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⒊ 武視(2) 甘い香り

「あ~~、退屈や。何なんだこの、牢獄みたいな船は。ちょっと風にでも当たろうかと思って来てみれば、船の甲板(デッキ)に上がる扉が施錠されているわ乗客が立ち寄れる場所全てに窓が無いわ………下手したら、操縦席以外の窓が無いなんてこともあるんじゃないんかってぐらい、この船で外の景色が見れるところなんて一切無いし。

 更には、ついさっきまで島への上陸にあたって、主に島に関する情報を外に漏らしてはならないなどの秘密保持に関する説明をあれこれ長時間も聞かされてクタクタよ」


 栞奈がそう愚痴を溢してからも乗船の時間は続き、気を紛らわそうと部屋でただただ熟睡すること数時間後――


 船の進むスピードが徐々に落ちていき、目的地(布都部島)に着いたのか、外では着岸作業が行われそれが終わったらしく、船内アナウンスで目が覚めた栞奈は誘導された通りに乗ってきた社用車に乗り込み、車をゆっくりと走らせて船を降りた。


 すると、船を出て真っ先に目に付いた光景の異様さに思わず口が開く栞奈。


「……あれ?一体、何処(どこ)に島があるん――って、良く見ると景色に溶け込んで………あれは―――、大きな壁?の建造物が周囲を囲んで…………いわゆる()()()()ってやつか?

 何とまぁ………今時の技術は凄いことで―――。ここまで近付いて見ないと、壁や目の前のあれは………扉、か。……はへぇ~、気付きやしないものだなぁ。となれば、あの大きな門扉(もんぴ)の向こうに島があるのか。伊達(だて)に秘匿されている島なだけはあるなぁ。

 こいつは何とも……、自然に溶け込む[機密特区(シェルター)]なことで」


 布都部島に上陸したかと思えば、そこは厳密に言うと布都部島手前に存在する、停泊地という名の埋立現場であった。


 まずは正門の扉に埋め込まれた液晶モニターから島の出入港管理局と『どんな要件でこの島に上陸したいのか』あれこれと質問を求められ、それだけでに留まらず、車を囲うように何やら検査を行う為のものと思われる見慣れない機器を積んだドローンが数台飛び回り、これでもかと入念な荷物検査やら何やら様々な精査が行われたのち――


 無事に上陸審査が下りるとモニター下の取出口から発行されるIDカードを差し込むことでロック解除し、門扉を通る一瞬の()にレーザースキャンされるなり、揚陸を(布都部島に)許可した(足を踏み入れる)者の生体情報(主に顔の記録や耳の形状情報など)が出入港管理局(あちら)側に記録され、ようやく門扉の中へと通された。


 こうして門の裏側を目にする機会へと巡り合う(対面する)こととなった栞奈だが、見れば門の裏側も同じく光学迷彩技術が使われているのだと、彼女は知ることとなる。


 恐らく、島の住民達に余計な圧迫感(ストレス)を与え兼ねるかもしれないという〈考慮〉と外観を壊さないよう、〈配慮〉としての面でもそのような仕様の設計がされているのだろう。


 そうして、栞奈が通されてから一時間を過ぎた頃――、布都部島に上陸予定の全乗客のチェックがようやく終わると、栞奈含めて無事に上陸許可が下りた者達はそこからぞろぞろと門扉の裏に錨泊(びょうはく)してあった別の大型船へと車ごと乗り換え、入場門扉から(そこから)島までの距離を(更に数分と)船に揺られたのち――、やっとのことで布都部島へと上陸を果たした。


 ランプウェイが港へと伸びるなり、船内から一台の軽バンを走らせて栞奈が出てくる。


「ふぃ~、疲れたっての。まぁ品も品だけに時間が掛かっちまうのは分かるんだけどさ……まぁなんにせよ上陸はしたんだ。

 さて、あいつの家の住所は………っと、この道を進んで行けば良いんだな」


 現代の最先端とも言える空中触覚タッチパネルシステムはカーナビにも利用されており、ハンドルに仕掛けられたボタンの一つを押すなり、ルームミラーの裏に取り付けられた小型の投影機が起動すると、フロントガラスの前にいくつかのボタンが表示され、栞奈は[ナビ]から[住所]へとボタンを押し進め手早く打ち込んでいくと、フロントガラスから見える道の上に沿()って矢印だけが表示された。


