせ!!
「夏帆!! この前借りたCD、ありがとな!」
変な空気が流れているのを読んでか読まないでなのか、突然後ろから紘に話しかけられた。
あの告白以来、とりあえず、『聞いてなかった』事にして私たちは普通にむしろ前よりも仲良く友達でいる。
「あ、そうだ!! 紘ちょっと来て!! この前貸すっていった雑誌持ってきたから」
私は紘の手をとり、その場を逃げ出しロッカーのある廊下に早足で駆け出す。
はぁ……疲れた……
「これが卒業まで続くなんて……」
余りの憂鬱さについ言葉に出してしまった。
「何が?? やな事でもあったの??」
心配そうに紘が私を見る。
「ううん。何でもない! 忘れて忘れて!!」
ハハハ……と力なく笑う私を、紘は不思議そうに見ていた。




