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⒉ 真目(8) 私たち、いつまでも一緒だよ

 目崎紫乃は走っていた。


 その足取りはただ逃げているだけなのか、それとも何処(どこ)か目的があって進んでいるのか、それは彼女にしか分からない。


 古民家集落を抜け、より生い(しげ)った野路(のじ)へと駆けて行く。


 息を切らし、疲れを見せるがそれでも足を止めなかった。


 ……鬱金色(うこんいろ)の瞳をしたハエは飛び続けていた。


 フラつきながらも懸命(けんめい)に、先を走る白髪(はくはつ)の少女を追い掛けていた。


 奴から見れば、このような姿は(さぞ)かし(みじ)めなことだろう。


 《一寸(いっすん)の虫にも五分(ごぶ)(たましい)》ということわざがある。


 どんなに小さく弱い者でも意地や根性はあるのだから、誰が相手だろうと決して(あなど)ってはならないという意味を持つその言葉は、まさに今の()()のことを指しているようだった。


(絶対に奴に……奴に追い付いてやる。だがそれにはもっと別の生物に…………)


 その瞬間――、鬱金色(うこんいろ)の瞳をしたハエは紫乃とは違う別の生物を発見した。


 ガサガサッと草木の奥から現れた一匹の野良犬。


(こいつなら………)


 小さな(まなこ)で――、それも限りなく見づらいハエの複眼で野良犬の瞳を(とら)えると、直後ハエの両目は吹き飛び、代わりに野良犬の瞳が鬱金色(うこんいろ)のそれへと変化した。


(ふぅ、四足歩行なら少しは移動もマシになるだろ)


 一瞬で野良犬と化した彼女はこの身体での感覚を確かめるかのように、片腕をひょいと持ち上げその短い指を曲げたり伸ばしたりと、ちょっとした準備体操のような初動をすると、奴は再び白髪の少女を追い掛け始めた。


 身体を(しば)る鎖から解き放たれたかのように颯爽(さっそう)と駆けて行く彼女。


 徐々にその差を縮めていき、彼女はある場所へと迷い込んだ。


 辺り一面に広がる数多くの木の墓標(ぼひょう)


 そこは少し土が盛った広大とした場所――、いわゆる土葬(どそう)された墓地(ぼち)である。


 あの集落で暮らしていたかつての人々の墓なのだろうか?


 (なん)にせよ、ここから先は木々に(おお)われた道無き道。


 白髪の少女は墓地の最奥(さいおう)で一本の墓標を持ち上げ、突き刺さっていた底の三角部分をスコップ代わりに土の中から死体を掘り出していた。


 (なん)とも罰当たりな行為をしていたが、燃やされず土の中に死体のまま残されているこの環境は、まさに彼女の人形探しにはうってつけなのだろう。


 彼女は警戒しながら、だがそれでも普通の犬らしく、一度目を開閉(かいへい)して通常の瞳に戻し、動きも自然に一歩一歩、確実に白髪の少女の元へと近付いていく。


「犬?」


 紫乃は一匹の野良犬がこちらに接近して来ることに気付いた。


 別に野良犬が何処(どこ)を歩っていようが、それが特別不思議だとは思わない。


 だが、この犬には気を付けろと(紫乃)の勘がそう()げる。


 (なに)せ、死体の身体に転移してしまう相手だ。


 油断は出来ない。


(まさか……バレたのか?)


 奴は思わず犬の習性が出てしまい、緊張のあまり前足で身体をかき始める。


 今は犬の記憶を()いでいる為、衝動が(おさ)え切れず、やめたくても身体がついつい動いてしまうのだ。


 だが、なんとか追い付いてみせたのだ。


 やるだけのことはやってやる。


 野良犬は覚悟を決めて再び前に動き出した。


 そして………


「クゥ〜〜ン」


 彼女は鳴きながら、紫乃の太ももに顔をスリスリと(こす)り始めた。


(これで奴は可愛さのあまり、油断する筈…………)


 奴なりに紫乃を油断させようと打って出た手段――、それは《(ほお)ずり》だった。


「えっ?どうしちゃったの?」


 野良犬の突然の行動に戸惑う紫乃。


 野良犬というのは本来、飼い主に捨てられた経験から人に対する警戒心が強い筈なのだが、この犬は何故(なぜ)か人に近付いて来ては甘え始めたのだ。


 決してこういうタイプの野良犬がいる筈が無いと判断することは出来ないが、ますますこの犬のことを警戒してしまう紫乃。


 もしやこの手は失敗か?


 奴は思い切って鬱金色(うこんいろ)の瞳を――、本性を現した。


 だが一向に警戒を解かなかった紫乃には、もはやそんな荒技が通用する筈も無く…………


「クオォォォォォォォォ――――ン」


 奴の足元(地中)から一体の骸骨(がいこつ)が野良犬の後ろ足を両手で持ち上げるようにして起き上がり、驚いて咆哮(ほうこう)のような大きな声を上げてしまう。


 突然身体を持ち上げられ、バタバタと身じろぎする彼女。


「……そうやって貴方は、麻結ちゃんにも()り済ましていたんだね。久々の再会だもの。離れていた間に人柄が変わっちゃっていた………ということはあるかもしれない。

 けど、犬のことを知らずして、そのものに成り済まそうとしても無駄。

 私の一番の親友だった麻結ちゃんは大が付くほどの犬好きだった。

 犬種(けんしゅ)勿論(もちろん)――、犬に関してはかなりの博識(はくしき)である彼女なら、あの場面でさっきのような行動は取らなかった。貴方は一体誰なの?

 麻結ちゃんを………本当の親友を返してよ!」


 鬱金色(うこんいろ)の瞳を見ないよう背を向け、紫乃は涙を流し、そう口にする。


 だが言葉を話せない犬にいくら言っても、返ってくるのはワンワンという鳴き声だけ。


「犬の姿じゃ何を聞いても、答えが返ってくる訳が無かったね。バイバイ、これは親友の(かたき)だよ」


 その言葉を最後に――、骸骨が野良犬の両目を引き抜く。


 目玉を持たない骸骨ゆえに【精神移瞳(セイシン・イ=ドウ)】の能力は使えなかったのだ。


 鳴き声が聞こえなくなり、死んだことが分かると、紫乃は振り返り両目を失くした野良犬の死体を目にした。


 すると野良犬の死体は起き上がり、紫乃の太ももに顔をスリスリと擦り始めた。


「それにこんな気味の悪い能力――、兄さんに知られたら嫌だもん。

 ……って、すでに麻結ちゃんの記憶は無かったんだっけ。でもこれで、これで麻結ちゃんは救われたんだよね……良かった………うっ………ううっ…………」


 止めどなく(あふ)れ出る紫乃の涙。


 (ほほ)(つた)うそれを必死に(ぬぐ)いながら、紫乃は再びあの場所へと足を運んだ。


 浴室へと進み、床に倒れた親友の死体を見つめる。


 程なくして麻結の死体は起き上がり、その身体を紫乃は優しく包み込んだ。


 親友の温もりは感じられないが、それでも麻結の身体は生きている。


「おかえり、麻結ちゃん。私たち、いつまでも一緒だよ」


 こんな形であっても、親友との再開を前に(ひど)い顔は見せられないと、そこには苦しそうに微笑む紫乃の姿があった。

〜この回でのこだわりポイント〜

ここでの“貴方”は本当の中身は親友の麻結では無く、名も知らない別の誰かであった……姿を入れ替え続ける奴の色々な意味で顔を覗くことの出来ないぼやけた部分を表す形として、敢えて女という性別を分ける表記では無く“貴方”という言葉を当て嵌めております。

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