⒊ 武視(3) 反りが合わずも鞘には収まる
斯くしてメイドさんのナビゲーションの元――、軽バンを指定された来客用の駐車場に停車するや否や、栞奈とメイドの二人は屋敷の扉前に来ていた。
「では、参りましょう」
メカニカルなデザインをした片っぽの垂れ下がったイヌ耳のカチューシャを付けたメイドが目の前の豪奢な扉をゆっくりと開け、片手を前に伸ばし“どうぞお入り下さい”といった様子で客人である栞奈を先にお通しした。
「す、凄ぇ〜!」
屋敷の中に入った栞奈が第一声発した言葉がそれだった。
まず最初に目がいくのは、外門と同じゴシック調の手すりが付いた二階へと続く螺旋階段。
上を見上げれば、高い天井に吊り下げられた大きなシャンデリアがこれまた存在感を放っていた。
壁には壁画が描かれ、その所々に日当たりの良い大きな窓が存在した。
中央に置かれたロココ調の白いスモールテーブルの上にはおしゃれな花瓶が置かれ、中には一輪の花が添えられていた。
薄いピンク色をした羽状の花びらのバラ。
茎には曲がった棘と剛毛がこんもりと付いていた。
まだ玄関先だというのに驚きの声を上げるのも束の間――、栞奈は目の前に見えるその一輪の花を指差してはメイドに問い掛けた。
「おい、あの花ってもしかするとさっき言ってたブルガリアンローズってやつか?」
「仰る通りでございます。あちらはブルガリアンローズ、正式名称と致しましては、ロサ・ダマスケナでございます」
「リサ・ダマシタッケナ?……一体、誰が誰を騙したって?」
「ロサ・ダマスケナです」
「え〜っと………」
「ロサ・ダマスケナです。……いい加減この件はやめて頂けると助かるのですが…………」
ご丁寧に繰り返すイヌ耳のメイド。
後半、本心がダダ漏れだが………
「……い………いや〜、悪いねぇ。わ、わざとじゃないんだよ。鍛治以外のことにはどうも無頓着と言うか………
あっ!流石にアニメ等のコラボ刀を作刀する際なんかは、そのアニメを観てチェックしているからね。
そこは鍛冶屋としての本職の意地として、再現性をもって精巧に作り上げる為の一切の妥協はしたく無いから」
「気にしておりませんので、お構いなく」
「いやいや、ついさっき滅茶苦茶嫌そうな反応してたじゃないですか。それって次は無いからって件ですよね。ある意味、その言葉が一番めちゃ恐だからね」
そう言って、栞奈は靴を脱ぎ始めた。
するとメイドは素早く栞奈の脱いだ靴を綺麗に揃え始め、自身も後から靴を脱ぐとそれは端に寄せ、客人に対する丁寧な対応を見せた。
「それでは客室へとご案内致します。どうぞこちらへ」
そうしてある一室へと通された栞奈。
中には客人に圧迫感を与えない親しみやすい、程良い大きさのアンティークテーブルが一つとその上にはハンドベルが一個。
一目見てフカフカだと分かる、アンティークチェアが二つ置かれていた。
玄関同様に日当たりが良く、そのチェアに座ってしまえば思わずうたた寝してしまうのではないかと心配するほどの快適さだ。
「それではブシュラ様をこちらへとお呼びしますので、少しの間だけお待ちになっていて下さい」
栞奈は適当な席に座り、手に持った木箱を膝の上に置く。
その状態で待つこと一分。
ドアが開かれ、当のご本人が姿を見せる。
「すまないね。……おや?刀匠自らが出向いてくれたとは驚きだ」
「うっせぇ。こちとら仕事が溜まっているってのに、わざわざお得意さんであるお前の注文を先にやってあげたんだぞ。まずは私の優しさに感謝してもらわないと…………」
出会うなり早速文句を言い始めた栞奈だが、まずは反対側の席へと腰を下ろしたブシュラ。
それから話を進めた。
「そうだな。助かった、刀匠………いや、栞奈よ」
「……感謝しているんだよな?それなら、“さん”付けしてくれたって良いんじゃないか?」
過労によるストレスか、小さいことでも文句が止まらない栞奈。
だがブシュラは何故かそれを治めるどころか、更に文句の言いたくなるようなことを言い始める。
「何をそんなに腹を立てている?それを言うなら、こちらは消費者。つまりは大切なお客様だ。
