フェミナ・バードル
新登場。ザクエラの妻とアストラの妻です。
彼女達も後々出てきます。
その日、女性騎士であるフェミナ・マクベアは父に自分が上級貴族である、ザクエラ・バードルと婚約させられると知らされた。
「え?冗談でしょ?」
彼女はその日戦場から帰って来たばかりだった。
彼女には一足先に嫁いで行った姉がいたがその姉もバードル家に嫁いだのだ。まさか自分も同じ場所に嫁に行くなど思いもしなかった。
「冗談ではない。お前の名が上がったのだ。嫁に行け」
彼女の家は代々騎士を輩出している家柄である。それ故今まで上級貴族と縁があまり無かったのだが、突然バードル家から指名されたのだ。明らかに怪しい。
「成る程!嫁に行って探って来いと?」
「阿保!何故そういう発想になる?純粋にいい加減落ち着けと言っているんだ!!」
父親の額には青筋が立っている。フェミナは気にする事なくあっけらからんと言い放った。
「別にいいけど?そのザクエラ様ってどんな人なの?」
フェミナの言葉に父は黙った。これは嫌な予感がする。
彼女は基本興味のない事は全く話を聞かないタイプだ。
バードル家の話も何度か聞いた事があるが全部聞き流していた為覚えがないが・・・・・。
「思慮深く、繊細な方だ。争いを嫌い事を荒立てようとしない」
「ああ。お父様が嫌いなタイプね?」
あえて口にしない父の言葉を娘は明確に口にした。父親はグッと前のめりになっている。
「ふーん。ザクエラ様ねぇ?」
娘の淡白な反応に父親はすでに諦めている。実はこの家の娘達は色恋沙汰に全く興味が無い。その為結婚に関してもこだわりが無くいずれ親が決めた相手と適当に結婚するのだろうと 普通に納得していた。どうでも良いのである。
「本当にいいのか?嫌ならば断る事だって出来るんだぞ?良い相手はいないのか?」
そう。父親はそれを期待していた。ザクエラではなく出来れば騎士か軍に属する者と結婚して欲しい。
「いないわね?諦めて」
こうして彼女とザクエラの婚約はアッサリと承諾された。
「はじめまして。私はザクエラ・バードルと申します」
その青年は体は大きい割に色白で気弱そうな男性だった。話には聞いていたが想像以上の脆弱さだ。
「はじめまして。フェミナ・マクベアと申します。やっとお会いできて嬉しゅうございます」
対してフェミナは真っ赤なドレスにつり上がったキツイ目元を強調するようなメイク。そしてきらびやかな装飾品をこれでもかと身につけている。対比が凄い。
「今回のお話、承諾頂けたとか。急なお話でさぞ驚いた事でしょう?よろしかったのですか?」
ザクエラはしどろもどろになりながらも必死にフェミナに話かけている。そんなザクエラと話ながらフェミナは彼が何かに似ているとずっと考えていた。
「そんな。貴方のような位の高い方からお声をお掛け頂くなどこれ以上光栄な事はありませんわ」
何だったか。つい最近戦さ場で見た気がする・・・身体が大きいのにその割にすぐ逃げ出す・・・。
「・・・しかし、相手が私だと聞いてガッカリされたのではないですか?」
彼には美しい弟がいる。しかしそれにフェミナはキッパリと言い切った。
「いえ?男色の方と結婚するのは嫌ですので」
「え?」
「え?」
フェミナはハッと我に返った。しまった!考え事をしていてうっかり正直に口に出してしまった。
気まずい沈黙の後ザクエラは吹き出した。
「成る程。少し安心しました。断りきれず無理矢理此処へ来たのではないかと心配していたので・・・」
何故そんな風に思ったのだろう?フェミナが不思議そうな顔をしているとザクエラは申し訳無さそうな顔で事の経緯を話し出した。
「実は、私が貴方を見て誤解を招くような事を呟いてしまったせいで貴方に声がかかったのです。申し訳ありません」
全く覚えがないが何だろう?
