ネズミである僕はある日マンホールのフタの穴にハマり抜けなくなった。こうなった経緯を聞いて欲しいんだ。僕の悲しい過去を。
*この作品は、ドイツで実際にネズミを消防士が救出したという実話を元にしたものです。
その記事はこちら→ [ https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190227-00010001-huffpost-int ]
僕の名前はネズベン。
僕は父さんと母さんとマンホールの中で暮らしていた。
マンホールの中は匂いはきつくとても汚かった。
「こんなとこで一生暮らすなんて嫌だなあ。」
「ほんとねえ。」
母さんも相当嫌だったようだ。
すると、父さんが言った。
「俺、実はすごい快適な場所を知ってるんだ。 独り占めしようと思っていたんだが......しょうがない。 みんなでそこで暮らそう!」
「やったあ! 引っ越しだ!」
「ついにきたわね!」
「さあ、ついてこい!!」
僕と母さんはワクワクしながら父さんの後ろをついて行った。
「着いたぞ!」
着いたのは人間の家だった。
「ちょっとあなた、ここ人間の家じゃない。 大丈夫なの?」
「ああ。 少々危険かと思ってお前たちに勧めるのは控えていたんだ。」
「私は少し怖いわ......。」
母さんはあまり乗り気じゃないようだ。
だが僕は違った。
「いいじゃん! 大人しく暮らしていれば大丈夫だって!」
もうあんなマンホールの中での生活なんてうんざりだった。
こんな家を前にしてあの最悪なマンホールの中に戻るなんて僕には出来なかった。
「まあそうだよな。 よし、ついてこい!」
「大丈夫かしら......。」
そうして僕らは床下から侵入し、階段を登り屋根裏部屋にたどり着いた。
「さあ!ここが今日からの俺たちの新居だ!」
「おおー!!」
母さんと僕は目を輝かせた。
人間からしたら汚い屋根裏部屋なのかもしれないが、マンホールから来た僕らにとっては楽園だった。
それからの生活はとても幸せだった。
だがそんな幸せは長くは続かなかった......。
ここでの暮らしにも慣れてきたある日の夜中、外で残飯を探して食べるのに飽きた父さんと母さんはキッチンに食料調達に行った。
僕も行きたかったのだが、まだ子供だからと行かせてくれなかった。
「それにしても遅いなあ。」
父さんと母さんがなかなか帰って来なかったのでこっそりキッチンの方へ様子を見に行った。
すると......そこには罠にかかった父さんと母さんの無残な死体があった。
「うそだろ......父さん!母さん!」
その日から僕は人間を憎んだ。
家族を殺した。そんな人間が許せなかった。
それから生きる意味を見失った僕は、その家を離れ、街をさまよい、ゴミ箱を漁っては食いまくった。
ひたすら食って父さんと母さんのことを思い出さないようにしていた。
それでもやっぱり家族との楽しかった幸せな日々を思い出してしまう。
そして気づけば僕はあのマンホールの上にいた。
どんなに汚い場所だとしても、僕にとってこの場所は家族との思い出の詰まった故郷だった。
僕はマンホールのフタの穴に、おしりから入ろうとしたのだが......。
「あれ、通れない。」
一旦地上に戻ろうとしても抜けない。
その時、自分がかなり太っていたことに気づいた。
僕の人生は最悪だ。このままここに挟まったまま死んでしまうのだろう。
涙も出ないほど絶望した。
それから時間が経つにつれ、どんどん周りに人間が集まって来た。
この世で一番嫌いな人間が。
しかもみんなが何やら白い光を放って「カシャッ」という音のなる機械を僕に向けてくる。
僕も家族のように人間に殺されてしまうのか。
周りの人間は皆笑っている。
なんて恐ろしい生き物なんだ。
「殺すなら早く殺せ!!」
こんなところで人間の見せものになるくらいなら早く殺して欲しかった。
そう叫んでいると、
ある男に僕は体を掴まれ、穴から引き抜かれた。
抵抗する気力もなかった僕は死を覚悟した......のだが、
その人間は道の隅の方で僕を解放した。
「どうして......?」
その人間は優しく微笑み去って行った。
僕は人間のことを誤解していたのかもしれない......。
それから僕は反省した。
勝手に家に侵入し、住みついただけでなく、キッチンの食料まで盗もうとした僕らが悪かったのだと。
それから僕はマンホールの中で大人しく静かに暮らした。
後日、そのネズミを助けた男はいろんな人にネズミをわざわざ助ける必要はなかったと非難された。
だが彼はこう言った。
「みんなから嫌われている動物だって、尊敬される権利がある。」 と。