⒌ 双眼(2) 激突
「……こ………れは…………一体………、何が………何がどうなって……………」
突然口付けをするなり、乱月から庇うように彼の前に立つ斬月。
恋だの何だのと言っていたが、この急展開は誰が予想できたことか。
悠人は呆然と立ち尽くしたまま、目の前で繰り広げられている光景をじっと見つめていた。
「あ……ははっ……………姉さん、冗談でしょう?これが恋かそうでないか、その答えが見つからないって?考えても見てよ。他人で、それも異性で守って上げたくなる存在なんて、そんなの決まっているようなものじゃない」
「……そっか…………なら尚のこと、ゆうとを守らないと」
「……なん…………であんな…………超激安だかなんだか言ってた卵を台無しにされたぐらいで、必死になっちゃうような貧乏臭い男なんか好きになること無いでしょうがぁぁああああああああぁぁぁぁ――――ッ!」
その瞬間――、乱月は勢いのままに【新月】を振り動かし、それを受け止めるは斬月の持つ【孤月】。
ガキィンと刃を交える音が周囲に鳴り響き、近くにいた鳥達は驚いて一斉に羽ばたき去っていく。
緊迫した二者のぶつかり合いは彼女らを除く二人の傍観者のみを残し、激しく衝突を繰り返していた。
「……クスクス、乱月ちゃんときたら、あんなに感情むき出しになっちゃって。よっぽどあのお姉さんのことが好きと見える」
ひっそりと影から覗くは、あの監視者。
その存在は誰にも気付かれることなく、彼女もまた覗き見ていた。
「……これはあれか?餌付けか?餌付けされたのでしょう?そうだよ!どうせそんな一時の優しさに触れてしまって、恋だなんのと勘違いしているのよ。そうに違い無いわ。そうでしょう?そういうことでしょう?そうだよね、姉さん!」
「………どう、なんでしょうか?」
「へっ?何でそうだって断定出来ないのよ。……あぁぁぁあああああぁぁぁ、駄目だ駄目だ。私の姉さんが壊れちゃった。……私が、私が姉さんの目を覚まさせてやらないと―――――」
完全に動揺して前が見えていない様子の乱月は次の直後、メンヘラをかます勢いで手に持っていた【新月】の刃の周りでバチバチッと何やら稲光のような光の線が現れ、謎の光を帯びたその刃を振り上げた。
危険を察知し避けようとした斬月だが、刃の周りを中心に光が大きく飛散していたせいで躱し切れないと悟り、取り敢えずは距離を取って後ろに下がろうとするも、相手は自分より強い忍。
その遥かに超える敏捷性の前に敵わず、その一打は斬月の皮膚を軽く掠めた。
「ぐあぁぁああああああぁぁぁぁ――――ッ!」
傷は浅いものの、感電によるダメージが彼女を襲った。
こんな超常的な攻撃が普通じゃ出来ないのは道理であり、気付けば乱月の瞳は丸型から三日月を反転した二十六夜月のような形の瞳孔へと変化され、色も濃褐色から赤銅色とまるで《ブラッドムーン》と呼ばれる皆既月食によって赤く見える月のような色へと変色をしていた。
さきの雷の力は彼女が目魂を開眼し発現させていたものであったことは最早明白で、奴の眼前でバチバチと雷線が火花を散らしている。
「どうです?目は覚めましたか、姉さん?」
「………守るん……だ…………私……が……………」
「まだそんなことを……………。これは本格的に荒療治する必要があるようですね」
そうして再び切り掛かろうとする乱月を前に、斬月もまた目魂を開眼。
三日月のようなカーブを描いた不可視な刃を彼女に向かって飛ばした。
飛散する稲光をも切り裂き、その刃によって彼女に痛手を与える。
その筈………だった。
流石は数々の戦を生き抜いてきただけの猛者とでも言うべきか、その鋭い野生の勘と反射的な瞬発力で見えないはずの刃を【新月】の刃で振り払った。
ガチィンとぶつかり合った音が聞こえ、鎌鼬がいなされたことを理解した斬月は驚愕した。
「――ッ!あの攻撃に反応出来るだなんて………」
「まさかさっきのあれが姉さんの能力?何やらそよ風が吹いてきたのかと思ってしまいました」
「……これでも、そんな減らず口をきける?」
そう言って、再び鎌鼬を飛ばす斬月。
彼女は一体何がしたいのか?
