⒎ 目茶(5) 見る目はあっても聞く耳持たない
自動販売機が置かれた、とある路地裏にて――
「そこで何をしている?」
背後からの声に反応して未予は振り返ると、そこにはメイド衣装のようなNEMTDーPCに身を包む一人の女の姿があった。
「そう言う貴女は、何処のどなたで?」
突然背後から声を掛けられ、それが知らない人からとなればその反応はごく自然なこと――。
ましてやそれ以上に、メカニカルなデザインをした片っぽの垂れ下がったイヌ耳のカチューシャを頭に付けた、ショートヘアーのメイド姿の恰好をしたあからさまに不審な人物が―――何故このような人気の無い場所へと現れたのか………
色々と怪しく思わざる得ないこの状況を前に未予は警戒して質問に答えず、逆に質問を返した訳だが――。
「…………」
未予の返しに対してそのメイドは、素直に返してはくれず………
そもそもの話、何故唐突に私に対して声を掛けてきたのか、未予は別の切り口からちょっとした事情話でも切り出せないかと、再び奴に対して言葉を交わす。
「声を掛けてきたと言うことは、何か私に対して思うことでもあったのかしら?」
未予の切り口に対し、メイドは返答した。
「失礼。………先程、貴女の口から気になる言葉でプレイヤーと言っていたのが、もしや《目魂主》を指していった言葉ではないかと、気になってつい声を。
そもそも、石……?のようなその変異的な貴女の身体を見て、これを一般人と判断するにはいささか無理があるというもの。
大方、バッタリ会ってしまった目魂主にしてやられたと言ったところでは?」
(……成る程。この女も目魂主…………)
その話を聞いた瞬間――、未予は奴に対する警戒を上げる……が、敢えてここは大きく反応を示すこと無く、そのまま話を続ける。
「それで……私の正体を察した上で声を掛けてきたのには、何かしらの……ゲーム絡みにて聞きたいことでもあると言ったところかしら?」
「ええ、実にお察しの通りで。現在、私はフードで顔を覆った赤いパーカーを着た女の行方を追っているのですが………
近くでそのような特徴の人物の姿をお見掛けはしませんでしたか?」
「ごめんなさい。そのような特徴の人は見ていないわ」
未予は深く聞こうとはしなかった。
面倒ごとになるのだけは、避けたいと思ったからだ。
だが……
「それは、本当のことでして?」
妙に疑いに掛かるイヌ耳メイド。何せここには事態をややこしくする、あの存在が…………
「そこの自動販売機に刺さっている薄鎌は、奴が持ち逃げした物――。
そんな痕跡があった場所で、貴女がいた………偶然にしては、何か可笑しいと思って疑いの目で見てしまうのは、特別不思議なことでも無いとお思いですが?」
「私が嘘を付いているとでも言うのかしら?」
「その可能性が全く無いと、決め付けられるだけの何か【証拠】でもあると言うのであれば、話は別ですが………つきましてはどうなのです?」
「生憎とそんなものは無いわ。私の口答だけが全てよ」
「そうでございますか………。でしたら、多少は痛い目に遭わせれば、何か思い出すことがあるかもしれませんね。
荒事を起こすのは好きではございませんが、情報を引き出す為には致し方ありません。
数分後には、貴女が本当のことを吐く気になりましょう」
「……駄目ね。聞く耳持たないとはこのことだわ。気乗りしないけど、貴女が諦めてくれるまで闘うしか道が無いようね」
そう言って未予が構えを取った直後――、垂れ下がったイヌ耳のカチューシャを付けたメイド―『町田リンジー』は彼女に向かって一直線に走り出した。
「速っ……」
これまで闘ってきた目魂主の中で、斬月の次に匹敵する敏捷性を感じとった未予はカウンターの一手に間に合わず、慌てて石化した右腕を前に防御姿勢を取った。
飛び掛かるように膝蹴りをその右腕にお見舞いするとあろうことか、石化した右腕に一目見て分かるくらいの大きな亀裂が生じた。
「まさかこんなことが……ある筈が…………可笑しいわ、貴女」
直したい筈の右腕が却ってひどくなってしまったことで、未予にしては珍しく動揺の色を見せている。
そこからリンジーは未予の胸ぐらを掴むと、腕の力だけで彼女を投げ飛ばした。
だが未予も負けじと、背中が地に付く直前で身体を捻って両足を前に出し、ズルズルと靴底で地面を引きずる音を立てながら落下ダメージを防いでみせた。
「なかなかやりますね」
「そちらこそ」
