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その4☆恋するためには理由が必要だった

放課後、若干の期待と緊張を胸に俺は一段ずつ階段を上がっていく。

自身の体のちょうど前にあるのは、重そうに見える鉄製の扉。実はそこまで重くなかったりする。


階段を上がり切り、ひんやりと氷のような冷たさを持つドアノブを優しく捻った。開いたドアの隙間から、外の景色が少しだけ覗き、風が顔を叩く。

揺れる前髪を手で抑えつつ、完全なる外の世界へと俺は歩みを進めた。


視線の先には、艶やかな金色の髪を風に靡かせた女子生徒が佇んでいた。金属性の柵に手を掛けて、その横顔は何か物げな表情を浮かべている。


「相良……?」


そんな様子だったので、思わず声をかけてしまう。向こうはまだ俺に気がついていないようだ。


相良は声に反応し振り返ると、若干驚きの入り混じった視線を向けてくる。俺が来たのがそんなに意外だったのだろうか。


「アズマ、アタシてっきり来ないかと思った」


「手紙入ってたんだからふつう来るだろうよ。何故だ?」


「カミサキは来てくれなかったから」


なんだあのリア充、とんだ最低行為しやがるな。わざわざ手紙なんかもらったっていうのに、なんのことわりもなしに帰るだなんて。

いや待てよく考えてみろ。あのこってこての一直線野郎が無断ですっぽかすなんてありえなくないか?考えうる可能性を吟味してみるに、粗方ヒロインズが何かしたに違いない。


「お前、カミサキ呼び出して何をするつもりだったんだ?」


「お礼を言うつもりだった。委員長がアタシの金髪ばかにしたときに、校則でも決まってないしそういうのは自由だからって言ってくれた」


その考えの柔軟さを、二次元への見直しにも使ってほしく思うよ。


「それで、今日のクラスでの態度か。まあ、うなずけないこともないが、無理して近づく必要もないんじゃねえか。だって、お前完全に恋敵として認識されてるぞ」


「うわ……ちょっとアタシそこまで他人に踏み込まれたのは初めてだわ。アンタ、ある意味すごいね」


「俺は遠慮しない、というかするとかえって状況を悪くするような人間だからな」


俺がそこまで言うと、相良は足元を見つつため息をついた。


「はは、そっか。確かにアンタ嘘とか駄目そう」


「得意じゃないな。ところで、また踏み込んだことを聞くがいいか?」


「いいよ、別に」


「なら遠慮なんかせずに聞くぞ。お前、マジで神崎彩斗のことが好きなのか」


これは別に、答えてもらえなくてもいい。ただ俺があの状況を見ていられなく感じただけだ。相良に俺の心のケアをする義務は微塵もありやしないし、こんなの普通答えたくないと思うに違いない。


「そうだね……」


泣いたような笑ったような、そんなよくわからない笑顔を浮かべると、相良は俺に一歩近づいた。俺と彼女の物理的な距離が心理的な距離と比例しているかのように一瞬感じて、どきりと心臓が高鳴る。


「別にアタシはカミサキという人間が好きなわけじゃない。好きなのは、完璧で輝いているカミサキが好きな自分っていうところかな」


「自分……?」


「うん。だってさ、普通の女の子ってカミサキみたいなやつを好きになるんでしょ。アタシは普通の女子になりたくてこの学校に来たの。だから、みんなが好きなカミサキを好きになればアタシも普通になれるんじゃないのかなって思ったりして……」


てっきり、俺はこの年代特有の恋に恋したいという感情の表れか何かかと思っていた。だけど、そんな簡単な問題じゃない。相良は、自分の過去に何かしらの後悔の念を抱いていて、高校でそれを払拭するために感情の中で行動を起こしたのだ。クラスの中心人物を好きになるという行動を。


「普通になりたくてこの学校に来たというのなら、その髪は普通じゃないな」


「ああ、これは兄への反抗心そのものだから。アタシ自身の願望とは全く関係ないし、それ以上に優先したいことだから」


普通になりたい相良が、なぜこんな奇抜なスタイルをとっているかが非常に気になったが、どういうわけか家族の問題らしい。長く艶やかな髪をいじりながらそう答える。


「なんだ、兄に振り向いてでももらいたかったのか?」


「んな、そんなわけないしっ!アイツが、アイツが金髪の女を指さしてあんな女になるなって言ったからだし!」


「ああ、反抗心とはそういうことか」


「う、うん……」


うつむき気味に肯定する相良であったが、何かしらの消化不良を起こしているのかどうも表情がさえない。さえない俺と話しているのがそこまでいやなのか。

俺がそう思っていると


「あのね……」


と、相良が不意に顔をあげ話を切り出した。


「どうした」


「どうして今日、あの時助けてくれたの?」


「助けた?ちょっと何のことかわからないな」


「嘘、だって立ち上がってくれたじゃん。アタシが、その、みんなに責められてるとき」


「ああ、あれか。あれは偶然に過ぎないぞ」


「えぇ。意図してやったことなら凄いのに」


「嘘だ。意図してやったことだぞ」


なんだ、意図してやったことなら高感度アップだったのか。ここはほのめかしつつ逃げ切るのが最善だと思ったぞ。ギャルゲの嘘吐き……

だって、自身の功績をおごらないなんて素敵ね!ってなるのがセオリーだったじゃないか。


「わかってる。ありがと」


「おおう?!」


「なんで驚くの?」


「いや、根本的な解決にはなっていないというか、その場しのぎだったから」


「違うって。アタシは、結果じゃなくてアンタがアタシのためにやってくれたっていう事実に感謝してるわけ」


にぱっときれいな笑顔を俺に向ける相良。何その台詞、惚れちゃいそうなんだけど。


「じゃ、じゃあアタシもう帰るから」


若干赤面しつつ、手を振る相良だったが、俺はその様子を見て忘れていてことに気が付く。


「あっと、これ昨日言ってたライトノベル」


片手に持っていたスクール鞄から取り出し、相良に手渡す。カーキ色の包装紙でブックカバーまで折ってみた。


「マジで持ってきてくれたんだ。ほんとありがと。読んだら感想伝えるから!」


一瞬驚いたような表情を見せた彼女だったが、受け取るとすぐに笑顔になって手を振った。なんだか急いでいるように見えるが、人でも待たせているのだろうか。


せわしない動きで消えていく相良を見つつ、俺は柵に体を預けた。


今日も見事な夕焼けだな、なんてかっこつけたことを思いつつ。

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