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⒋ 姉弟(1) 乱月

『だからその『私なんかが……』ってやつ、言わないと気が済まないのですか?』


『それは……私が……私のせいで()があんな………うわぁぁああああああああああああぁぁぁぁぁ――――ッ!』


 この前、一人の目魂主(めだまぬし)の間であった出来事の一部を斬月は深く気にしていた。


「……乱月(らんげつ)…………」


 木の上に立ち、衣服のポケットから取り出したのは、かなり歴史のありそうな二つの黄ばんだ輪っかの(ひも)


 ボロボロになったそれを握り締めながら、ある者の名前を静かに(つぶや)いていた。


 ……彼女は、ある日のことを思い返す。


 これはまだ、斬月が三日月と苗字を名乗る前の………明治時代よりずっと昔の物語。


 ……………………………………………


 それは平安の世、乱月(らんげつ)という一人の忍が存在した。


 その時代の貴族の女性とは異なり、忍として生まれ育てられてきた環境もあってか、当時主流だった髪を結わない状態での垂髪では無く、動きやすいよう長い髪を耳の上から輪っかの(ひも)二つで左右に束ねていた乱月。


 一歳違いの姉の斬月と同様に前髪中央が白く、カーブの掛かったくせっ毛と相まってさながら白く光る三日月のような髪をしていた。


 対してこの頃の斬月は現在のようにお団子状のパンダ耳のような髪型では無く、妹に比べてだいぶ髪の短かった彼女は、特に髪を束ねてはいなかった。


 姉より優れた身体能力を持っていた為、その当時――、斬月が情報収集の任務ばかりに対し、乱月は暗殺任務を数多く任され、その全てをミスなく遂行(すいこう)してきた。


 中でも幼少期から共に鍛えられてきた修行仲間の(あいだ)で、()を圧倒する軽い身のこなし(優れた身体能力)を見せる乱月。


 対して姉の斬月は(みな)と比べて修行に追い付くのが(運動神経が)やっとな(悪く)、俗に言う落ちこぼれであった。


 毎日修行に明け暮れるも思うように伸びず、仲間からは馬鹿にされる日々。


 更にはその教えの先生からは厳しく罵倒(ばとう)され、(つら)い時間だけが過ぎていた。


 だが、そんな彼女にも小さな安らぎはあった。


朝夕(あさゆふ)姉君(あねぎみ)頑張り(つとめ)、この乱月良く(よう)知って(通ひ)おります(侍りし)


「然れど、()なんか(など)………これと言って(さして)……………」


「否、()なんか(など)にあらぬ。姉君(あねぎみ)、里の誰より努力しておいでだ(努めゐでなり)。『努力は人(をば)裏切らない(裏返らず)』して」


 彼女は優秀な御妹(おとうと)にそう言われ、みっともないと思うと同時にそのような言葉を投げ掛けてくれる乱月の優しさに助けられている、そんな恩義を感じていた。


 斬月は嬉しかった。


 たとえ一人でも………一人いるだけでも、自分を支えてくれる者の存在がそこにあることが。


 どんなに嫌なことがあっても、乱月が………たった一人の味方がいるだけで自分は頑張れる。


 来る日も来る日も斬月は弱音を吐かず、どんなに惨めったらしくても努力しない日は無かった。


 支えとなる存在の強さに甘んじているのでは無く、乱月と対等――いや、それ以上に大切な者を守れるだけの力をつける為に………。


 時間と共に斬月の実力は徐々に向上していき、周囲の人間(シノビ)たちが彼女を少しは認めてくれたのか――


 その当時かなりの腕を持った、実力も地位も高いとある武将の暗殺任務を乱月筆頭に数名の部隊で行われることとなり、その内の一人に斬月が選ばれたのだ。


 ここに至るまで何度か暗殺任務を行うようにはなった斬月だが、こんなものは夢だと思った。


 まさか()が……『落ちこぼれ』とされてた自分が………単独任務では無いとは言え、そのような任務(大役)を任される時が来るだなんて思いもしなかったから…………。


 …………………


 ……………


 任務当日――


 日はすでに落ち、(シノビ)が最も活動しやすい暗い夜のこと。


さぁ(ゐざ)参りましょう(参らん)姉君あねぎみ


「……ゑゝ(ええ)