互いが相手を賞賛し合うと、再びリンジーが素早く前に出た。
一度、相手の脚力を目にしたことで、今度は冷静にリンジーの動きを見極める未予。
その観察力が功を成し、リンジーの回し蹴りに対し上手く腰を反らして既のところで避けてみせた。
「―――ッ!」
瞬発力には自信があったのか、自分のスピードにまだ目が追い付いていない段階で早々に決着を付けたかった様子のリンジーは、こうも早く攻撃を避けてみせた彼女に驚きを隠せないでいた。
ここで闘いの流れは変わった。
その体勢から未予は地面を滑り込むようにリンジーの足を引っ掛けてバランスを崩し、前に倒れる彼女の隙だらけなお腹を狙って石化をしていない左手で下から上に押す勢いで渾身の掌底を打ち込む。
「ぐふっ……」
リンジーの身体は浮き上がり、未予はさらに攻撃を畳み掛けた。
地を蹴り上げ、右足を持ち上げたかと思うと、リンジーのお腹に一発大きな蹴りをお見舞いした。
そのまま奥へと吹っ飛ばされ、ガコンッと音を立てて自動販売機に背をぶつけるとリンジーは身体をぐったりとしていた。
その間に未予は立ち上がると、リンジーに向かってこう言い放った。
「こんなことをしていても、意味が無いのではないかしら?」
「……そう思うなら、本当のことを仰れば良い」
「貴女もしつこいわね。こっちは急いでいるから、いい加減諦めてくれると私としては嬉しいのだけれど」
「そうですか。……でしたら、すぐにその生意気な口が利けなくなるくらい打ちのめすまでです!」
するとリンジーはケロっとしたした様子で立ち上がり、近くに刺さったままでいた薄鎌を引っこ抜くと、それをヌンチャクのように振り回し始めた。
リンジーは巧みな振りさばきで未予の石化した右腕にバンジーコードを絡めてみせると、叩き付けるようにコードを引っ張り上げた。
未予は勢いよくお腹を地に叩き付けられ、その後リンジーはすぐさま彼女の背にまたがり腰掛ける形で拘束をした。
未予は必死に抵抗するも虚しくそれどころか、リンジーは彼女のがら空きの背中に何度も正拳突きを打ち込んでいく。
「がはっ……んぐっ……ごほっ……ぶへっ……」
打ち込まれるたびに苦しそうに咳き込む未予。
「これでも貴女は吐かないのですか?」
「だから……んぐっ……知らな………ぐふっ……言ってる………ごへっ……でしょ…………」
「はぁ……、一方的にやってしまっては吐くものも吐けないだろうと、本気で腕を振るうことをしなかっただけだと言うのに…………。いい加減、この状況にもなってさっさと吐いたらどうなんです。こんなことをしていたって、傷付くのは貴女なのですよ。
私の時間を費やさせないで下さいよ。いつまでも続けていては腕も疲れてくるのですから」
と言いながら、あくびを漏らす余裕を見せるメイドのリンジー。すると一筋の涙が流れ落ち、それは石化した未予の右腕の上に垂れていった。
そこで未予は奇跡を目にした。垂れた一点を中心に、石化した右腕が見る見る内に人肌へと戻っていくこの現象――。
どうやらこの女には、石化を療す力があると見た。連絡の付かない彼を当てもなく探す手間が省けた、又とないチャンスである。未予は可能な限り、力を入れて声を発した。
「……待って。これなら………どうかしら?……私は本当にそいつのことを知らない。だから、代わりと言っては何だけど………下水道に目魂主を一人………拘束している。
そいつの目は好きに………略奪しても構わないから、その涙を……少し分けて貰え………ない、かしら?」
「……ちなみに、貴女が拘束しているという目魂主はどんな能力をお持ちなのです?」
唐突にそんな質問を受け、ふと未予の頭の中で疑問が浮かぶ。
(……何故、相手の能力を知りたがるのかしら?だが今はそんなことよりも、食い付いてくれたのは好都合だわ)
「そいつが持つ能力は………目が合った者を石にして……しまう、というものよ」
「成る程、貴女の身体の異変はその石化能力者とやらと戦闘して負った症状――、でしたか。確かに貴女のその様子を見るに、あの方の土産として見合うだけの力として申し分ありませんね。
……良いでしょう。出来れば奴を始末したかったのですが、ここまで手を加えてもなお吐かないところを見るに、本当に知らないご様子でしょうから…………今日のところはそれで手を打つと致しましょう。
それでは早速――、拘束しているという場所まで案内して頂きましょうか」
斯くして二人は、これから下水道の中へと入っていくのであった。




