⒍ 刮目(1) 尽力
「ふ~、ひとまずあいつから逃れることが出来て良かったぜ」
具現化されたケツァルコアトルスの背に跨がりながら、目崎悠人はそう口にする。
「まぁこの巨体じゃあ、奴の目に付くのも時間の問題だろうけど」
そう口を挟むのは、ケツァルコアトルスを呼び出した恐竜パーカーを着た少女。
「おまっ、呼び出した奴がそれ言っちゃう?」
「いやいや、小柄な翼竜呼び出しても人を乗せて飛べる訳無いじゃん」
「となると、やはりあんたの目力で具現化出来るものは恐竜に限るのか」
「ううん、この子を呼び出したのは単純に私が恐竜好きなだけ。
目力:【古代ノ再生】は、図鑑などに記された情報を元にこの地球上で生きていたとされる、かつての生物の再現。
ただし、その際に顕現された古代生物の活動の支障に成りかねない、生態環境は無視されるものとする………そもそもケツァルコアトルスは翼竜であって、恐竜とは違うのだけれど………あっ、そもそも恐竜と翼竜の違いが良く分からない人が殆どだけど、恐竜というのはあくまで四足歩行や二足歩行の陸生動物たちのことを指していて、だからさっきのも厳密に言うなら【恐竜・翼竜・魚竜・首長竜】――ロマン溢れる古代の竜全てを愛する女、それがワ・タ・シ…って、あちゃ~ッ!この本借りてもないのに持ってきちゃったし。……後で職員の人に謝らないと」
「まぁ、館内が滅茶苦茶になってしまった今、開館が再開するには時間掛かりそうだけどな」
「ふふっ、確かに」
「……それで、あんた…………と言うか、名前をまだ聞いてなかったな。俺は目崎悠人。あんたは?」
「私?嶋石竜乎だよ」
「竜乎さんか。それでこのケツァルコアトルスは一体、何処へ向かっているんだ?」
「うーん………特にあれこれ考えてはいなかったんだけど、ひとまずあの場所から離れるだけ離れたいよな」
「取り敢えずは、上手く逃げられると良いけれど………」
その頃、図書館前にて――
妹を止めるべく、急いで掛けて来た斬月。
少し前に巨大な鳥のような生物が図書館の方から飛び去っていくのを目にしたが、彼は無事なのだろうか?
キョロキョロと周囲を見回すが、乱月の姿は見当たらない。
手掛かりを掴んでいない以上――、何やら騒ぎのあった図書館の中へと入ろうとしたその瞬間だった。
電気を纏った龍ー〈雷獣〉がこちらに向かって飛来する。
斬月は既の所でその衝突を回避すると、そいつが向かって来た方向へと目を向ける。
するとこちらへ疾走と駆けて来る一人の少女:『乱月』が愛刀の【新月】を持って襲い掛かろうとする。
斬月は急いで裏腰に備えた小刀【孤月】を引き抜き、その刃で【新月】の刃を受け止めた。
瞬間――、それを狙っていたかのように乱月の硬い表情が少し解かれると【新月】の刃先からバチッと微少の稲光が発せられ、その異変を咄嗟に気付いた斬月は後方にジャンプし、感電を免れた。
(姉さん――、さっきより動きが俊敏になった?)
乱月はふと、姉の異変を感じた。
こうして再びまみえた一瞬の間に何があったのだろうか?
