クリスティナ
クリスティナがカイルとステラを産んだ時の話。
彼女の心の叫びです。
私の両親は私に何の興味もなかった。
「クリスティナ。行儀良くしているのだぞ?決して私に恥をかかせるような振る舞いをしてはならない」
彼等はよく私を教会に預け何処かへ出かけた。
恐らく賭博か酒であろう。
神に仕える司祭が聞いて呆れる。
ここの人間達は皆腐敗している。
ありもしない使命などに執着し自分達が崇高なる者だと勘違いしているのだ。馬鹿らしい。
「クリスティナ。良くきたね?暫くここで君の面倒をみることになったレイヴァンだ。よろしく」
私のお守りを押し付けられたレイヴァンと言う人は優しく穏やかに微笑んだ。きっとこの人も偽善者面の裏側でロクでもない事をしているに違いない。そう思ってた。
「・・・よろしく、お願い致します。レイヴァン様」
私がそう言うと彼はそっと私の頭を撫でた。
私は驚いた。リーズ教の者はあまり人の頭を撫でたりしないのだ。加護を与える儀式以外は。
「少し遠くから来たから疲れただろう?今日は食事をしてゆっくり休みなさい。明日は忙しいからね?」
レイヴァンという人物は、はっきりいってふざけた人間だったと思う。リーズ教の熱心な信者であるくせに悪戯好きであり、まるで少年のようだった。
「女性でも体力がないと身体を壊してしまうからね!あそこまで競争しよう!勿論君は女性だから先にスタートしても構わない」
「え!いきなりですか?ちょっ・・・まって!」
子供の私と本気で競いあったり。大人なのに子供みたいな人だった。でも決して純粋な人間ではなく大人のズルさも持っていた。
「君は将来とても美しくなるだろうね?今でもこんなに可愛らしいのだから」
「レイヴァン様。また私をからかって遊ぼうとしてらっしゃいますね?」
レイヴァンはズルい。
何故愛してもいないのにこんなに私に優しくするのだろう。何故、私に構うのだろう。何故私を引き取ったりしたのだ。
「クリスティナ。本当に良かったのか?」
私の縁談が決まった時だってそうだった。
彼は私の意思を聞いていたけれど止める気なんてさらさら無かった。腹立たしい。
「いつまでもレイヴァン様にご迷惑はかけられませんわ。それに、相手の方とてもお優しい方なのですよ」
「・・・・そうか。私はお前が幸せになるのならかまわない。この話はこのまま進めよう」
一度だって貴方が私を女と見てくれたことなんて無かった。あんなに愛してくれた癖に。
忘れよう。きっと時が過ぎればこの想いも薄らいで子供が出来ればそんな事考えなくて済む。夫のイネスは私を愛していなくともとても優しい人だ。私をとても大切にしてくれている。それで充分だ。生まれて来る子と夫と三人で穏やかに暮らそう。そう言い聞かせて、私はそれでも。
「・・・クリスティナ、神から御告げが来た。神の御子が誕生するらしい」
「そんな事あり得るのですか?」
それを告げる彼はとても狼狽えていた。こんなレイヴァンは初めてだった。次に来る言葉を私は分かっていた。
「お前がその子を産むらしい。だが嫌なら拒絶できる。そうするか?」
彼はそう口にしながらも懇願するような眼で私を見つめた。熱い眼差しで、彼が私を見ている。私はレイヴァンの手に触れた。彼は驚いた様にびくりと身体を揺らしたのだ。なんて・・・・。
「欲しいのですか?その子が」
彼の顔が明らかに歪んだ。欲しいのだ。そして私は彼がそれを私に産んで欲しいのだと気がついた。
「それがどういう事か分かって仰っているのですね?」
私はわざと彼を追い詰める様な言い方をした。レイヴァンは私の膝で祈った。私は彼の願いを受け入れた。
でも、私はイネスにそれを言えなかった。
彼は何も悪くない。でもきっと分かりはしないだろう。
そして生まれた子供は神の御子ではなかった。
「・・・・何故?」
彼は私の目の前で呆然としていた。私もあまりの事にショックを受けた。生まれて来たのは黒髪黒目の男の子だった。そんなはずはない。御告げの子は女の子の筈だ。
「拒絶したのか?」
彼は独り言の様に呟いた。
「私の子を」
私はこの時全てを理解した。
なんて男だ。この人は最初からきっと全て自分のしたい様に操作してきた。恐らくレイヴァンは子供を作れないのだ。そしてきっと。いや、絶対この人は私を愛している。
許さない。
忘れようと思った。美しい彼との思い出だけを胸に秘めて優しい夫と彼の子供三人で穏やかに過ごせる筈だった。
貴方が私にそんな事を分からせなければ。
思い知るがいい。
貴方が私にした、無慈悲で残酷なこの仕打ちを私は絶対許しはしない。許さない。
そして私はその数日後イネスが驚愕しているその目の前で妊娠し、その日のうちに神の御子を産み落とした。
彼等の驚いた顔は傑作だった。
私の復讐はここから始まった。彼は暫く経ち離れで静養している私の下へやって来た。何も知らずに。
「クリスティナ。身体の具合はどうだ?少しは良くなったか?」
「・・・嬉しいですか?念願の子が手に入って」
隣でレイヴァンが息を飲んだのが分かった。
私は微笑んでレイヴァンを見つめた。
「満足しましたか?ずっと私との子供が欲しかったのですよね?」
可哀想に真っ青な顔になっている。
私は手を伸ばして彼の頬に触れた。
「愚かな人。貴方自身気がついていなかったのですね?貴方はずっとそんな風に私を見ていたのです」
彼の目は驚愕で開かれたまま私を見ている。
ああ、なんて気分が良いのだろう。
「私は貴方の願いを叶えて差し上げました。だから貴方も私の願いを叶えてください」
彼の唇に初めて私は触れた。彼は震えて固まっている。
ただキスしただけなのに何をそんなに恐れているのだろう?
「一度だけ、一度だけでいいのです。私を抱いてください」
その瞬間、彼は私を思い切り自分から引き剥がした。
その目が恐怖に染まっている。
「ク、クリスティナ、何を言っているんだ。からかうのもいい加減にしなさい」
揶揄う?この後に及んで?何て馬鹿な人。
「ずっと貴方を愛していました。ずっとずっと」
レイヴァンは顔を押さえて私から目を逸らしている。
許さない。私から目を逸らすなど。
「貴方が私を愛する前からずっと」
私を見ろ。貴方が作った憐れな女を。
「違う。お前は私の子供だ。そんな眼で見ていない」
「貴方は卑怯な人間よ!自分の欲望だけ叶えてそれ以外は無視をする!貴方がしたい様にした結果、私は後戻り出来なくなったわ!!」
貴方の願いを叶えたかった。愛する貴方の。自分の痛みには蓋をして、続いていく筈の平穏を私はあの日手放した。今思えばあの瞬間、貴方の言葉を聞かなければ、私はこんな事しなくて済んだ。
「違う!!クリスティナ!私は・・・」
「今、私を抱かないと言うのならもう二度とここに来ないで。私の事は二度とその眼に映さないで、私の声を聞いてもダメよ金輪際私がどうなろうとも私に触れる事は許さない」
レイヴァン・スタシャーナ
「それは・・・・できない!!」
貴方を絶対許さない。