⒎ 目茶(4) 熱
「色々あったが、もうあんたを守る動物はいない。その目魂を掻っ攫うだけだ」
もはや近辺にいた動物達は、野生本能のままに自分が生き延びることを一番に考え、悠人と季世恵の二人の存在を少なからず脅威と見たのか――
辺りには虫の一匹も姿を見せなくなった状況に、奴はただただ呆然と立ち尽くしていた。
だが状況が不利になったことでヤケになる訳でも無く、むしろ清々しいまでに高笑いを上げる彼女。
「アハハハハハハハハッ!」
「何が可笑しい?」
「おっと失礼。最初に、何か武器になるようなものを探していたと話していただろう?」
「……それが何だって言うんだ?」
「実はここに、丁度いい武器があるんだよ」
そう言って奴が瓦礫の山から取り出してきたのは、一本の先の尖った鉄パイプである。
この時――、何処か奴の目が一瞬光ったような気がした。
「さっきからずっと少年だけが能力を使ってないようだけど、もしかしたら戦闘向けな能力じゃないから使ってこないのかなぁ?」
「………」
「果たして、君の持つ力は戦況を覆すに値する力なのか?将又、何も覆すことの出来ない非力な力に過ぎないのか?ここまで来るとただただもったいぶっているようにしか思えないのだけれども、流石にここいらで使っておかないと目狩りされるのも時間の問題だよ」
「……何だ、あんた?余裕があるように見えて、実は俺の目力が分からないのが恐いからさっさとハッキリしたいってか?それならそうだと、言やぁ良いじゃねぇか」
「恐い……、だと?馬鹿言うな。そんなに強い目力なら出し惜し見する必要なんて何処にあるよ?」
「………そいつは言えてるな」
正直なところ――、多くの動物達を従える奴の目力の厄介さ足るや、早々に拝借したいと悠人が思わない訳が無く、出来るならすぐにでも状況を覆したいのにそれが中々行動に移せないでいるのには確かな理由が存在していた。
それは奴の命令によるものなのか――、将又動物自身の持つ野生の勘という奴だろうか。
常に視界の前を――、彼女が従える〈動物達〉がウロチョロと絶妙に動き回るせいで奴と目が合う機会が得られないか執拗に目で追おうとすると必ず何かしらの動物が影となって邪魔をしてくる為、思うように彼女の目魂を捉えることが出来ずにいたからである。完全に動物達に翻弄されっぱなしといったところである。
奴自身も口ではああ言っていても、一向に目力を使ってこない悠人に対する警戒が緩んでいるような様子は無く、鉄パイプを手にしてからというもの――
拳で闘う姿しか見せていないという点でも彼の打撃攻撃をそれなりに脅威と見たのか、両手を叩き潰そうとする勢いで終始彼の手元を目で追うように視線が下を向いた状態でひたすら振り回しており、終始お顔を下に向いたまま全くと言って良いほど目線が合うような気がしない状態の中――、並外れた動体視力と反射神経をもってして、単純作業の感覚で奴の鉄パイプ捌きを危なげ無く避け続けていく。
途中――、動物をけしかけたりして、奴のスイングだけに気を取られていては避けることも困難だろうと手数を増やして襲い掛かる手にも出たが、360度全てに目が付いているのでは無いのかと錯覚してしまう程に全ての襲撃に反応してそれすらも上手いこと避けられては、けしかけた動物達の心窩部を的確に狙った重い一撃を当てていく。
単純な物理戦では彼に歯が立たないと踏んだのか、それまで彼と比べておどおどしているところから然程の驚異に見られておらず後回しにされていたのであろう季世恵へと標的が変わった。
「季世恵さん、危ない!」
彼の注意も虚しく、季世恵は慌てて内ポケットから何か道具を取り出そうとしたが、ファスナーの中に入った爆発物ごと先の尖った鉄パイプで腹を刺された。
直後――、その衝撃で爆発が発生し、季世恵の身体は激しく燃えた。
それに引き替え、奴は爆風による衝撃で大きく吹っ飛ばされ、上手いこと爆破から逃れる。
「ぎぃいいぃぁあああああああああぁぁぁ――ッ!痛い、痛いよぉおおおおおおおおぉぉぉ――ッ!」
激しく、苦しみもがき続ける彼女。
「嘘だろ……そんなことって………」
「アハハハッ、こりゃあ面白い展開になってきたじゃないか」
これは一刻も早く彼女を海に入れなければ、最悪の場合………、季世恵の肉片は一つ残らず、そうであっては折角の目魂主の治癒能力を持ってしても、何一つ残らなければ意味が無い。
死あるのみだ。
だがこの火をどうにかしなければ、とてもじゃないが彼女を抱えて海まで運ぶことは不可能。
と……ここで、彼はあることを考え出す。
ほぼ不死身ってだけで、あの斬月とか言う目魂主は何故――、NEMTDーPCを着用しなくとも今の環境に適応出来ていたというのだろうか?