(何だろう?身体が軽い…………)
どうやらその異変を本人も感じたのか、内心驚く様子を見せる斬月。
(良く分からないけど、これなら…………)
ニーナ・ランドルトの妙な力のせいで、奴から何か不思議な力を手にしたことを忘れていた斬月はこれを不思議に思いつつも、これならば優秀な妹相手に肩を並べられるくらい……と自分を卑下しがちな斬月としては、それはそれはおこがましいと感じてしまいつつも、その、少なくとも前回以上には良い闘いが出来るのでは無いかと少し?ちょっぴり?いや、ちょ~っぴり思った彼女。
乱月は前に飛び出し、感電を免れた姉に向かって腕を振り上げ、今度は直接的に攻撃を仕掛けようとする。
だが斬月は身を屈めて【新月】の切っ先を躱し、あまつさえ右手を手刀に構え手首を狙って打ち払うとその衝撃で乱月の手から小刀が離れ、その隙に妹の喉元に向かって【孤月】の切っ先を当てる姉の姿があった。
無駄の無い動きと反応。
「短時間でこれほどの…………」
斬月は確実に強くなっていた。
追い掛け続けていた目標の背中に手が届いたような、そんな感覚だ。
少しは自身を持って良いのかもしれない。
斬月は心の奥底で静かに悦びを灯す。
「……そうか、その力………《眼決増力》してもらったのか。あの気まぐれなあいつに…………なら、それによって真に目覚めた目力を使わないのは何故………」
「“ガンギマリ”?真に目覚めた目力?何のことを言って…………」
斬月が《眼決増力》という言葉に一瞬気が逸れたその瞬間――、乱月は首を横に反らして喉元に当たる切っ先を容易く逃れると得意の目力で鼠型雷獣を創り出し、その雷獣は斬月に向かって飛び込むと発光。
バチバチと稲光を発すると、乗り掛かった斬月の肉体を感電させた。
「がっ……………あああ………ああ………あぁぁ………………」
鈍い声を上げ、腰をガクガクと震わす斬月。
乱月は隙だらけの斬月のお腹に向かって回し蹴りを入れると、彼女は大きく後方へ吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がり回って飛んでいったのち、勢いが無くなったのを境に動かなくなってしまった斬月。
身体の自由が効かないのかそこから起き上がる様子も無く、乱月は更に追い詰めようと携帯している手裏剣に雷を纏わせそれを何振りか投げていく。
だが、手裏剣が斬月の身体に突き刺す前に何かに遮られ、その軌道は乱月に向かって飛んできた。
「ぐっ…………」
思わぬ返しに躱し切れなかった何振りかの手裏剣が乱月の身体を突き刺し、少しばかりたじろぐ彼女。
身体のあちこちに突き刺さった手裏剣をゆっくりと引き抜こうと手を動かそうとする瞬間――、前方より見えない何かによってそれは遮られる。
不可視な刃で身体中を切り刻まれる乱月。
その間に斬月はあろうことか立ち上がって見せると、更には乱月に向かって駆け出した。
近付かれないよう、乱月は手当たり次第に雷獣を創り出してはそれを衝突させようとする。
だが斬月は次々に現れる雷獣を【孤月】の刃で切り裂いていきながら、確実にその距離を縮めていた。
それでも乱月は身体に突き刺さっていた手裏剣を引き抜いていると、雷獣の一体が主人の方へと向かって来た。
その雷獣は手放してしまっていた【新月】を口に咥えていて、主人に差し出すかのように顔を前に上げる。
乱月がそれを受け取った瞬間――、その雷獣は斬月の手によって切り裂かれ、二人の姉妹は刃を交わせ正面衝突する。
二人の闘いはまだまだ続きそうである。
「………そうそう、今日四月十七日は世界的には『恐竜の日』って言われているの知ってた?一九二三年のこの日、アメリカの動物学者ロイ・チャップマン・アンドリュースさん率いる探検隊が、中国からモンゴルにかけて広がる広大なゴビ砂漠で人類発祥の痕跡を求め旅立った日なんだけど、その五年間の旅で歴史的大発見とも言える恐竜の巣と卵の化石を初めて発見したことから、恐竜の日と言われていて…………」
下で激戦を繰り広げている中、空の上ではたわいもない話(?)が繰り広げられていた。
そんな時、ふとケルコことケツァルコアトルスが何かに反応するかのように、クークーと鳴き声を上げ始める。
何事かと悠人は周囲を警戒するが、その主である竜乎はその心配は無いと言わんばかりに頭を横に振る。
「どうやら『メザッキー』の持つ袋の中に反応しているみたいだ」