営業側に対するこちらの視点でモノを言うようで、君からしてみれば唇を噛む衝動に駆られるかもしれないが、逆にお客様に対して下手に出るのが一般的というものでは無いか?」
「運搬会社に代わり、私の手で持って来たんだぞ。少しはわざわざ来てくれたことに敬意を表して、そう言ってくれたって良いじゃねぇか」
「何を言うかと思えば……あれだろう。予約制のところ、急な注文を押し付けてきた失礼な客に直接文句の一つでも言ってやろうとか思って、出向いて来ただけなんじゃないのか?」
「ならこっちも言わせてもらうが、どういったことがあれば急ぎで二振りの短刀なんざ必要になるんだ?それ相応の理由ってものがあるんだろうな?」
「君との仲だ。答えたいのは山々だがこの件について部外者である君に対し、詳しい理由を伝えることは訳あって出来ないんだ。悪いと思っている」
瞬間――、その言葉を皮切りに栞奈の不満は最高潮に達した。
「はぁ?ふざけているのか。こっちも商売だから買い手のプライバシーに深く首を突っ込もうとするのはあれだが、お前ときたらウチが予約制だと知ってて急な注文をよこしたじゃねぇか。
何か思うところがあって詳細な理由が言えないのかは知らないが、少しは納得のいく返答を求めるぐらいの我儘は許してくれたって良いだろ」
「そんなことを言われてもな。まぁ……、何だ。この島にいる以上は短刀の一振りや二振り、携帯しておかないといつ何処で命の危険があるか分かったものじゃない程、物騒な世の中なものでね――とでも言ったら?」
「いやいや、意味分かんねぇし。そもそも戦争国家でない今の日本に武器なんざ、必要ないだろうがッ!」
「まさかお前の口から必要ない――、なんて言葉が出てくるとはな。
現にそれを作ることを生業としている筈だと言うのに、そこは買って貰えるだけ儲けものぐらいなことを思っていれば良いだろうに」
「御生憎様、何も私はご機嫌取りに遠路遥々ここへと出向いて来た訳では無いし?むしろ文句ばっか言ってやりたいと思って、来た訳だから?
これをきっかけにお前というお得意様を一人失ってしまうところで、売り上げにさほど響く訳では無いので、どうぞご心配無く」
「ふふっ、相変わらずの減らず口だな、お前は。確かに日本そのものは平和国家だが、あれは戦争ではなく命が懸かった、言うなればゲームだ。
私を含め使用人たちも皆それに巻き込まれ、毎日が争乱さ」
「……そうか、お前は今やっている娯楽物と現実の区別が付かなくなっちまっているんだな。それなら良い神経内科を知っているから、紹介しようか?」
「いや、私は至って正常だ。それにゲームとは言ってもリアルに行われているものだ」
「だからさ、リアルタイム性バトルゲームだかなんだか知らねぇが、そんなことの為に私の仕事の邪魔をするなよ」
「ではこう言えば良かったか?……リアルに殺人が行われているデスゲームと」
ピリピリした空気が漂う中――、これまで以上に真剣な様子のブシュラ。
言っていることは何一つ理解出来ないが、ふざけている様子は一切感じられなかった。
だが………
「何言ってんだ、お前?マンガの読み過ぎか何かで頭が可笑しくなっちまったのか?」
それが本当のことだとしても、やはり現実的に考えて説得力に欠けていた。
「そこは嘘でも驚くぐらいの反応を見せてくれたかったが、ここまでくると最早何を言っても信じてはくれぬだろう」
「そうだな。結局のところ、何一つとして理解出来る点が無ぇってことだけは分かった」
「まぁ理解せずとも、あれだけ不満をぶちまければ、少しは楽になったのではないか、栞奈さんよ」
「……っ、お前なぁ、人が悪いッつーか、要はあれだろ。私の不満を解消するためにわざと人を怒らせるような真似しやがって。今時の子供の方がちったぁマシな演技が出来るぜ」
「クオリティー高い茶番と言ってくれたまえ。さて、どう解釈するかはお前の自由だが、ここいらで頼んでいた品を見せてもらっても構わないだろうか?」
ブシュラはそんなことを言うが、実際のところ彼女なりに栞奈のことを思って意味のない言い合いを演じていた訳なのであった。
「……ったく、分かったよ」
