その5☆倒置法使ってくれないと勘違いすらできないよ!
「ぐふふ、ぐふふふふ……」
相良と出会い、話をし、ラノベを貸した。
今日やった事で覚えているのはこのくらいだ。それもそのはず、放課後の出来事の印象が強すぎて、他に何があったのか忘れてしまった。仕方の無いこと、自然の摂理だ。
「おい兄貴、その表情で筋トレとか正気を疑うぞ」
「え、いや、何かやってれば顔の火照りが消えると思ったから」
「寧ろ、そんなことしたら別の意味で火照ると思うが」
「お前頭いいな……」
と、妹に呆れられたので、冗談は程々にして立ち上がる。今やっていたのは女子高生の間で人気の体幹トレーニングと言うやつだ。藍にもやらないかと聞いてみたものの、全力で拒否されてしまった。
「兄貴が馬鹿なだけだろ。で、例のギャル風美少女のことだな」
「な、何故分かった」
「兄貴が話せる女子といったら、ちょっといかれてる奴しか想像出来ないから」
「別に相良はいかれてないぞ。寧ろ常識人、オールパーフェクト普通だ」
「場合によっては悪口だなそれ」
「凡人が幸せなのは、どの時代でも変わらないと思うんだが」
「説得力が凄い」
藍は唸りながら驚いた。それは俺が凡人だと言いたいのだろうか。そのリアクションはそうに決まっている。
「兄貴の才能云々は置いておいて、その相良とかいう女子には何を貸したんだ?」
「さりとて武器は下ろさない」
「何故そのチョイス!?」
どこかのリアクション芸人も真っ青な程の驚きを見せる。
そこまでおかしな内容では無かったはずだ。
少なくとも、ライトノベル初心者であった当時の俺が、滞りなく最終巻まで読めるくらいには普通だ。
「いや、面白い学園モノに感動できる恋愛モノっていったらさりとて一択だろうよ」
「初期に読んだ作品って、思い入れが強くてフィルターがかかるものだぞ」
「最近読み直したが、やっぱり神作だ」
「何?兄貴は凡人が頑張る話が好きなのか」
「いや、別に感動できるならなんでもいい」
「その感動ポイントの話だよ。人それぞれ、共感点や胸を打たれる点は違うだろ」
「まあ、そうなんだが……」
「女の子いっぱい出てくるから、引かれないことを祈るんだな」
うぐぐ、女子に女子がたくさん出てくる小説をオススメしたのは些か問題があっただろうか。
いや、だがさりとては傑作だ。あれだけ秀逸に作り込まれた世界観を俺は他に知らない。
内容をざっくり説明すると、弱い時間遡行の能力を持つ少年が、命を繋ぐために戦う魔法少女たちの争いに巻き込まれていくというものだ。
一見薄っぺらくも見えるが、未熟な精神を持つ少女たちの殺し合いというのは実に胸が痛む。強大な力なんてものは持ち得ない普通の少年が、繰り返す度に成長するその様子も、読み手を熱くさせるのには十分であり、全てを失ってまで生きることは幸せなのだろうかと考えさせられる部分も多くあった。
「詰まり、絶対に相良は一巻目から泣くということだ!ふははっ」
「よくわからないが頑張れよ」
*
「アイツ、裏切りやがって」
朝会が始まる前、俺はいつも通り日本史の参考書越しに上位グループの観察をしていた。
活字より奥に確認できるそれは、殆ど間違いなく友人キャラの茂明だ。
あまり気を使っていないことが伺える茶色気味の短髪も、眠そうな目をしているが妙に整っている顔立ちも、正統派主人公である神咲には及ばないながら、ここ最近のネット小説の主人公くらいにはなれそうだ。
茂明はああ見えてなんでも卒無くこなす。
パラメータが色々極端な俺と違い、勉強も上位二十位以内で細い癖して運動もそこら辺の奴には負けない。
休み時間勉強していても、ガリ勉野郎と罵られないくらいの陽キャ力もある。
オマケに、アイツは料理もできるのだ。何を作っても食えなくは無いけど美味くも無いと言われる俺なんかとは雲泥の差がある。
「何故俺はガリ勉ボッチクソメガネでアイツは休み時間を無駄にしない偉い子なんだよ。扱いの差が酷いよ。俺の方が点数上なのに……クソっ!」
扱いの差で思い出したが、茂明が俺の事をこう言っていた。
『史郎ってチンピラに絡まれてる女の子助けても、不良同士の喧嘩として学校中に広められるタイプだよね。』
当時はそれどんなタイプだよ、と思ったが今ならよくわかる。
俺は最初から最後までイメージの払拭不可能キャラだ。
「クソ、茂明め」
最初仲間かと思っていた自分が馬鹿だった。見た目とオーラでは測れない何かがあることに、俺は茂明と接触して初めて気がついたのだ。
「はぁ……」
自分の陰キャ力が嫌になり机に突っ伏す。もう一回顔を上げても、眩しさの中茂明は楽しそうに笑いあっていた。何も変わらない。
──とんとん
不意に肩が叩かれる。藍に本の角で殴られた時と似た衝撃だ。いや、こっちの方が断然弱いけど。
「アズマ、この本ありがと。二巻も読みたくなったから貸して」
後ろを向くと、そこには優しい顔で本を差し出す相良がいた。さっきの衝撃は本当に本の角だったようだ。
「ああ、一巻目からこう、グッときただろ」
「マジヤバよ。アンタセンス最高ね!」
握り拳を作り満面の笑みを見せる。表情がコロコロ変わるヤツだ。
「明日二巻目持ってくるから、追いついたら色々語ろうぜ」
「喜んで乗らせて貰うわ。全巻揃えたいところね!あ、あの、それで……」
「なんだ?」
「……本屋」
「本屋?」
「付き合って」
その部分だけ切り取って聞くと少々意味深だが、残念ながらラノベヒロインのような倒置法は使ってくれなかった。
先ず勘違いのしようすら無く、ドキリと心臓が跳ねることもない。
「お、おう」
半ば反射的に出てしまった返事だが、後悔なんて微塵もしていない。そもそも、本屋に誘われて断るなんてこと、例の幼馴染かテスト期間中かの二パターンしかない。
「ほ、ホントに?じゃあ、今日学校帰ったあとに駅前に来てくれる?」
「駅前の本屋か。確かにあそこは品揃え豊富だぞ」
「マジで!?よくわからないからついてきて貰おうと思ってたんだけどラッキー!」
「色々語りたいシリーズがあるから覚悟しておけよ?」
「財布を確認してくる!」
冗談で言ったつもりだったが、色々買いたいものがあるらしい。
相良は金色に輝く糸を揺らしながら、自席に戻った。