フェミナとは関係ない所で話が進んだようだ。
「貴方が訓練所で戦っている所を、たまたま通りかかり、貴方の事を、その、美しいと口にしてしまったのです。それで貴方を気に入ったと誤解されてしまい・・・・」
(・・・・は?)
フェミナは、さり気なく言われたザクエラの言葉に呆然とした。そんな言葉、今まで生きてきて誰にも言われた試しがない。ザクエラは恥ずかしいのか、ほんのり顔を赤らめながら目を伏せて困っている。フェミナは思い出した。
(ヤマノマ熊だわ!!そっくり!!)
ガルドルムに生息する。巨体の熊である。その身体に見合わず彼等は草食で気が弱く人が近寄ると逃げ出し、しかし木の陰からチラチラとコチラを伺ってくる奴らだ。
フェミナは常々思っていた。アレを飼いたいと。
「それで、いつになさいますか?」
「は?何がでしょう?」
フェミナはにっこりとザクエラに微笑むと決定事項を突きつけた。
「婚姻です。私の準備は整っております」
決めたら即行動のフェミナである。
固まるザクエラに考える猶予は与えられなかった。
「私、とても驚いたのよ?貴方までバードル家に入るなんて・・・そんなとっても面白い展開、想像出来る?」
フェミナの姉サリファはすでにアストラとの子が一人いる。彼女も元騎士である。彼女はその見た目で結婚相手に選ばられた。そして彼女も中々変わっている。
「そうなの。とても面白いでしょ?ちょっと退屈ではあるけど体を動かせる場所はあるし、お姉様ともこうして会えるから今のところ満足してるわ。アストラ様は相変わらずなの?」
「ええ。相変わらず。美しい御令弟を追い回しておいでよ?清々しいくらいに彼しか見ていないわ。面白いわよ?」
サリファは線が細く綺麗だ。何となくリュカに似ている。アストラは今の所、王に一番近い。その為、跡継ぎを早くから要求された。そこで名が上がったのがサリファだった。
彼女はそんなアストラの異常行動にすぐ気が付いたが気にしなかった。何故なら彼女に被害がないからである。
「まぁでも別に邪険に扱われる訳でもないし、子供は私に似て可愛いから問題はないわ。夜はまぁ、ちょっと微妙だけどもう慣れたわ」
フェミナは乾いた笑いを出した。
この二人。元騎士だけあって中身はガサツである。そもそも貴族以外の兵士など皆野蛮でガサツ。デリカシーなど無い。下品な話など平気でする為、二人は慣れている。だからフェミナは知っている。アストラが最中に別の人物の名を出す事を。
「尊敬するわお姉様。流石の私でもそれはちょっと」
「ふふふ。でもまぁそんなどうしようもない所が面白いのだけど」
きっとこんな二人を誰も理解できないであろう。二人だけの秘密の会話である。
フェミナはふと考えた。
(子供か、そういえばわたし達はいつ作るのかしら?)
二人は結婚してすでに一ヶ月が経っていたが、まだ一度も子作りをしていない。何故なら初夜にザクエラが逃げたからだ。
いや、走って逃げたのではない。やんわり断られた。
彼曰く。
「急で君も戸惑っているだろうから、もう少し此処に慣れてからにしよう」
それから一ヶ月である。何もない。フェミナは考えた。
「よし!子作りしよう!!」
閃いた!みたいな顔で言っているがどう考えてもこの流れはおかしい。しかしバードル家の血を絶やさぬ事は何より重要視される為、誰も止めなかった。その晩フェミナは夜這いを決行した。
いつもは開けない部屋繋がりの扉をゆっくりと開く。
ザクエラはスヤスヤと寝ている。フェミナはその寝顔を見ながら、なんて隙だらけなんだと呆れ返った。フェミナなら寝ていてもこんなに近くに来たらすぐ気配で気付く。
彼女はベットに潜り込むとまだ寝ているザクエラの腰に手を回した。ふと、違和感に気づいてザクエラが目を開く、そして一瞬惚けてから目を見開いた。
「フェ・・・!!!」
彼が声を出す前に口を塞いでしまう。触れた唇から彼の動揺が伝わって来る。これはもしや怖がらせたか?と彼女は今更ながら考えた。しかし彼は抵抗はせずにそのままフェミナのしたい様にさせている。フェミナは唇を離して一応確認した。
「もしかして嫌でした?」
「ま、まさか。嫌など・・・ただ・・・・」
ザクエラは明らかに狼狽えている。
「自信が、なくて」
ズギュン!
