エルグレド邸ダンスパーティ(クライス)
細かく描かれていないロゼとエルグレド邸の人々との交流エピソードです。
その少女はある日。突然自分の主人の婚約者としてやってきた。
「クライス。私暇なのだけれど」
今現在。少女ロゼはその日暇そうに庭のテーブルにうなだれていた。
「はしたないですよ。ロゼ様」
この少女は最近冒険を終えると真っ先にこの屋敷にやって来る。
エルグレドからキツく言われているからだ。
「だってぇ、一人では街にもあまり下りるなって言うしぃエルグレドだって仕事で遅くなるし!!ひま!暇すぎる!」
ロゼは空を見上げて叫んでいる。
クライスは深々と溜息をついた。
クライスは始めロゼをとても警戒し、邪険に扱っていたが、この頃はその考えを改めている。それは今までの彼女を見てきたからだ。
「・・・・舞踏会に使われる新しい曲が入っておりますよ?侍女に弾かせましょうか?」
クライスが呆れながら伝えるとロゼはガバリと身体を起こした。
「踊りましょう!!」
「は?」
ロゼはクライスの腕を掴むと、スタスタと侍女達の仕事場に歩いて行く。
クライスは嫌な予感がした。バァンと扉を開く。
「みんな!!踊るわよ!用意して!」
「「「え?」」」
皆目が点になっていた。当然である。
それから少し経った後。
ロゼや侍女達は動きやすい服装に着替えてエルグレド宅のパーティホールに集まっていた。
皆ワンピースなど軽装だが可愛らしい服で、男性陣は少し小綺麗なシャツとズボン姿だった。
「これは曲の切れ目でパートナーを次々に代えていくダンスよ。平民の村でやる祭りなどでよく踊られるの」
同じフレーズを延々に繰り返しパートナーを変えていく、とても単純な踊りである。
「動作は簡単よ。クライス!」
ロゼが手を出す。
「きて」
ロゼのその言葉に、クライスはドッと心臓が跳ねた気がした。
ロゼの手をとり先ほどロゼに聞かされた通りロゼとステップを踏む。
皆フムフムと見つめている。誰も止めはしない。
「それなら出来そうです」
「最初は軽くお辞儀してから手を取る。最初のフレーズの所よ。そこから1・2・3、1・2・3でターン!そしてもう一回繰り返して相手が変わるの。だんだん早くなるから曲に合わせてね?」
これは一体なんなんだろうか?完全なる職務妨害である。
「じゃあ、位置について!曲をお願い」
侍女は微笑んでピアノを弾き始める。
そして一斉使用人たちは踊り始めた。
単純な動作なのに、それは連なるように美しく揃い、侍女達のスカートは可愛くその裾を広げ、まるで色とりどりの花のようだ。
皆、最初は緊張していたが、慣れて来ると余裕が出てそんな周りを見渡しながら驚いていた。
部屋の中なのに外の様に風が吹いている。
そして花瓶に飾られた花々が華麗に宙を舞っていたのだ。
「少し華やかさを演出してみたわ」
ロゼが舌を出して戯けてみせる。
皆いつの間にか楽しそうに笑っている。
クライスは切ない気持ちになり順番で自分の所へくるロゼを見た。
「全く。しょうがない人だ」
彼女は平民だ。
恐らく半端無理矢理エルグレドの婚約者にされた。
理由は分からないがその類い稀な頭脳と能力のせいだろう。
彼女は最初たった一人で乗り込んで来た。
誰も味方がいないこの屋敷へ。
正々堂々と現れ、敵意剥き出しのクライスにも物怖じしなかった。
よくよく考えれば酷い話である。
無理矢理婚約させられ、婚約者からも周りからも邪険にされ、好きでもない婚約者の為に貴族の振舞いを強要されるのだ。
並みの人間には務まらない。
だがロゼはやり遂げた。
クライスはそのロゼの努力を全て近くで見ていた。
彼女は他人に厳しかったが、自分にはもっと厳しい人間だった。
マナーもダンスも立ち振る舞い全てにおいて妥協しなかった。
クライスはあの時、とうにロゼを認めていたのだ。
目の前で彼女は普通の少女の様に微笑んでいる。
クライスは思わず頰が緩みロゼを見て微笑んでしまった。
きっとエルグレドの決闘の件で気が沈んでる皆んなの気持ちを少しでも紛らわせる為、こんな事を思いついたに違いない。
(本当に、何て・・・・・)
クライスがロゼの手を握り持ち上げようとし・・・・・
彼は瞬時に手を離し視界に入ってきた人物に頭を下げた。
「お帰りなさいませ。お迎えせず申し訳ありません」
「いや、すまん。邪魔したか?」
「エルグレド?仕事は?」
ロゼは驚いた顔をしている。
「・・・・今日は早く終わったので真っ直ぐ帰って来たんだ。続けて構わない」
そのまま出て行こうとするエルグレドの腕をロゼが掴む。
「ちょっと。何逃げようとしてるの?貴方も加わるのよ?」
「は?」
「踊りましょ?」
ロゼが無邪気に微笑んだ。
その顔に皆釘づけになる。
何だあのデススマイル。
可愛い過ぎる。
エルグレドは暫くの沈黙の後。ロゼの手をとり輪の中に入る。
皆が驚愕の表情をしている。
「・・・・・・曲をかけてくれ」
エルグレドがそう言うとロゼはみるみる眼を輝かせた。
しかしここで終わらないのが彼である。
「最後の一人が倒れるまで曲を弾き続けてくれ」
クライスは表面上涼しい顔をしていたが、内心汗だくだくで震えていた。
(これは・・・さっきので絶対バレたな・・・・)
普段鈍い所がある癖にロゼの事となると驚異的な嗅覚をエルグレドは発揮する。
ずっと上手く隠せていたクライスの隙を見逃すはずが無い。
クライスは諦め侍女に目配せする。
侍女は困った顔でピアノに手をかけた。
その日踊られたエルグレド邸のダンスは"地獄のダンスパーティ"として使用達の中で語られて行くのである。