乱月は先程と同様――、感覚を研ぎ澄まし、【新月】の刃で向かってくる不可視な刃を弾き返そうとした、その瞬間だった。
突如――、不可視な刃はその軌道を変え、方向を変え襲い掛かった。
【新月】を振るう手は空振りし、脇腹を切り込まれた乱月。
「がはッ……………ね……姉さんったら、そのような芸当を隠し持っていたとはね」
実は斬月の能力には、ある性質が存在していた。
それは――、飛ばした刃を目の動きで操作することが出来るというもの。
不可視な刃は【鎌鼬】の目魂を通してのみその姿をいつでも捉えることができ、唯一彼女だけが目視することが出来るその刃の軌道を常に追いながら、確実に動かしたい方向へと操作することが出来るのである。
斬月はその力で刃を寸前で方向転換し、弾き返そうと腕を上げた一瞬の隙に、がら空きになった脇腹に向かって鎌鼬を飛ばし一打を与えたのだった。
彼女がそこに気付く前にここは畳み掛けたいところの斬月。
数多くの不可視な刃が乱月の周囲を飛び交い、あらゆる方向からそれらをぶつけていく。
じわじわとダメージを与えられ苦しい乱月だが、彼女もやられてばかりでは無い。
赤銅色の目魂で自身の両腕を目にし、腕周りでバチバチと光を発しながら忍衣の下に仕込んでいた楔帷子を伝って全身が光に覆われると、それは一種の盾となり、不可視な刃を受け付けない防御態勢に入った。
「これで姉さんの姑息な手は通用しないわ」
「まさか………電流を身体中に覆って、私の攻撃を防ぐ防御壁を作るだなんて。それにその状態で平気な顔していられるのはどうして…………」
「昔受けた数ある拷問に比べれば、この電流に耐えるぐらい造作もありません。
《忍たるもの――、敵に囚われ如何なる拷問をされど、絶えず口を割らず己の忍耐力に限界無くせよ》。
昔、私達を忍に鍛えてくれた先生がよく言っていた言葉です。姉さんも覚えている筈でしょう?」
「やっぱり凄いね、乱月は。私なんかとは違って優秀だから、あれを忍耐力と言う言葉だけで片付けてしまえるのだから。
――けど、だからと言って私も負けない。拷問なんて経験無かったこともあってか、妹よりも忍耐力が無い情けないお姉ちゃんだけど………
守る者の為なら、人は強い力を発揮するって聞いたりするし、私も自分なりに、己の限界を伸ばしていくつもりでこの勝負―――、本気で臨むから」
「そう言うことなら私のこの力、受け切って見てよ、姉さん。轟け、雷獣!」
突如――、乱月の目先に光の玉が生成されるとそれは形を変え、虎のようなハクビシンのような獣の姿に変化すると、斬月に向かって駆け出した。
光を帯びた獣、まさに雷獣と言うに相応しい光の塊が雷の如き速さと複雑な曲線を描きながら、その獣は口を開け近付いて来る。
そして………
「ぎぃぁぁあああああああああぁぁぁぁ――――ッ!」
されるがままに光の獣に肩を噛み付かれると、全身を電流が襲った。
その衝撃は凄まじく、華奢な身体が攻撃に耐えていられるのも時間の問題。
しかし、彼女はその言葉通り一切抵抗すること無く、全てを受け切ってやるという思いでただひたすらに堪え続けていた。
そうして時間は経ち、放った光の塊はその爆発力を失い、獣の形は崩れそのまま光は消滅した。
「……はぁ、はぁ、はぁ……………………」
片膝を付き、息切れをする斬月。
無抵抗のまま、それはそれは強力な電流が数分間全身を駆け巡っていたにも関わらず、どうやらまだ意識はあったようでその言葉通り、己の限界を伸ばして見せた瞬間だった。
「やっぱり凄いね、姉さんは。言ってみればこれは―――、『一念天に通ず』だよ」
「………《物事を成し遂げようと一心になれば、その心は天に通じ、必ず成就すること》――。……数百年ぶりだね、乱月のことわざを聞いたの。ゆうとを守る為にも、ここはその更に上を目指したいところだけど………………」
と話の途中だが、斬月の身体はすでに堪えていたようで、彼女は疲れたようにぶっ倒れ、そして………
「……姉さん、気絶してしまわれたようですね」
彼女は意識を失ってしまったのだった。
となれば乱月が標的とするは、姉を可笑しくした貧相な男。
その男ー『目崎悠人』は驚異的な相手から身を守ってくれた斬月の気絶を前にして、必然的に次は自分が襲われることを察し、密かに動揺していた。
そして乱月は狂気な目をして、こう言うのだ。
「これで貴方を守ってくれる存在はもういない。………だから姉さんの為に死んで」