「・・・・・・?」
フェミナは自分の胸を押さえてみる。彼女は一瞬湧き上がった感情に首を捻った。しかし手は止めなかった。
「まぁお互い裸になってしまえばなんとかなりますわ?さぁザクエラ様。頑張りましょう?」
ザクエラはもう彼女になんて言ったらよいのか分からなかった。そして遂に考えるのを放棄した。
あれから数年、二人は五人もの子供に恵まれた。ザクエラはとりあえず本来求められた役目を達成し、そのまま何事もなく余生を過ごすだけかと思われた。それなのに誰がこんな事態を想像したであろう。
「今、なんと仰いました?」
フェミナは思わず目の前で申し訳なさそうに座っている自分の夫に聞き返した。夫のザクエラは昔と変わらぬ気の弱そうな仕草で、それでもハッキリ口にした。
「私が正式に、この国の王になる事になりました。すみません」
これにはさすがのフェミナも口を開け呆然とした。
しかし、すぐに両手で顔を覆いプルプルと震えだした。ザクエラはそんな妻を見て心配そうに彼女の肩に手を置いた。
「君には今以上に負担をかけてしまうと思います。ですが、こんな私でも出来る事があるなら手を尽くしたいと思っているんです。どうか理解して貰いたい」
「・・・・ふ・・」
「フェミナ?」
彼女の肩の揺れが、だんだんと激しくなる。そして遂に我慢できなくなった。
「あはははははははははは!!!」
爆笑である。それも大爆笑。突然笑い出した妻にザクエラも使用人達も彼女をポカンと見つめている。
「王?貴方がこの国の皇帝陛下?面白い!貴方って本当に最高よ!!」
彼女はザクエラの妻になってから大人しく彼の様子を見ていた。ずっと、彼が何かを言い出すのを待っていた。彼女には、このヤマノマ熊並に気の弱い男が、ただ弱いだけの男ではないと無意識に気づいていたのかもしれない。この腐りきった家の中で密かに彼が抵抗していた事にフェミナだけは気付いていたのだ。
しかし、まさか彼が王になると言い出すなど彼女にだって想像出来なかった。
「君はこの国の王妃になります。いいのですか?」
「いいも何も貴方には私が居なくては駄目でしょう?いいわ、王妃になってあげる。その代わり、もう大人しくは、していないわよ?私は、やると決めたら絶対に手を抜かない主義なのです」
彼女は立ち上がると彼を立たせ自分は膝をつきザクエラに頭を下げた。
「貴方がこの国を本気で守ると言うのなら、私は貴方に従い貴方と共に戦いましょう。そして私は貴方にとって最強の盾になる」
フェミナは父親の狂喜乱舞する様子が目に浮かんだ。マクベア家が最も嫌うものそれは怠惰と平穏である。
彼女は顔を上げるとニヤリと笑った。ザクエラはそんな彼女を諌める事なく両手を広げ微笑んだ。
「本当に。私には貴方は勿体ない妻ですね。貴方はいつもそうやって私の望む物を与えてくれる」
(いいえ。それは貴方よザクエラ様!)
フェミナはキラキラと目を輝かせて彼の胸に飛び込んだ。
彼女は自分で気付いていなかったが、ザクエラの事が大好きなのだ。
その日からこの国には新しい部隊が二つ誕生した。
竜騎士に代わるその部隊は白と黒に別けられ王を守る盾となった。それを裏で率いている者が元騎士の姉妹だと知る者は少ない。