なんとなく彼女なりの優しさを感じられた栞奈は、膝の上に置いていた木箱を手前のアンティークテーブルの上に置き、ゆっくりとその蓋を開けた。
何重にも巻かれた布を丁寧に解き、中から二振りの短刀が顔を出す。
「こいつは私が前々から試したかった、あるギミックが仕掛けられた短刀になる」
「そのあるギミックとは一体、何だ?」
「口で説明するより、実践してもらった方が早い。刀を持ったら、そこの出っ張りを押してみてくれ。いいか、くれぐれも鞘を私の前に向けないでくれよ」
最後の忠告は何を意味するのか良く分からないが、ブシュラは言われるがまま一振りの刀を持つと、柄と鞘がピタリと接する箇所にある、何やらボタンのような丸型の出っ張りを親指で押す。
すると、鞘に取り付けられた小さな仕掛け道具からガスが噴出し、勢い良く鞘が前に向かって射出したではないか。
アニメで一度は目にしたであろう、良くあるロボットパンチに通ずるものを感じる。
「これがそのシステム……なのか?こんなのあってどうす………いや、こいつは使えるかも知れない」
意外にもブシュラの好評が得られ、すっかりと機嫌を良くした栞奈は話を続ける。
「実はさ、前にこんな様な刀を持ったキャラクターを子供向けアニメで見たことがあってな。どうしてもその時に見た鞘が前に飛び出るギミックを入れた刀を再現してみたかったんだよ。
ほらブシュラさ、金は弾むって言ってたろ。だからこれを機にオプションを付けてみた」
「……そういうこと。だがおかげで強力な武器が出来るかもしれん。良い仕事をしたと言えよう。それで料金はいくらになる?」
「オーダーメイドな上、オプションも付いてだからざっと…………」
そう言って、何やら指で数を示す。
「それは迷惑料も含まれているのか?」
「勿論……なんてのは冗談。商売として、お客様との関係は良くしておくのが基本中の鉄則だろう」
「分かっているじゃないか。では、お金はすぐに用意しよう」
テーブルに置かれたハンドベルを手に取り、チリンチリンと振り鳴らし始めたブシュラ。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
すぐさま現れたのは、先程のイヌ耳のカチューシャを付けたメイドだった。
この“お嬢様”と“ブシュラ様”の違いだが、前者のそれは忠誠心の表れとして主人を前にしての呼び方。
それとは違い“ブシュラ様”は、客人に対して最も伝わりやすいのは後にも先にも名前であることから、このメイドは伝える相手によってそれら二つの呼び方を使い分けているのだ。
「悪いが、すぐに大金を持って来てくれ」
「承知しました」
用件を聞き受けると、イヌ耳のメイドは早足にその場を後にする。
すぐに電子財布を持って戻ると、それを主人に渡した。
端末を受け取ったブシュラはすぐにそれを起動させると、バッと軽く八つは0が並べられた桁の数字が表示された液晶画面を栞奈に見せてはこう言った。
「ここから支払い額となる分だけ差し引くと良い。突然の急な注文に対応してもらい、大変済まなかった。
だが、今回のような無茶振りは二度としないとは約束出来かねない。だからその時は、大目に見てくれると助かる」
「こっちとしては二度とそんなことがあって欲しくないが、良くしてもらっている客の一人だ。
こんなことになったのは今回が初めてだったから、そういう耐性を全く持って無かったから私もあれだったが、まぁ今回の件を機にちったぁ耐性も付いたところだろ」
「そいつは何よりだ」
「なッ、さっきのは嫌味で言ったんだぞッ嫌味でッ!ちったぁ、察するぐらいのことはしろや。
……まぁ良い。なら私はここいらで御暇させてもらうよ。誰かさんのお陰で溜まっている仕事がまだまだ残っているからな」
ピッピッと電子財布からいくらか受け取ると、手元のEPOCHにきちんと入金されたことを確認しては席を立った栞奈。
「そうか。ではリンジーよ、客人を玄関まで先導してやってくれ」
「かしこまりました。ではこちらへ」
「はいよ」
イヌ耳のメイドー『町田リンジー』の後を追い、栞奈は屋敷を立ち去るのだった。