「袋?………と言うか、俺のこと――『メザッキー』と呼ぶのはちょっと……………」
「駄目かな、メザッキー?私たち折角仲良くなったんだし、その親しみを込めて愛称で呼んでみたんだけど」
「その愛称が『メザッキー』って…………アイドルネームか何かみたいで、呼ばれるこっちは恥ずかしいわ」
「じゃあ、『ザキさん』?『メーザー』?何が良い?」
「普通に悠人で良いから。………ってか、『メーザー』って何だよ。レーザーの親戚か何かかっての!」
「なら、メザッキーで決まりだねっ!」
「話、聞いてた?」
「だって、『ザキさん』や『メーザー』が駄目だったらメザッキーしか無いじゃん。もう思い付く愛称が思い付かないし」
「何も愛称で呼ぶ必要は……………あっ、やっ、やめっ、急に暴れられては俺が落下する。落下するからっ!ああもう分かった、分かったから。もう、『メザッキー』で良いです。もうそれで良いから、もう暴れないで!頼む、頼むから、俺を振り下ろそうとするのやめてくれぇぇえええええええぇぇぇぇ――――ッ!」
というガチでヤバかった茶番はさておき、彼は振り下ろされないよう、必死にケツァルコアトルスの背をがっしりと掴んでいた手をゆっくりと離すと、気を取り直してさっき彼女が言っていた袋、それ即ちエコバッグの中にあるもの、それを確認する悠人。
「はぁはぁ…………ケツァルコアトルスはこれに反応していたのか」
そう言って中から取り出したのは、輪ゴムで留められたフードパック。
中には一つのアジフライが入っていた。
スーパーで卵と一緒に買ったものである。
その昔、翼竜が食べていたとされるのが、主に魚であったと言われている。
そう、ケルコは腹が減っていたのだ。
「……けど、これは魚と言えど油で揚げたものだぜ。そんなもの、食べるのか?」
「良いから、それを渡して」
「………………我が家の貴重な食材がまた一つ失われるのか……」
小声で呟く悠人。
「何か言った?」
「なんでもねーよ。まぁあれだ、こいつは乗せてくれた礼だ。さぁ持ってけ、ドロボー!」
「それ、本当にお礼の献上品と思って渡そうとしてる?してないでしょう?」
「…………バレたか……」
なんて貧乏性ならではの本音をぼやきつつ、彼は輪ゴムを解きフードパックのフタを開けて前に差し出し、手前にいた竜乎は中にあるアジフライを手掴みでつまみ上げ、ケツァルコアトルスの口の中へと放り込む。
口に入れた途端――、嬉しそうに両翼をはためかせたケルコ。
鮮度溢れる生魚では無かったものの、どうやらご満悦してくれたようだ。
そして流れるようにアジフライの油が微かに付いた空のフードパックと輪ゴムを片付けようとしたそんな時、彼の頭の中で何かが思考する。
「フードパックに輪ゴム、それに僅かにこびり付いたフライの油。こいつはサラダ油だ。そういや、これらは全て…………」
「どうかした?」
独り言を呟く悠人を心配そうに一声掛ける竜乎。
「いいや、最悪を最高に変えることが出来るかもしれねぇって思っただけさ」
「?」
「どっちみち、これじゃあ見つかるのも時間の問題だ。だったら、こっちからその障害を潰してやるだけだ」
「うっ………ううっ……………ごめんね、メザッキー。まさかアジフライ失ったことが、君をこんなに追い込んでしまっただなんて思いもしなかったよ」
バレバレの嘘泣きをしながら、同情する竜乎。
「なっ………そんなんじゃねぇよ。ふ……ふーんだ、アジフライを失ったぐらい、わ……我が家のおかずがそれはそれは、いつも以上に質素になるぐらいだもんね。………………あぁ紫乃ごめんよぉ、情けないお兄ちゃんを許してくれ」
「メザッキーはあれかい?貧乏なのかい?」
「それ言うか?というか、すでに言っちゃったな、おい!」
アジフライの犠牲は大きかったが、それ以上に彼の中でこの逃走を終わらす何かを掴めたことを嬉しく思う(?)瞬間だった。
小さい頃、アニメなどの影響からオリジナル能力なるものを私自身が初めて考え付いたのが今回登場した嶋石竜乎の目力になります。昔は特に恐竜好きなこともあった為、そういった発想が生まれたのだと思います。そう言う意味ではある意味で一番最初に考えたキャラクターと言っても良いでしょうね。
と言うより、この能力をどこかで書きたいという気持ちがあって、そしたら自然と多くの能力が飛び交う異能力バトルもの展開として生み出された作品がこのピヤー ドゥ ウイユっていう、ね………。




