その6☆痛すぎる思い出
放課後の約束を取り付けた後、俺は全力で家に帰った。まあ、学校から出ているバスを使ったため、全力になろうがなるまいが速度に変化は無いのだが。
気持ちの問題と言うやつだ。
「今思ったけど、兄貴って碌な服持ってないな」
「言ってくれるな。今まで洒落たものなんて着る理由が無かったんだ」
「中学生の時は鎖と戦争帰りみたいなジーパン沢山持ってたのに」
「あれは洒落てるとは言わないぞ!」
俺を襲ったのは羞恥からくる顔の火照りだった。誤魔化すために大きな声を出してしまう。だが、そんなことをすれば藍の思う壷。ほら見ろ、けたけたと性格悪そうな笑顔を浮かべている。
「でも、それよりはマシだと思う」
だが、その笑い顔は一瞬にして真面目なものに戻り、俺の前に姿見を運んでくる。
映し出されたもう一人の俺は、確かに厨二病ファッションよりもダサかっこ悪かった。
色の濃いジーパンに、上もまた黒いTシャツ。勿論柄なんてもの入っているはずも無く、申し分程度にスポーツブランドのロゴが刺繍してあるだけだ。
そして、極めつけはカーキ色の上着。
誰だ、カーキを着ればかっこよくなれるって言ったやつは。
ごめんなさい、ずっと自分でそう思っていただけでした。
「不細工では無いけどイケメンでも無い顔立ち。壊滅的なファッションセンス。引きこもりニートに最も近い一般人だ」
藍の言う通り、このままでは引きこもり予備軍だ。
「どうしよう」
「縋るような目を向けられても困る。藍を見ろ、振り切ることも幸せへの第一歩だ」
藍の服装は、上下紺色のジャージだ。最早スポーツブランドですらない、どこかのパチモンである。
「素材が良いんだから感謝して整えろ」
だが、藍は嫉妬してしまうほどに容姿が整っている。伸ばし切って胸まで届いている髪だって、気を使って切り揃えれば恐ろしく艶やかな光を放つことだろう。
「嫌だ。だって……」
「昔の二の舞になるってか」
「うん」
「別にお前が我慢することじゃないよ。俺だって何とかしようと無駄に努力した結果、余計に苦しめることになったんだから。どうなろうとお互い様だ」
小学生時代、藍は両親に天才児と持て囃されていた。飛び抜けて優れた容姿に、何をしたって一番になれる天から授かった才能を持っていた。間違いなく、俺よりも両親にとって重要な人間だ。
だが、一つだけどうしても駄目なことがある。藍は昔から人前で素の自分を見せることが苦手だ。
ある時、常に一歩引いた状態で話していることを当時の友人に指摘された。
誰にだって苦手なことの一つや二つある、そうやって励ましてやるのが兄としての務めなのだが、どういう訳か俺は藍が完全なる天才では無いとわかり、安心してしまったのだ。
つくづく最低だと思う。
しかし、昔から藍のことを大事に思っていた俺がそんな感情を抱くのは一瞬のこと。
一瞬だったのだが、人間にとってその一瞬の隙はあまりにも大きかった。
藍は学校でいじめに合った。
校内では何の力も持っていなかった俺は、当然助けることなんか出来やしない。しかも、下手にでしゃばれば冴えない兄の妹として藍が色々と言われる羽目になる。
だったら、どうすればいい?
簡単なことだ。
俺は、中学デビューを決行した。
いや、デビューというにはあまりにもお粗末で打算が有りすぎるものだったが。
力を得るには別分野での力が必要だ。いじめを止めるには更に上位のいじめ主犯格になる必要がある。
「馬鹿だ、あの時の俺は馬鹿すぎる……」
厨二病を拗らせていた俺は、そんなことを真顔でのたまっていた。
「黒歴史の一つや二つは誰にでもある」
「一つや二つじゃ無いんだよ……」
一体何を目指していたのだろうか。こればかりは藍のフォローすら効果が無い。
成績優秀、品行方正。これならば普通に頂点に立てたかもしれない。何故そこに武力を追加した。不良アニメの見すぎなんじゃないの当時の俺……
いじめは激化し、俺までいじめられた。というか俺は避けられてた。関わらない方がいい人扱いされていた。
もうなんだかよくわからなくなった俺は人間が怖くなり、高校では真の陰キャラでいようと決意する。
成績と体力の維持さえしていれば一人でだって生きていけるのだ。
「いや、ごめん」
「謝るな。これから楽しいことがあるって言うのに嫌なことを思い出したな……」
新川月夜という幼馴染もこの件に大いに関与している。そういう関係者が関わってくるのは、俺にとって、いや俺たちにとって非常に都合が悪い。悪いのは都合だけじゃなく性格もなのだが。
「というか、兄貴早く行きなよ。またせてるかもよ?」
「そうだな。もう忘れて今を楽しむか」