⒍ 洞視(7) 襲い掛かる獣
「それじゃあ、早速季世恵さんの能力を使って目魂主探しをして行こうか」
ひとまず悠人達はこの路地裏付近に目魂主がいないか、季世恵には目魂を開眼してもらうことにした。
フードの奥で瞳を淡いオレンジ色に光らせると、彼女は周囲を見渡した。
「駄目。この辺にはいない」
「なら、場所を移すか」
彼らは自動販売機のあった路地を離れ、今度は少し離れた場所に荒れ果てた家々が建ち並ぶ、十数年前の地震の爪痕が残ったまま今なお放置された言うなれば震災跡地へと足を踏み入れていた。
こういった爪痕は布都部島の至るところに残されており、未予と手合いをした廃工場やその彼女が『ニーナ・ランドルト』と出会ったトンネル、悠人達が二日目に訪れた寂れたビル街もそれにあたる。
何故こんなところへと足を運んだかと言えば、こういった人気の無い場所とあればゲーム上、人目を気にしなければならない目魂主同士が闘い合っていても不思議では無いと踏んだからである。
季世恵はその地で再び目魂を開眼すると、その場所で一際目立つ崩れ掛けの二階建ての白い家の壁越しに両目持ちの怪しげな女の姿を捉えた。
すぐに彼女は右腕に取り付けられたウェアラブルデバイスー【EPOCH】を起動すると、繊細な投影スライドさばきで参加者リスト載っている人と照らし合わせていく。
その結果……
「発見した」
「そいつは本当か?」
「あそこの白い家の室内に一人、目を失っていない目魂主がいる」
「一人?これまた妙だな。周辺にやられた目魂主らしき人の亡骸はあるか?」
「……ぱっと視た限りは、そのような形跡は見当たらないかな」
どうやらこの場所に目を付けた観点は間違ってはいなかったようだが、そこには人影は一人だけと言う。
明らかに不穏な空気が漂っているが、ここを逃してそうすぐに次の目魂主が見つかるなどという保証は何処にも無い為、ここは警戒しながらゆっくりとその人物の元へと近付いていくことを選んだ。
「分かった。まずは俺が先に家に入って中を見てくるから、合図を出すまでここに待機してくれ」
彼はそう言ってポケットからハンカチを取り出しそれを自分の口元に当てると、扉が完全に外れた状態で土間の床板が丸出しである玄関口からゆっくりと歩み寄った。
ギシギシと音を立てないように足場を選んで進み、手前の部屋から順に入って目魂主がいないか、慎重に見回していく悠人。
水漏れの影響を受けた床材の腐敗やほこりまみれの散乱した家具が溢れ返った空間ならではの汚れた空気の悪さに思わず咳き込みそうになるが、予め口元にハンカチを当てていたことが幸いし、どうにか我慢しながら歩みを止めずに進んで行くことができた。
ひとまず一階一帯には人がいないことを確認した悠人は、安易にズケズケと目の前の今にも崩れそうな不安定な階段を上って二階へと歩みを進めるような真似はせず………
一度引き返して外にいる季世恵と相談をしようかと思っていた矢先――、白い家を出た外では彼女のスカートの裾を咥えて引っ張る一匹のタヌキの姿を目にした。
「やっ……やめっ、ちょっ、そこ引っ張らないでぇぇ」
今にも脱げそうになるスカートを必死に押さえながら、羞恥のあまり思わず叫び出す季世恵。
このタヌキは発情期か?
「……ば、馬鹿!そんな声を出してしまったら、家の中にいるっていう相手に気付かれてしまうだろうが。
……ってそんなこと言ってないで、俺があの狸を追い払う方が先か。待ってろ、今助けに行くから」
彼は慌てて引き返し、急いで季世恵の元へと行こうとしたその直後――、前方からカラスの大群が押し寄せて来た。
「うわっ、あっち行けお前ら。くそっ、何なんださっきから。そこのたぬきといい、目の前のカラスといい、この島の野生動物達がまるで俺たちのことを邪魔しに来ているように思えるのは何かの気のせいか?」
「〈邪魔しに来ている〉、では無く、正真正銘〈邪魔している〉のさ、少年」
彼は目の前のカラスの警戒を怠らず、声が聞こえた室内の方へ片目だけを向けると、そこには二階から二十代半ばといったところのスレンダーな女性がゆっくりと降りていく姿が目に映った。
カラスの大群に四方八方から全身を突かれながら(中には眼球をほじくって取り出そうとして来そうな勢いで眼前に嘴が突っ込んでくるようなこともあり……マジで恐い思いもしながら)、痛い痛いと情けない声を出したい衝動をどうにか抑えつつ――、
野生動物たるもの弱肉強食の世界を生きる故、安易に恐怖心を見せてしまえばそこを突くように―――……、一切の情け無しに襲い掛かってくる獣の恐さたるや。
今、目の前にいる野生の獣達には変に勘繰られないよう、感情を表に出さない状態を装い、食って掛かるような態度で現れた女性を前に虚勢を張る悠人。
「成る程、この不思議な現象はあんたの仕業って訳か。このっ、邪魔ったらありゃしねぇ。ちょっ、どっか行けお前ら(ひぃ~、何あの血走った目をしたカラスさん達ぃぃ。さりげなく眼球を狙おうとしてくるの、マジ恐いんだがぁぁ~)」
「おやおや、大変そうだね。それにしても、よくもまぁこんな僻地な場所に私のような人がいると分かったものだ。
もしかして君、もしくはそこにいる少女のどちらかが特定の人間を探し出すことの出来る特殊な能力でも持っている、または余程の物好きと言うことかな?」
「仮にそうだとして、あんたはこんな場所で一体何をしていたんだ?(いい加減、カラスさん達どっかいってくれぇぇ~)」
「何か武器になるようなものでも探していてね。この子達には見張りを任せていたのさ」
「つまりあんたは察するに目で見た動物を意のままに操る、または意思疎通することが出来る目力をお持ちって訳か?」
「そんなことを知ったところでこんな状況を突破出来る筈がない。
ましてここは比較的沢山の木々に囲まれ、目の前には海が広がり見晴らしも良い場所だ。
陸空海の動物が見渡せるこの場所は、言わば私にとって有利な戦場と言っても良いだろう。
おや、そんなことを言っていれば、丁度良い奴がいるじゃないか」
そう言って女性は一瞬だけ瞬きをしたのち、海の方で大きな背ビレを目にすると、壮大な水しぶきを上げて現れたのはあろうことか、大きな口を開けた一匹のサメがこちらに向かって飛び掛かってきたのだった。




