ベルグレド邸の使用人達
5つの宝玉
暴風注意報発令あたりの話。
裏方で頑張っていた人達がいるのです。
その日使用人達は緊張した面持ちでエルグレド達を出迎えた。
「ロゼと申します。しばらくお世話になります」
その少女は噂通り赤い髪で瞳は美しいグリーンアイ。
眼はパッチリとしていて可愛らしいのに何故か大人っぽく感じさせるのは立ち振る舞いのせいかも知れない。
彼女は婚約者として領地に来たのに旅人が着る軽装でやって来た。それなのに彼女の可愛らしさが全く損なわれていないのは何故なのか。
((か、可愛らしいわ!!))
ロゼの噂はガルドエルムの侍女などから色々仕入れている。
特に婚約パーティーで、エルグレドがロゼを抱きかかえて帰って来たくだりでは大変信じ難く、皆がその話を疑ったのだが・・・・・・。
(エルグレド様のあの眼。これはいよいよ本当かも)
馬車からロゼをエスコートしここへ向かってくる間ずっと彼の目線はロゼに向けられていた。
ロゼがエルグレドを見ると上手く視線を逃し誤魔化していたが外側から見ていたらバレバレである。
ふと周りの使用人達を見る。
皆一様に目線を合わせ意味ありげに微笑んでいる。
男の使用人達は皆ポーっとロゼを見つめている。
(どうにかして既成事実を作れ!!)
その作戦は密やかに開始されていた。
そんな盛り上がる使用人達を背に執事のブラドはやれやれと呆れたように天井をみて笑った。
ロゼとエルグレドは来て早々にギクシャクし始めた。
これはおかしいと侍女達は輪を作り考察してみる。
「喧嘩、ではないですよね?ギスギスしてるわけではないし」
「明らかに屋敷に来てから様子が変わったと思うのだけど何があったのかしら?」
「私思うのですけど。あれは怒っているのではなくどちらかといえば恥ずかしがっているような気がするのですが?」
一人の侍女に目線が集中する。
「「「それだ!!」」」
皆一斉に指を指す。
ブラドはその少し背後を通り抜ける。
うん。皆んな、仕事しようか?
明らかによそよそしい食事を済ませたロゼの部屋の扉を叩いた侍女は興奮を完璧に隠して扉を開いた。
「ロゼ様湯浴みの準備が整いましたが如何致しますか?」
「湯浴み?わざわざ用意してくれたの?」
この屋敷はお湯を大量に沸かせる設備がある為お湯に浸かれる頻度は高いが男所帯なので余り活用されない。
そして侍女の出番も少ない。
「ロゼ様は慣れておられないので少々驚くやも知れませんが全て私共にお任せ下さいませ?」
よくわかっていないロゼだったが好奇心に負け頷いてしまう。
(いよっしゃあああああああ!!!)
侍女は心の中でガッツポーズをした。
「え?一緒に入るの?」
着替え場まで入ってくる侍女に些か驚いていたが貴族の女性は着替えを手伝って貰うと知っていたようで不快な顔はしなかった。
「はい。ロゼ様はコルセットをなさっておりませんから
着替えは渡していただければ大丈夫ですが。お風呂に入るのを少し手伝わせていただきます」
そう言われてとりあえず黙って服を脱ぐロゼをさり気なくチラ見する。
(完璧ですわ。何て綺麗なお身体なんでしょう羨ましい)
侍女は口が笑いそうなのを慌てて引き締めた。
今から重要な仕事が待っているのだ。
「では、そのまま湯船に浸かって下さい。その間に御髪を洗わせて頂きます」
そう言ってて早く洗い出す。ロゼは気持ち良さそうに身を任せている。いい調子だ。
「とてもいい香り。これは何の香りなの?」
「ガルドエルム特産のハーブですよ。聞いたことありませんか?」
ああ。とロゼは何か思い出したようだった。
「そういえば魔術学園でガルドエルムの貿易品の中にあったような気がするわね」
「リラックス効果もあり飲んだりもしますが、香りが強いので化粧品などに使われる事が多いですね」
ヘェ〜とロゼは楽しそうだ。
髪を洗い終わり綺麗に拭いてロゼが湯船から出ると身体を拭き終わったロゼの背中に侍女が何やらクリーム状の物をのせ始める。振り向いたロゼに侍女は満面の笑みで説明する。
「肌が乾燥されてますからすこし保湿クリームを塗っておきますね?よかったら手に使う用に後で少し差し上げますよ?」
そう言われて、それにも反抗せず、ありがとうとロゼは受け入れた。
その後の服についても明日までに洗っておくと言ってとりあげ可愛らしいロゼに似合う部屋着を着せ侍女はふぅと息を吐いた。
(流石私。素晴らしい出来だわ!完璧!)
仕上がったロゼはどこから見ても可愛らしい貴族の女性である。後はこのままエルグレドの下へ送り込むのみ。
「エルグレド様は自室で休まれて居ります。よかったら呼んで参りましょうか?」
ロゼはそれには首を振り笑って言った。
「実は私の用事があるから私が彼の所へ行くわ。休んでる所わざわざ来てもらうのも悪いし・・・」
(((ミッションコンプリート!!!)))
遠くから全てを見守っていた侍女達は皆一斉に親指を立てた。後はエルグレドが自室にロゼを迎え入れれば完璧だった。
しかし。
「悪いが応接室に二人分お茶を用意してくれ」
(このヘタレ野郎が!!)
この侍女少々心の声が口汚かった。
笑顔で了承しながら口元には怒りマークが浮かんでいる。
「やはり一番の敵は身内でしたね。エルグレド様お見事ですわ」
「あれで手を出さないとなると中々難しいわね。どうしたものかしら」
「さり気なくロゼ様と二人きりになる時間を増やせばいいのでは?」
それだ!!と再び皆の声が重なる。
そこへ近寄る黒い影が。
「皆さん?いい加減にしなさい?」
皆の背後には執事のブラドが笑顔で立っている。
「遊んでないで、し、ご、と。しましょうね?」
ポキポキと拳を鳴らす音がする。マジだ。
「「「は、はーい」」」
皆一斉に解散する。
それを見送り満足気のブラドはその足でエルグレドの所へ向かう。
「ブラドか。悪いが侍女にお茶を下げる様に言っておいてくれ」
「畏まりました。お話は終わったのですか?」
「ああ・・・」
エルグレドの様子にブラドは微笑む。
「そう考え過ぎなくてもよろしいのでは?」
ブラドの言葉にピクリと反応する。
「彼女の望みを叶えてあげればよろしいのではないですか?それが可能である事であれば」
しかしエルグレドは眉を顰めたままである。
「明日は天気が良い。何処かに出かけてみてはいかがでしょう?ロゼ様はこちらで寛ぐ事など滅多に無いのでしょうから」
「そうだな・・・・ブラド」
「はい?」
「何処までなら許されると思う?」
その問いにブラドは爽やかな笑顔で答える。
「エルグレド様。泣く前にはやめてあげて下さいね?」
それにエルグレドは苦い顔をする。
ブラドも男である。エルグレドの気持ちは痛いほどわかる。どんなに我慢していても限界はいずれやってくる。
ブラドは深い溜息をついた。
(本当に何事も起こらなければいいのだか)
しかしやはりそうはいかずブラドはロゼと戦う事になり。
その後限界を迎えたエルグレドがロゼに手を出すのはもう少しだけ後の話である。