あの時は何も考えず、不死身ならこの世界の理すらも捻じ曲げてどんな環境下であっても生きていけるのかとただただ思ってしまったが、それは違う。
単純な話だった。
目魂主は元々、死人が蘇生した存在。
それが何を意味するのか?
一度は死んだ身を経験した………となれば、言い換えればそれは――
既に目魂主の肉体というのは、人間としての神経の活動が機能停止している状態だと言うこと。
つまりは、感覚神経も同じこと。
けれども、肉体には完全にその感覚が失った訳では無い。
お腹に掌底を喰らえば痛いし、精神操作で他人の身体を通じて眼球を抜き取られた時はかなりの激痛を味わったものだ。
それに食事をする時もこれまで通りに味を感じ取れていたということは、嗅覚も味覚も備わっていることになる。
だが………いや待てと、ここで些細なことで頭が回る。
爆発したあの瞬間――、季世恵は『痛い』とは叫んでいたが、『熱い』とは一言も言っていなかった。
思えば、二日前に朝食でツナタマを作って妹の紫乃と食事をとった際――、作ってそう経っていなかったにも関わらず、冷めたように熱を感じられなかった。
味覚はあるのに温かさは感じられない。
あの感覚が幻で無いのだとしたら………
「これでおあいこだぞ、季世恵」
そう言って、火だるまの彼女を抱えた悠人。
(やっぱり俺が思った通り、熱さが感じられない。これなら――!)
彼は急いで海まで運ぶと何故か一緒に入水した。
熱さは感じられずとも、悠人の着ていた服に引火していたのだ。
「だっ……大丈夫か。おいッ――、季世恵っ!どうなんだよッ!」
彼がどんなに声を掛けても全く反応が無い彼女。
よく見れば爆発によって出来た、細かな金具や破片が彼女の治癒を邪魔しており、見ていて気持ちの良いものではない肉片から丁寧に一つ一つそれらを取り除いていった。
それから少しして、僅かに彼女の口から空気を吸っている音が途切れ途切れに聞こえてきた。
ひとまず生きていることが確認出来たことで、ほっと一安心する悠人。
ゆっくりと彼女を引き上げ、平らなところに移動させると、彼は奴を睨みつけた。
「お前は絶対許さねぇ。あいつのためにもその目は頂いていくぞ」
「熱いねぇ、少年。それよりも私にばっかり目がいっていて良いのか?」
「何を言って……あ、れっ?」
急に力が抜ける。この感覚は一体………
「足元を見な」
彼はおもむろに視線を下に下げると、何やらアリの大群が彼の足元に押し寄せていた。
アリが出てくる先に目を向けると、そこには何故か地中を掘った跡がある。
「……これ、は?」
よく見るとそれは一般的な黒では無く、胸部の体色が赤褐色、腹部が暗色でどこか艶のある特徴的なアリであった。
「馬鹿がッ!超能力紛いな力がそれぞれ使える目魂を持つ者との闘いにおいて、鉄パイプ一本が【武器】として成立する訳無いだろうが!力自慢のヤンキーかぶれじゃねぇんだ。己の生死が懸かっているってのに、普段から身体を鍛えている訳でもねぇ女がこんな棒きれ持ってイキっていられる程、闘いを甘く見ている訳が無いだろう?
必死こいて振り被っても一度も当たりやしねぇ自分の腕の無さにはびっくりしたけどよぉ、それでも滑稽に踊り回るピエロみたく鉄パイプを振り回し続けていたのも全ては――、私の本当の【武器】であったアリの存在が前以て目撃されないよう敢えて大きな動きで私にばかり注意を向けさせ、ここぞというタイミングで嗾けてやる為。
………あ、一つだけ間違っていたな。能力がモノを言う闘いで鉄パイプ一本がまともな武器になる訳無いだろう的なことを言ったと思うが、連れのお嬢さんにはこの鉄パイプがぶっ刺さって呆気なく爆破事故ったんだから、ちゃんと武器になっていたわ」
「て、てめぇ………」
奴の言う本当の意味での【武器】の正体が今――、明かされる。
「けれど、私の真の【武器】は何たってこの――、『動物』さァっ!
こんな小っこい身体だからと獰猛さと攻撃性、それと奴の持つ強力な神経毒には逃れることは決して敵わない。人一人ぐらい簡単に殺せるくらいの殺傷力はこいつらにある。
私の真の【武器】の正体が強力な能力を持った動物を従わせることだったと見抜けなかったことが全ての敗因さ!もう終わりなんだ。詰んでいるんだよ。ゲームオーバーなんだよ。君はさァァァァ――――――ッ!」
『ヒアリ』ーそれは一時期日本で騒がれたこともある毒性を持った危険なアリ。
刺されるとアルカロイド系の毒によって非常に激しい痛みを覚え、皮膚が水疱状に腫れると言われている。
更にそのアリの恐ろしいところは驚異の繁殖力にある。
女王アリは一日約二千個の卵を産むと言われ、彼はまさにその大群に襲われていた。
そもそも死体の身体なら普通は毒なんて効かない筈なのに、どうしてこんな毒は食らうのか?
