⒌ 双眼(6) アイリス・クォーツ
パリィンと音を立て、プテラノドンが窓を突き破った時のこと。
「……あーあ、何ちょっと騒ぎ立てちゃってんだよ」
一人の女性の声が聞こえる。
雷獣の一撃を受け、その衝撃で飛んでいた意識がゆらりゆらりと戻っていく。
朦朧とした視界の中――、三日月斬月は声がした方を目にする。
何者かの後ろ姿が目に映る。
その奥には一つの建物がぼんやりと見える。
奴はその建物の方を見ているのだろうか。
それ以上の情報は掴めない。
何せ目覚めたばかりの斬月にとって、目の前に掛かる逆光の光は辛いほどに眩しく、その者が誰なのか認識出来ずにいたのである。
何故こうも光が近くに感じられるのか、その答えは周囲を見渡すことで分かった。
辺りを囲む繋がれたフェンス。
そして妙に風を感じる開放的空間。
「ここは…………屋上……?………だが、この場所は一体……?」
どうしてだろうか?
何故、自分はこんなところに………
少し前に妹の乱月と建物外で激闘を繰り広げていたにも関わらず、その闘いで気絶し目を開ければ、知らないこの場所にいるという理解し難い状況に困惑していた。
考えられるとすれば、目の前にいる謎の人物の存在。
おそらく奴が気絶した斬月をここまで運んで来たと思われるが、それは何の為に?
それを深く考える前に、斬月の声で彼女が目覚めたことが分かったその者は、振り返ることなく言葉を交わす。
「お目覚めかな、目魂主斬月」
「其方は………」
「………ニーナ・ランドルト。それが私の名だ」
「……ニーナ…………?確か、あの日説明を受けた時――、【ピヤー ドゥ ウイユ】の監視人としてその名が出たような……………」
「Ah……まさしくそれは私のことだな。まあ監視人って言っても、ほとんどあいつがやってることだが………でもその方が素性を明かす必要もねぇし、色々と都合が良いのは確か。このまま監視人とされ続けた方が何かと…………」
「あの……、一体何の話をして………………」
「ああ、悪い。こいつはただの独り言だ。それよりなんでこんなところにいるのか、知りたいところだろう?」
「一体、どんな理由が………」
「………邪魔だから」
「えっ?」
「あんなところで気絶してくれちゃって、人の目に付いたらどうしてくれんだか。面倒ごとにならねぇよう、このきょて………おっと、言葉には注意しねぇとサエコの奴に怒られちまう。っても、話の最後に消しちまえば良いだけの話か」
「その……何を仰っているのか…………」
「要するにだ、君をここに運んできたのは、ゲームを円滑に進める為。ただ、それだけだ」
「ではその後は、どうする気で…………」
「何もお前のような奴、好き好んで取って食ったりなんかしねぇよ。けどまぁ、これも何かの縁だ。
君の妹――、乱月と渡り合えるなんてもんじゃねぇくらいの力を、真の目魂へと目覚めさせてやってもいいだけの《一定能力》は既にある。
あいつと同じ現役の忍者ってだけで他の目魂主よりもそのポテンシャルは高いだろうから、次のステップに進んでみたって大丈夫だろうし…………」
「真の目魂?次のステージ?先程から何の話をしているのか……………」
「君が持つ目魂に《眼底力》をキメてやったって良いと言っているのさ。……で、どうするよ目魂主斬月?」
「……妹と渡り合える力…………」
それには少し魅力があった。
そんな力があれば今度こそ彼を、ゆうとを妹の脅威から守って上げられる。
そう言えば、彼は無事なのだろうか。
いや、そんな不安は考えないことに限る。
彼を信頼しないでどうする。
今度こそは、あのような恥をさらしたくない。
妹を、乱月を止めることが出来るのならば…………
「………が………ます」
「へっ?」
「お願い……します。………《眼》何とかとやらを受けることで、より強い力を進上して頂けるのでしたら…………」
「フッ……ならば、お望み通り――、こいつは私からの出血大サービスだ」
背中を向けたまま、ニーナは右腕を勢いよく振り上げる。
「えっ?何っ………?」
斬月の瞼に血液が触れる。
よく見れば、何かで少し右手の甲を切ったのか、軽く血を流していた。
そんなことに気付かされていると、何やら瞼のところで妙な異変を感じる斬月。
ジュワァァと蒸発したように熱い感覚が瞼に伝わってくる。
「……ああ…………あぁぁぁ…………あああああああぁぁぁ………………」
熱さを感じない筈の目魂主という身にも関わらず、ヒリヒリ、ジンジンとした痛みが身体中を蝕んでいくかのようにじわじわと襲い続ける。
斬月は見ることが出来ないが、その熱い感覚と同時に瞼に付いた筈の血液が溶けていくような――、瞼をすり抜け眼球へと血液が浸透していくかのようにみるみると消えていく。
ドックン!
瞼に付いた血液が十分に溶け出したその直後――、勢いよく身体中に強いエネルギーが駆け巡り、体内の組織という組織が活性化したかのように、身体中が熱くなると共に一瞬大きな動悸のようなものを全身に感じた。
目魂を軸に伝わってくる高揚感。
これまで感じたこともない力が全身に漲ってくる奇妙な感覚を感じた。
「この感じ………これなら妹にだって…………」
「では、そんな目魂主斬月に残念なお知らせだ。公言通り消させてもらうよ、君の記憶………」
突如振り返っては、片目だけを覗かせたニーナ・ランドルト。
その瞳は輝かしいばかりの虹色の発光を放ち、斬月の方へと目を向ける。
すると斬月は一瞬放心状態に陥り、気付けばさっきまでのことが嘘のように記憶から消え、始めに目が覚めた時のような反応をし出す斬月。
「あれ……、私は…………」
目の前には変わらず、背中を向けたままのニーナの姿があった。
「やぁ、お目覚めかな目魂主斬月。私はニーナ。【ピヤー ドゥ ウイユ】の監視人だ」
「……ニーナ…………?貴女が噂の監視人…………そんな人物と何故こんなところに……………?」
「おっと、君にはそんなこと考えている暇が無かったんじゃないのか?」
「そ……そうだっ!早いところ、妹を止めないと……………ッ」
彼女は慌てた様子で六階建ての屋上にも関わらず、フェンスを跳び越え、隣の建物の屋根の上に降り立つと、そのまま図書館の方に向かって走り去っていくのであった。
ニーナ曰く――
ニーナがもたらす目魂の進化――、もとい“ガンギマリ”にはある一定のポテンシャルが求められるのだそうだが、それは単に目魂を授けられてからの年数に由来するのか、相性的なものなのかその根本規範は不明だが、万が一にその条件とやらが満たしていない状態で目魂の進化を促そうというものなら、目魂主の身体に深刻なまでの負荷が掛かり、最悪の場合――、身を滅ぼすことになるのだとか。
ちなみに《眼決増力》とは現象の名称にあたります(目がキマっちゃっている状態のこと ※決して危ない意味ではありません。 表現的言葉で表すと、内なる力に目覚めた的な……、それこそ力が増したような――)
ニーナの謎の血の力は別に呼称がありますので、来たるべき時に混合しないよう、今のうちに伝えておきます。