 ターゲットの武将がいる屋敷から少し離れた木々の上で相手の様子を(うかが)う、斬月と乱月と数名の忍。


 初めての腕の立ちそうな任務を前に緊張しているのか、将又(はたまた)、優秀な御妹(おとうと)に無様な格好を(さら)したくは無いと恐れているのか――


 あまりに自信が持てない、不安の残る返事をする姉に対して乱月はいつも通り優しく声を掛ける。


姉君(あねぎみ)気持ちを確かに(心持ちに)。『精神一到何事か成らざらん』なり」


「目標、捉えました(捉へたり)


 ここで一人の忍が最低限の声量で部隊の皆にそう伝えると、事前に立てていた作戦を実行することにした。


 まずは吹き矢を取り出すと武将の周りにいる邪魔な側近らを狙って矢を飛ばし、次々と奴らを倒していく。


「な……どうしたことか(何事ぞ)!」


 戦場とは異なり城内ゆえに鎧も身に付けず、動きやすそうな装束姿に身を包んだ武将は慌てて腰に備えていた刀を抜刀し、周囲を警戒し始めた。


 流石は腕の立つ武将と情報を掴んでいただけの実力とでも言うべきか、次々と飛んでくる細い矢を一本の刀だけで弾き返していく。


 しかしそのような芸当をいつまでも続けて耐え凌げる訳が無く、乱月の(ひと)吹きが身体に刺さると、実に呆気なく武将は倒れていた。


「……み、身動………出来ぬ(能はず)……………」


 武将だけは意識があったものの、何故だか身体を思うように動かせずにいた。


 実は飛ばしていた矢には()が塗られており、それが肌を傷付けると(たちま)ち神経毒に襲われ、即効性の毒はあっという間に全身に広がると神経と筋肉が刺激されて麻痺症状を起こし、身体の自由が効かなくなってしまったのである。


 このまま動けずに時間だけが過ぎれば毒そのものの殺傷能力に身体が侵され、並の人間ならそう経たずして死に追いやることだろう。


 だがしかし、武将として()し上がって来ただけに、日頃から身体の鍛え方とやらが違うのか――。


 気力も体力もそこらの者に比べて高く、意識はまだあるようにも見えた。


 確実にそのお命を頂戴すべく、即座に乱月は武将が倒れた場所へと移動する。


 部隊の忍と一緒に護衛役を倒した斬月だが、御妹(おとうと)にばかり良い活躍されてはこれまで乱月を超える為に修行してきた意味が無いと妙な使命感に駆られてしまい、変に(あせ)ってしまった彼女は慌てて後を追った。


 落ちこぼれ(ゆえ)(いじ)められることもあった斬月は、嫌なことから逃げるその逃げ足だけは誰よりも早かった。


 その足の速さですぐに乱月を追い抜き、先に武将の元へ辿り着いた斬月。


 腰の裏から小刀を取り出し、背中から心臓部をグサっと突き刺そうとした。


 まさにその時だった―――。


 武将としての士魂(プライド)が突き動かしたのか、突っ伏していたことで床を伝って感じる微かな揺れ(振動)と足音を拾い、決死の抵抗と言わんばかりに息を殺して密かに奴は動き出す。


 吹き矢を受け、すぐに倒れ出した時のこと――


 武将にとって命より大事な【刀】だけは例え、身体が痺れていようと決して離さまいと()き抱えるように、自らの懐へと寄せる体勢でそのまま床に倒れ伏していた。


 それ故、装束の袖口で上手いこと刀が隠れ、痺れる身体にムチを打って一心不乱に身に付けていた装束の袖口ごと刀身を軽く貫通させ、刀の切っ先をほんの少しだけ覗かせながら背後から大きく影が被さってくるその瞬間を狙って、思いっ切り刀身を突き刺して反撃の機会を窺う武将。


