ルシフェルとリュナ②
ルシフェルはその日ギルドの依頼を済ませてラーズレイに来ていた。最近は仲間も増え大所帯である。お金はあっても困る事はない。
「あらぁ?ルシフェル帰ってきたのね?」
店を出ると情報屋の女性が話しかけてきた。
ルシフェルがよく利用する店の主人である。
「ああ。あんたは休みか?珍しいな?」
そんな他愛ない話をしていると正面から見覚えのある人物が歩いて来る。ルシフェルはギクリとした。
目を逸らそうとして彼は失敗した。バッチリと目が合ってしまったのだ。
「あら?リュナじゃない?久しぶりね!」
「あ!久しぶり!何?店から出てるなんて珍しいわね?」
リュナは平然と情報屋の女性と話し始めた。
ルシフェルはそんなリュナに驚いた。最近はあまりなくなったが前はルシフェルが近くに居るのが分かると近寄らないか睨まれた。
「あ、ルシフェル。話しがあるんだけど?」
ひとしきり話し終わると置物の様に立っていたルシフェルにいきなりリュナが話しかけた。
「は?あ、ああ。なんだ?」
「仕事の話だから二人でいい?ごめんなさいね」
「構わないわよ?またお店に来てね?」
女性は微笑んで去っていく。ルシフェルはリュナと二人きりになり狼狽えた。
「そ、それで。どうした?なんかあったのか?」
「ちょっと私用でルシフェルに道を作って欲しいんだけど頼めるかしら?」
リュナの言葉になんだそんな事かとルシフェルは少し力を抜いた。なるべく彼女と目が合わない様話しかける。
「で?どこに作るんだ?」
「ここから、スノーウィンの近くまでなんだけど、私がルシフェルを案内するから付いてきてくれる?」
それは一緒に行動を共にするという事だ。ルシフェルはそれには躊躇した。
「・・・他には誰が行くんだ?」
「皆んな今、手が空いてないの。二人だけよ」
二人だけ。無理だ。ルシフェルはそう思ったがハッキリ断れなかった。
「じゃあ誰かの手が空いたら一緒に行けばいいな」
「ただ道を作る為なのに誘えないわよ。私用だって言ったでしょ?ルシフェル私に借りがあるよね?」
この間借りた家の事を言っているのだとわかりルシフェルは困った。
「・・・ああ。そうだけどな・・・」
「明日朝早く出るから。用意しておいてね」
リュナは言いたいことだけ言うとさっさとその場を去ってしまう。ルシフェルはそれを見送って家屋の壁に寄りかかった。
(・・・・・しんどい・・・)
ルシフェルは思わず胸を押さえた。
久しぶりに会ったリュナは、やはり可愛かった。
だがもう彼女に触れる事は許されない。
話す事だって本当は出来ないはずだ。
ルシフェルは震えた。
(どうしたらいいんだ)
時間が解決してくれる。ルシフェルはそれを信じて彼女から離れた。だがその想いは決して失くなる事はなかった。
(苦しい)
もう。言って楽になってしまおう。ルシフェルはもう二度とない、この機会にリュナに告白しようと決めた。そして、この恋を終わらせなければと一人考えていた。
次の日、二人は軽装でスノーウィンに向かった。
リュナはやはり次の日も普通にルシフェルに接してきた。ルシフェルは嫌な予感がしていた。
「リュナ。その道は何に使うんだ?」
「知りたいの?」
ルシフェルの問いに問いで返してきたリュナにルシフェルはグッと詰まった。リュナは笑うとそのまま前を歩いて行く。
その背後姿を眺めながらルシフェルは彼女の背が随分と伸びたと思った。
(大人に、なったなぁ)
出会った頃彼女はまだ幼い子供だった。
彼女と出会ったのが今だったのなら少しは違ったのだろうか。そう思い、その考えを振り払った。
彼女はきっとそれでもルシフェルを好きにはならないだろう。ルシフェルは苦笑いした。
「ここから少し獣道に入るけど大丈夫?」
林を入って行くリュナの後をルシフェルも追う。
よくもまぁこんな道を見つけて来るものだと感心していると、だんだんと辺りに陽がささなくなり、ポツリと雨が落ちてきた。
「おい。リュナ、天気が」
「あと少しで目的地だから!そのまま進むわ!」
天気はそのまま悪くなり土砂降りの中、二人は目的地の小山まで辿り着いた。
「山の近くだから天気が変わりやすいのよね」
リュナは慣れた手つきで火を付けると、水の入った鍋をかけた。ルシフェルは使い込まれた小山の中を見て驚いている。
「私の隠れ家よ。って言うか前、住んでた所だけど」
リュナがルシフェルの所に来る前の、と言う事だ。ルシフェルは驚いた。
「まだ、残ってたんだな?」
「うん。見つけにくい場所にあるから荒らされる事もないしね」
そう言って着ていた上着を脱いで絞る。それを火の近くにかけるとルシフェルの上着に手をかけた。
「お、おい?」
「風邪引くわよ。脱いで」
リュナのそのセリフに、ルシフェルは真っ赤になった。
彼女はそんなルシフェルを無視して上着を奪うとそれも絞って干した。
そのまま部屋に上がり奥からシーツとタオルを出してルシフェルに渡した。
「シャツも脱いで。私も脱ぐからこっち見ないでね」
動かないルシフェルにリュナは少しイラついて彼のシャツに手をかけようとした。それをルシフェルが全力で止めた。
「自分でやる!やるから!!」
リュナに脱がされなどしたら変な気持ちになってしまう。ルシフェルは後ろを向くと服を脱いだ。そしてリュナの方を見ない様そのまま床に腰掛けた。
そんなルシフェルの肩にシーツがかけられる。
「わ、悪いな」