 従来の液晶パネルではチラチラと視線を下に(かたむ)けながら見る必要があり、前方不注意による衝突事故も珍しくはなかった。


 だがこのシステムなら前方を見ながら矢印だけが表示される為、視界を邪魔されることなく快適な運転を可能とすることに成功した。


 おかげでこのシステムが導入させた車で運転している人の事故率は従来のそれと比べて格段に減少し、好評が高いとの(うわさ)だ。


 道なりに表示された矢印を頼りに、車を走らせること二十分。


「ひょえぇぇ~、こりゃあご立腹なお屋敷だこと。流石(さすが)は私の作る特注品の刀を何振りも発注するだけの金持ちさんだけはあるな」


 目の前に見えるブシュラのお屋敷を前に、驚きの声を上げる栞奈。


 彼女の背丈の二、三倍の高さはある施錠(せじょう)された大きなゴシック調の門の前で一度車を停めると、車内で何やら困った様子を見せていた。


「というか、周りにインターホンらしきものは無いし、どっかの国みたいな門の前に紐の付いた鈴を鳴らす仕掛けなんてものも見ないとなると、こいつはどうやったら入れるんだ?」


 なんてぶつくさ言っていると、突然目の前の門が独りでに開き出した。


 屋敷の奥から一人のメイドさんらしき人物がこちらへと歩み寄る。


 するとそのメイドは、彼女の運転席のパワーウインドウをコンコンと軽くノックし始めた。


 栞奈はそれに応じるように、内側の操作パネルで運転席のパワーウインドウをゆっくりと開いた。


 こうして近くで見ると余計に気になってしまうのが、メイドの外見だ。


 恰好(かっこう)はメイドそのものだが、何故(なぜ)か頭にはメカニカルなデザインをした片っぽの垂れ下がったイヌ耳のカチューシャを付けている。


 だがその見た目とは裏腹に、対応力はしっかりとしていた。


「IDカードを拝見致します」


 メイドに言われ、栞奈は外部の人間が唯一身分を証明出来るそのカードを提示した。


 それをメイドが凝視すること十秒。


「確認が済みました。どうぞ中へ、ブシュラ様がお待ち()ねです。お車は邪魔にならないよう、中にお入れ下さい。

 (よろ)しければ私もご一緒させて頂ければ停車場所をナビゲーション出来るのですが、これより乗車してよろしいでしょうか?」


「えっ?ああ、どうぞ」


 思わずイヌ耳のカチューシャに気を取られ、返事が遅れてしまった。


 なんにせよ栞奈が了承(りょうしょう)した為、メイドは『失礼します』と一言だけ言って助手席へと乗り込もうとする。


 だがこの瞬間――、栞奈はその返事をもっと遅らせるべきではと思い返す。


 シャワーも浴びず、数時間前まで労働作業をした後すぐに車を走らせたものだから、労働者たるものその結晶とも評される汗の匂いが充満していた車内。


 そのような空間に初対面の人を入れるのは、流石にマズいだろう。


 せめて消臭スプレーを車内全体に噴き掛けてからが得策。


「あっ……やっぱ少しだけ待っ……………」


 だが栞奈が止めに入ろうとした時にはすでに遅く、メイドは乗り込みドアを閉めた。


 とたんに汗臭いだけの車内には別の香りが混じり出す。


 一人の少女から放たれるは、青々しいハーブをイメージさせる清涼感溢(せいりょうかんあふ)れる香り。


 そして(さわ)やかさの奥に(ただよ)う重厚で華やかな香りが後から感じられ、それまで匂わせていたものをいつの間にか忘れさせられていた。


 まるでつぼみから花がほころぶ瞬間の――、甘い濃密な香りを味わっているような気分だ。


 良き香りというものは心身に良い働きを掛け、精神・身体の調子を(ととの)える作用があると言われているが、この疲れた身体を前に今日以上にその作用を感じたことはなかった。


 このような不思議な香りを生まれてこの方嗅いだことの無かった栞奈は、思わずその香りのことでメイドに問い掛ける。


「この香りは………?」


「香り?もしかしてブルガリアンローズの香りのことでしょうか?」


「えっ?ブルガリアヨーグルト?」


「いえ、ブルガリアンローズ。バラの一種です。

 (わず)か一滴の精油(せいゆ)を得るために百本以上のバラの花が必要となると言われており、大変貴重なものとして高価で取引されております」


「道理で嗅いだこと無かった匂いな訳だ。するとあれか?これはそのブルガリアンローズの精油シャンプーだかなんかの匂いってことか?」


「はい、その通りでございます」


「つーか、いきなり変なこと言ってきてしまって悪かったな。そんじゃあ気を取り直して、車を走らせるとしますか」


 そうして栞奈は運転を再開し、ブシュラ邸の中へと入って行くのであった。

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