 彼女が小刀を突き刺すのが先か、それとも武将の不意打ち(悪あがき)が決まるのが先か。


 行方は、実にそのどちらでも無かった。


 追い抜かれ、ようやく近くまで来た乱月が勢いよく十字型手裏剣を放り投げ、刀を持った武将の右腕を深く突き刺す。


「……が………があぁぁあああああああぁぁぁ――――ッ!」


 身体の痺れと相まって、痛みで悲痛を上げる武将。


 一頻(ひとしき)り断末魔が上がると、そのまま絶えず武将は力尽きた。


 突然の横からの介入に一瞬驚かされたが、すぐに斬月は大人しくなった武将の喉を搔っ切り対象(ターゲット)の息の根を止めると、いつものように御妹(おとうと)に助けられてしまった自分の情けなさを感じながらも、素直に……とは言えないが、それでも命を救ってくれたことに対するお礼の言葉を伝えた。


「……助太刀………感謝(つこうまつ)る……………」


 乱月は特に言葉で返さず、代わりに微笑みを返すのだった。


 これにて、任務完了。


 乱月の元へと駆けて行く。


 この時、斬月はすっかり警戒心を解いてしまっていた。


 初めての大きな任務を無事に達成出来たことが嬉しくて仕方が無かったのだ。


 だが――、これがのちに彼女の後悔へと繋がる瞬間であった。


 ふッと横の(ふすま)越しに人影が現れると、障子を突き破って斬月を刺し殺そうとする、一振りの刀身が姿を現した。


 胸部を刺されそうになるその瞬間――、突然前方から勢いよく押し出される力に襲われ、おかげで刺されずに済んだ斬月。


 だが………


「……ぐっ…………」


 斬月を助けようと前に出た乱月が刀身の餌食(えじき)となり、突き刺された胸部から血をダラダラと流していた。


「な……何故(なにゆゑ)に…………」


 押し出された直後、乱月になんでそんなことをしたのか、起き上がって口を開いたその時――、目の前に広がるその最悪の光景に言葉を失っていた。


 乱月は力無く倒れてしまい、その衝撃で襖も一緒に倒れると、彼女を刺した屋敷の人間の姿が露わになる。


「……あぁ……ぁ嗚呼々(あゝゝ)………おのれ……御妹(おとうと)を………………この、狼藉者(ろうぜきもの)めがぁあああああああぁぁぁ――――ッ!」


 乱月を刺した存在が目に映ったその瞬間――、怒りに任せて一直線に飛び掛かった斬月。


 忍の中では落ちこぼれだった彼女も忍では無い人間(そうでない者)が相手ともなれば、その軽やかな動きを前にして対抗出来る強者が早々居る筈も無く、その者は斬月の手によって一瞬で斬り殺された。


「……(かたき)取れで………面目なく(かたじけなし)……………」


 乱月を刺した仇敵は最期にそれだけ言うと命尽き(バタリと倒れ)、それまで怒りに駆られて自然と握る手に力が入っていたが、途端に力が抜けて小刀が手から落ちると、斬月は弱々しく今にも涙を流してしまいそうな顔をしながら横たわる御妹(おとうと)の元へと一目散に駆け寄った。


「乱月!」


 御妹(おとうと)の名を呼び、刺された箇所に手を当てながら優しく乱月の身体を抱き寄せる斬月。


「……姉君(あねぎみ)………お怪我……なし………て…………?」


「な……何為むに()なんか(など)の形代に…………」


「……いかようにも(言はずして)………分かって()おゐで()でしょうに()…………。姉君あねぎみ………助けに参上仕り(たすけまゐらせ)……………」


「……そんな(然る)………こで終ふなど………嫌です(憂へ給ふ)。……()………乱月身罷(みまか)()あって欲しくない(無くもがな)


