俺と姉
俺(盾の公爵継承者。彼女の弟)
俺の姉は狂っている。
その事に気づいたのは、いつだったか。
確か、あの人に出会った日だろう。
あの日、剣の公爵家の継承者と婚約をするため、顔合わせに出掛けた姉。
帰ってきたとき、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていたのを覚えている。
そして、俺に『剣の公爵の継承者に恋をしたの』と密かに教えてくれた。
喜ぶべきこと。そう、思っていた。
貴族の結婚は、互いの利害による政略。その政略相手に恋をしたのだ。
でも、あるとき、俺も後継者として挨拶することになって、剣の公爵家に訪れた。
そこで、俺は真実を知った。
姉が愛していたのは、後継者では無かった。
後継者の兄で、他に婚約者を持つ男だった。
初めは、姉を騙しているのか!?と思ったがそれも違うようだった。
どうも、その彼は迷惑がっている……と言うよりも、恐怖を抱いているように見えた。
姉がいない機会を経て、彼に接触し、話を聞けば聞くほど、それは確信を帯びた。
俺は、姉にも話を聞き、姉の恋している相手は、他に婚約者がいると伝えた。が、なににもならなかった。
「?恋敵が出てくるのは、もっと先なのよ?」
「恋敵が出てきても大丈夫なように、私、頑張ってるの!」
「早く、あの方と結婚したいわ」
姉は、妄想の中にいた。
いや、もう、狂っていた。
この話を直ぐに、彼に伝えた。
その時には、すでに婚約話は破断しており、姉にもその事実は伝えてあったため、もう剣の公爵家に近づけないはずだった。が、周囲の監視を掻い潜り、彼に接触していた。
姉が、剣の公爵家へ向かう度に、頭を下げる両親の姿は日に日に窶れていた。
ある日、両親は、姉を修道院に送ると言った。
言葉通り、姉は修道院に行き、彼は当初の予定通り婚約者と結婚し、騒動は収まったはずだった。
数年後、姉が彼の前に現れるまでは。
姉は彼を刺し、彼の妻が見ている前で、服を脱ごうとしたところを衛兵に連れていかれたらしい。
衛兵曰く、姉は「愛しい、愛しい旦那様。愛していますわ」と繰り返しいっていたそうだ。
その姉は、牢屋の中で隠し持っていた針で首を刺し、死んだ。
俺は、盾の公爵家を継ぎ、日々を暮らしている。
今もなお、姉がなぜ彼に執着し、揚げ句ありもしない妄想の中で生き、死んでいったのか、分からなかった。
俺:盾の公爵家長男で継承者。剣の公爵家の継承者と同い年。姉の狂喜にだんだん気付きだした。
姉:盾の公爵家の長女。剣の公爵家の継承者に嫁ぐ予定が、ある問題でなくなり、修道院に送られた。
彼:剣の公爵家の長男。継承者ではない。