しばらくした後、突然背中にリュナの背中が寄りかかってきた。恐らくリュナも服を脱いでいる。
ルシフェルは混乱した。
(な、何だこれは。一体どうして)
小山の中は外の雨の音が響きわたっている。ルシフェルは目を閉じて両手を握った。
「ルシフェル。聞いてもいい?」
ドキドキと心臓の音が頭の中で響いている。出来れば、ここから逃げ出したい。
「どうして、あの時、私にあんな事したの?」
どうして?どうしてだろうか。
ルシフェルはリュナを愛していた。大切にしたかった。傷など付けたくなかった。それでも、それ以上に。
「・・・・きっと、言っても理解できない」
ルシフェルはやはり言えないと思った。このまま、リュナにとってルシフェルは最低な男で終わるのが相応しい気がした。好きだから傷つけたなんて、言いたくない。
「言わなきゃわかんないよ。ルシフェル」
彼女の身体がルシフェルから離れた。ルシフェルは弾みで振り向いてしまった。そこには後ろからルシフェルを覗き込むリュナがいた。
「リュ・・・・・」
「私の事。好き?」
至近距離で見る彼女のその色っぽい表情にルシフェルは釘付けになった。こんなリュナの表情をルシフェルは見たことがなかった。
「我慢出来ないほど好きなの?」
それはまるで悪魔が囁く様な甘くて優しい声だった。
彼は目眩でよろけそうになった。
「私が欲しい?ルシフェル」
「・・・欲しい。リュナ。お前だけが」
ルシフェルは我慢出来ずそれを口にしてしまった。
リュナは微笑んでルシフェルにキスした。
「いいよ。じゃあルシフェルに私をあげる。その代わり私にも頂戴。ルシフェル。貴方を」
これは夢だ。ルシフェルはそう思う。こんな事有り得ない。リュナは、自分の事など好きじゃない。
「ずっと、お前を愛してた」
「私も、ずっとルシフェルが好きだった。出会った時から」
ルシフェルの瞳から涙が溢れ頬をすべっていく。
リュナはそれを指で拭うとルシフェルを抱きしめた。
「ごめんなさいルシフェル。貴方を傷つけて」
違うと言いたかったのにルシフェルは声を出せなかった。
彼の心は確かにキズだらけだった。それほど彼女は特別だった。
「あれは嘘よ。もし、あの時子供が出来ていたら私は何としても産んでいた。貴方との子供だから」
ルシフェルの嗚咽は外の雨の音にかき消された。
リュナに抱きしめられながらルシフェルはその日から終わらぬ夢を見ることになった。
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「すまん。知らなかったとは言えお前が魔人だと言ってしまったんだ」
それから暫くたって、ルシフェルは事の真相を知る事になった。リュナがルシフェルが魔人だと知り今迄の誤解が解けたのである。
「いや。俺もわざわざ言わなかったしな。べつに今更知られたところで何ともない」
エルディと酒を飲みながらルシフェルはボゥっと注がれた酒を見つめている。エルディはそんなルシフェルが心配になり眉を寄せた。
「どうした?大丈夫か?」
心配そうな彼にルシフェルは首を振り突然テーブルに突っ伏した。
「大丈夫じゃない!!俺は毎日幸せで死にそうだ!!!」
は?っとエルディの目は点になっている。ルシフェルはブルブル震えながら喋り始めた。
「何なんだ!あの可愛さ!ずっとずっと我慢して遠くから眺めてたんだ。それがいきなり至近距離でくっつかれて可愛く甘えられてみろ!!俺は、もう、死にそうだ!!」
帰ろうかな。エルディはお勘定をすませ始めている。
「しかも何だあいつ。ちょっと前まで何も知らない子供だと思ってたのに、なんなんだあの色気は!!どこから学んだ!教えた奴がいたんじゃないだろうな!?殺す!!」
「すまん。ただの酔っ払いだ。気にしないでくれ」
周りへのフォローも忘れない。エルディは突っ伏しているルシフェルを起き上がらせると店を出た。
「俺も、ロゼが絡むとこうなのか・・・」
ルシフェルの背を押しながらエルディはちょっと、いや、大分反省した。
宿屋に戻って行くと。向こう側からロゼとリュナが歩いてくる。
途端ルシフェルの背すじが伸びた。
「なぁに?酔ってるの?」
ロゼが呆れた顔で二人を見ている。少し不満そうである。彼女は酒を飲むことをエルディに許されていない。
「いや?酔ってないが?」
エルディとロゼは同時にルシフェルを見た。彼の顔は、赤い。
「たまには私も誘ってよルシフェル」
リュナが拗ねた調子で言うとルシフェルがカクカク頷いた。
「あ、ああ。そんじゃ、まぁ、今度行くか?」
「ヤッタァ!約束よ?」
そう言ってリュナはさり気なくルシフェルの手を握った。そこからの、上目遣いである。ルシフェルはふらついた。
「・・・彼女は、元からあんな感じだったか?」
「そうね?あの子は小悪魔系よ?因みに私はいつもあの子の仕草を参考にしていたわ」
心当たりがあるエルディは成る程と納得してからハッとロゼを見た。
「それは、どこで活用されたんだ?」
「さぁ?昔のことすぎて忘れちゃったわ」
やばいと思ったのか、そそくさと逃げ出すロゼの後をエルディがしつこく追っていく。先程の反省が全くいかされていない。
「今日は部屋に行ってもいい?」
無邪気にルシフェルに甘えるリュナにルシフェルは赤くなりながらも頷いた。
こうして、ファレンガイヤにまた一つ史上最強の馬鹿ップルが誕生したのであった。