 涙目になる斬月。


「……()とて…………姉君(あねぎみ)(をば)()て死にとうな()。されど()に……………」


 乱月は自身の出血の(ひど)い傷口に向かって、ゆっくりと手を伸ばす。


「……この出血して、里まで運びゆく時など無かりに。………だから(然れば)此れを………………」


 そう言って、長い髪を束ねていた二つの輪っかの(ひも)をゆっくりと(ほど)き、それを斬月の手にやった。


「……然りとて、()代はりに其れ(をば)姉君(あねぎみ)の傍ら有って欲し(有りなむ)――」


 と、ここで言葉は途切れてしまった。


 乱月は力尽きてしまい、静かに息を引き取ったのだった。


「……ぁあ……嗚呼嗚呼(あゝあゝ)……()の………いで過ぎし真似取りてばかりに御妹(おとうと)……乱月が……………うわぁぁあああああああああぁぁぁぁ――――ッ!」


 敵の屋敷にいるも関わらず、悲しみのあまり、その場で泣き崩れた彼女。


 彼女の泣き叫ぶ声が屋敷中に響き渡り、中にいた人々が何事かと、次々にそこへ駆け付けて来た。


「……ひ、ひひ………人が…………」


「……きゃあああああぁぁぁぁぁ――――ッ!」


「……この曲者(くせもの)めぇぇええええええええええぇぇぇぇ――――ッ!」


 武将と他数名が殺され、辺りが血の海と化したこの状況を目にした人々が様々な反応をする。


 人の存在に気付いた斬月は、御妹(おとうと)(たく)された二つの輪っかの紐を使って同じように髪を束ねようとしたが、髪の長さが短い所為(せい)でそれが出来ず、代わりに頭の上で髪を集めて左右に束ねると、一度手放した小刀を拾い上げ、腹癒(はらい)せのようにその者達を斬り付けていった。


 その様子を見かねた忍達はこの場を全て斬月に任せ、任務のご報告をしに黙ってこの場を去って行く。


 そして………


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……………」


 屋敷にいる全ての人間を殺しに殺してしまい、怒りと悲しみをぶつける相手がいなくなった斬月は、すっかり疲れ果てていた。


「……これにて………ほんの少しば……御妹(おとうと)合わする顔うもの有らなむゆ()………ははっ、()なんか(など)落ちこぼれが何を戯言申して………うっ………ううっ……うぁああ゛ぁぁあぁ゛ああぁぁあ゛ぁあ゛ぁぁぁ――――ッ!」


 一息つけるようになると、彼女は再び豪快に泣き叫んだ。


 いつも自分の上を行き、(ねた)みの絶えない存在であったと同時に、いつも優しくかけがえのない存在でもあった御妹(おとうと)の乱月。


 そんな大切な人を亡くし、今の斬月に生きる気力があるのだろうか?


 最早、とんでもない失態を犯してしまった自分に帰る場所はあるのだろうか?


 素直に戻って来たところで、今まで以上に虐められるだけに違いない。


 ならばいっそ、こんな()を………


 グサッ!


 何かが勢いよく突き刺さった音が聞こえた。


 よく見れば、彼女の心臓部に一振りの刃が貫通していた。


 背後から刀を突き刺したのは、一人の若武士であった。


 どうやら息を潜め、機会を(うかが)っていた武士を一人、殺し損ねていたようだ。


 武士は刀を引き抜き、(つらぬ)かれた心臓部から多量の血を吹き出す斬月。


「……已む無く………()(がり)も迎へ来ためり」


 血の気を無くし、まるで強い風にさらされた案山子(かかし)のように呆気なく倒れ出した。


 ゆっくりと顔を横に向け、今一度御妹(おとうと)の亡骸を目にする彼女。


「……折角(あたら)助け頂いた(給へき)此の命…………いと短し生けざらむこと……あわれなり……………」


 乱月の犠牲虚しく、過早にその命賭してしまった己の無力さを亡き御妹(おとうと)に向けてそう言葉を伝えると、力尽き彼女も(また)、跡を追うように――、(よわい)十四にしてその生涯を終えるのだった。

平安時代では今のように(いもうと)と言わず、『妹背(いもせ)』と呼んでいたことはよく耳にしますが、それは兄妹間で男性側から呼ぶ語として使われていたらしく、女性が自分の年下の妹を指して用いた例は見当たらなかったと言われています。

男性問わずの呼称だと、『御妹(おとうと)』と呼ばれていたのだとか(※諸説あります)


ちなみに『()』は一人称――、(わたし)を表記している語になります。

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