14.恋人の始まり
今日ほど朝日が眩しいと感じた事があっただろうか……?
燦燦と降りそそぐ新鮮な光を浴びながら、私は校門をくぐる。
教室に入ると、いつもと違う心持ちの自分が顔を出す。
私は未だかつて味わったことのない溢れそうな幸せに浸かりながら、その心地よさを噛みしめていた。
(もうすぐHRが始まる……)
いつものように朝陽さんを送り出してから、この教室で先生と生徒として再会できることが、なんだか恥ずかしくて……嬉しくて……
教室の扉がガラッと開いて、入ってきた彼の姿に、『ドキン』と跳ね上がる鼓動は一体今日何度目だろうか?
「おはよう! 出席をとります!」
表情も、声のトーンも何も変わらない。
安定のSHRの始まり。
チラッと私をみた先生と目が合った。
心がかぁっと熱くなって、思わず目を逸らす。
恐る恐るもう一度先生を見遣ると、普段どおりの表情で生徒たちの名前をテンポよく呼んでいた。
(はぁ……緊張しちゃう……)
「青木夏帆!」
「はい!」
たったこれだけのやり取りなのに息が止まりそうだ。
一瞬先生が微笑んで見えたのは……気のせいじゃないよね?
そろそろ体育祭の準備を始めて行こう……そんな話をしていた気がする。
でも、私の頭の中は、昨日の夜の事で一杯になっていた……
あの後、朝陽さんと私はとても食事を和気あいあいと取れる雰囲気ではなくなり、ちゃんと話をしようと、リビングに移動した。
三人掛けのソファーに微妙な距離間で横並びに腰かけた私たちはしばらく言葉が出せずに沈黙が続いた。
余りの空気に耐えられなくなって、私は朝陽さんに声をかけた。
「……あの……さっき朝陽さんが言ってたことって……、どういう……意味なんでしょう……?」
この前人助けのようなニュアンスで私と結婚を選択したって話してたのに……
まるで私を好きでいてくれたようなさっきの朝陽さんの言葉の意味をちゃんと確認したかった。
「……夏帆ちゃん……。こんないい大人が気持ち悪いかもしれないけど……実は夏帆ちゃんの事……俺ずっと探してたんだ」
……どういう事?
私の事……前から知ってたってこと……?
「俺の母さんが亡くなった時、夏帆ちゃん、葬式に来てくれたんだよ。覚えてるかどうかは分からないけど……」
チラッとこちらを見て微笑んだ。
もしかして……!!
あの時の??
うっすらとだった記憶が鮮明に蘇ってくる。
私あの時亡くなった方の息子さんらしき人に凄く失礼な事を言っちゃったんだ……
「あの時のお兄さん……、朝陽さんだったの??」
大切な人を失くしてしまったばかりの人に、私はなんて無神経な事を……
ずっとずっとそれが心の片隅にへばりついて、思い出すと自分が嫌いになりそうになり、無意識にその出来事自体を封印するようになっていた。
「覚えててくれたんだ……!」
嬉しそうに笑ってくれているが、私は申し訳なくて地獄に突き落とされた気分になる。
「朝陽さん!! あの時は本当に無神経なこと言ってしまって……ごめんなさい!!!」
謝っても謝り切れない。
あの時、私は朝陽さんの事をどれほど不快な思いをさせてしまったか、想像するだけで、ここから逃げ出したくなった。
「違うんだ……!! 夏帆ちゃん。あの時、夏帆ちゃんが声をかけてくれなかったら今の俺はなかった。夏帆ちゃんの言葉で、俺は本当に辛い時期を乗り越えることが出来たんだ」
予想とは真逆の朝陽さんの答えに戸惑った。
「だって……私、自分の価値観だけで……朝陽さんの気持ち何にも考えないで言いたいこと言っちゃって……」
朝陽さんはぎこちなく私の肩に手を乗せて、首を振る。
「俺は夏帆ちゃんの言葉があったから、母さんを失った辛さを乗り越えられたんだ。俺の心の中で母さんはいつも笑っててくれた。それに気づかせてくれたのは夏帆ちゃんのおかげなんだよ」
じっと見つめる朝陽さんの眼差しに包まれる。
「でも気が付けばいつ間にかそこに夏帆ちゃんの笑顔もあった。だんだん俺の中で一度しか逢ったことのない夏帆ちゃんで一杯になってて……。父さんにこの結婚の話をされた時、まさか相手が夏帆ちゃんだなんて思ってもみなかったんだ。だからいくら父さんの頼みでも、流石に16歳の女の子と結婚なんて断ろうと思ってた。目の前に差し出された写真を見て……俺、夢でも見てるんじゃないかって思ったんだ……。そこに、あの一度きりしか逢ったことのない夏帆ちゃんが写ってたんだから……!!」
胸元からガサガサと一枚の写真を取り出し見せてくれた写真には……そこには懐かしい、中学生の頃の私が写っていた。
「これ……!!」
静かに見上げると朝陽さんの目から一粒涙が頬を伝う。
「……夏帆ちゃん……、ずっと黙っててごめん……! 俺、ずっとずっと夏帆ちゃんのことが好きだったんだ……。でも、こんなに年上じゃ、きっと恋愛対象にも見てもらえないだろう、そう思ったし……自分の気持ちを夏帆ちゃんに押し付けて困らせたくなかった……」
「朝陽さん……」
嬉しくて……、信じられなくて……
「私……朝陽さんの奥さんになったつもりでここに来て……、でも現実は凄く遠いところに朝陽さんはいて……。入籍もしてないって聞いた後なのに、どんどん朝陽さんの事が好きになっていく自分が止められなくて、怖くて……不安で……」
もう最後の方は泣きじゃくって言葉になっていなかった。
肩に置かれていた朝陽さんの手は、私の背中を優しく通り、そっと壊れ物扱うかのように……私を抱き寄せた。
あの時お布団の中で香った朝陽さんの匂いに包まれ、彼の腕の中で思いっきり泣いた。
「夏帆ちゃん……、俺の……恋人になってくれますか?」
控えめに、ぐちゃぐちゃになった私の顔を覗き込む。
一生懸命涙を拭いながら、精一杯頷き、『はい……!』と答えた。