先ほど彼が発見したように何らかの形で感覚神経が完全に働いている訳ではない。
ヒアリの毒の9割近くは「ピペリジンアルカロイド」という成分で出来ており、これは感覚神経にあるカプサイシン受容体と反応する。
カプサイシンには感覚神経における辛味を感じさせる働きを持っており、味覚は目魂主になってからでも感じることが出来た。
だからこそ、ヒアリの毒は彼に効いていたのだ。
「……アハッ、アハハッ、ハハハハハハッ!何も視界に映る範囲に動物がいないからと、周囲にどこにも動物がいやしないと何故断定出来るのかって話だよっ!目に映る範囲内だけで物事を図ってしまい油断したのだろう、少年?」
「……い、いや。真に油断していたの、は、てめぇの方だ、ぜ……………」
「何を言いいやが…………ッ!」
奴は瞬く間にその異変に気付かされた。自分の足下を這うヒアリの姿を――。
何故、このようなことになっているのか。奴には理解が出来なかった。
その答えは、必死に目を合わせようと彼が奴の目線をずっと追い続けていたことによる“気付き”である。
そう――、奴が鉄パイプを拾うタイミングに一瞬だけ見せた、ある異変を彼は見逃さなかった。
鉄パイプを拾うだけなら、わざわざ目魂を開眼する必要は無いにも関わらず、明らかに鉄パイプを拾った際に何かを見つけたように開眼し、数瞬の間だけ地面を注視する奴の姿を僅かに捉えていたのだ。
奴が最後に仕掛けるとすればそれは、地面に潜む動物にあると踏んでからというもの――、その後に鉄パイプを振り回す一連があった後、標的を季世恵に変えては一瞬だけ注意が引いたその瞬間を突いて奴の目を捉えることに成功すると、彼はこの瞬間が訪れるまで目力を解放する機会をずっと待ち続けていた。奴がひそかに隠していた切り札を切るその瞬間を狙って―――。
悠人はタイミングを図って拝借に成功した目力を【断捨離】すると、ヒアリの大群は一斉に奴に向かって前進を開始する。
「……ど、どうなってやがる。ど、退けッ!言うことが聞けないのか!き、貴様の仕業かァァ嗚呼嗚呼嗚呼あぁぁァァァ餓鬼ゃぁああああああああぁぁぁぁぁ――――――ッ!い、いやだ………や、やめろ、やめろやめろやめろッ………私に、私に寄るなぁぁぁああああああああああぁぁ――――――ッ!!」
奴の身体に大量のヒアリが一斉に纏わり付くと、叫び声を最後に捕食されていくその者の姿が彼の目には映っていた。
「………さっきまで色々な動物を従えていたあんたが逆に動物を避けることになるなんてよ。まさしくあんたの言う通り、喰われるのも時間の問題だったな」
奴らは仔牛ほどの大きな動物すらも餌食にしてしまうのだから、こうしてマジマジとその食べっぷりを見ると今にも吐き出しそうな気分にもなった。
「やべぇ、もう力が入ら……」
その光景を見届ける前にとうとう毒が全身にまで回ってきたのか、彼は意識を失い倒れるのだった。
橘 季世恵の多彩な武器一覧
(七つ道具的なやつ) 彼女の場合は八つだけれども…………
・匂いが強烈な香水スプレー
・催涙スプレー
・高電圧改造スタンガン
・閃光弾
・フォールディングナイフ
・拾った空の酒瓶
・引火性の強いアルコールが入った加圧式の霧吹き(即席の火炎放射器に使われる)
・ペイントボール(目に当てたら、最強)
フードのファスナーを開けると、内部にいくつかのベルト式ドリンクホルダーを忍ばせている(その中に常備、手作り閃光弾を装備している)
【季世恵の手作り閃光手榴弾】
[主な作り方]
アルミ缶の側面に何ヶ所か穴を開け、上下蓋をカットし、爆竹にマグネシウムとゼリー状の着火剤を混ぜたものをアルミ缶の内部にテープで固定
使い方は内部に固定したものに火を付けてすぐに投げるだけ
特徴として断続的に強い光を放つ。
視覚を奪う武器は、もっとも目魂主を相手に有効的な武器だと言えるだろう。
マグネシウムは理科室から勝手に略奪した。
本編では明言していなかったが、実は季世恵は紫乃と同じ学校に通っている中学生である。




