⒍ 洞視(1) 子供の成長は恐ろしい
ゲーム開始から六日目――
火事場から拾われたあの日、燃えて全部駄目になった服の代わりに着替え衣装としてご要望した“ゴスロリドレス型NEMTDーPC”に身を包む小さな女の子:『黒乃雌刹直』はブシュラ・ブライユ邸のお庭にて、何やら目魂主としての生来の素質がどれくらいあるものか、今まさに試されようとしていた。
「刹直。これからお前には私の使いである、このイヌ耳付けたメイドのリンジーと生死を分けた本気の手合わせをしてもらう。
それが君の目に宿る特殊な力を目覚めさせる、一番の手っ取り早い手段であるからな」
「ほわああぁぁぁぁぁ………」
その感情は喜びか幸せか、はたまた両方なのか――
何とも間の抜けた声を上げてはドレスの裾をつまんで広げたり、くるりっと一周して喜ぶ様子を見せる刹直の姿があった。
「ちゃんと私の話を聞いているか?」
「あ、ご……ごめんなさい!だって、だって………、こんな服…………着たくても親が買ってくれなかった、から……………嬉しくって………」
「そうかい。この程度のことで喜んでもらえるだなんて大袈裟だな。こんなので良ければ、これからも何着だって買い与えてやろう」
「ほ、本当に………!」
「ああ、それぐらい容易いことだ。………だがそれより、お庭に呼んだ当初の目的を忘れてはいけない。ほかの衣装を買う前にまずは最低限自分の身を守れるよう、力には目覚めておかないとな」
「うん、頑張る!それで……その力というのは私を蘇らせてくれた神様が与えた、この目に宿っているっていう不思議な力のこと……でしたっけ?」
予めブシュラからそれとなく〈目魂〉のことや【ピヤー ドゥ ウイユ】というゲームについてのことだったりの説明を受けていた刹直であったが、おぼろげな記憶を頼りに今一度確認の上で聞いていた。
「ああ、そうだ。実を言うと彼女は、黒帯八段の空手の達人だからな。本気で来なければ殺られてしまうぞ」
「はい!」
刹直は力強く返事をすると、それと同時にメカニカルなデザインをした片っぽの垂れ下がったイヌ耳のカチューシャを付けたメイド―『町田リンジー』は動き出した。
一瞬で刹直との間合いを詰めると、軽く度突く感覚で彼女のお腹に向かって正拳突きを放った。
「ごふぁっ!」
もろに拳をもらった刹直の小柄で軽い身体は瞬く間に吹っ飛ばされ、人工的に整えられたツゲのトピアリーを背に衝突した。
この時点でかなりのダメージが身体に溜まり、それでもどうにか刹直なりに反撃しようとヨロヨロとその傷付いた身体を必死に起き上がらせると、休む暇も与えずにリンジーは二手三手と次々に刹直の体力を奪っていった。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ………」
ブシュラの財力であしらえた新品のゴスロリ衣装もすっかり傷付き、もはやまともに立てなくなるまでズタズタにされてしまった刹直。
だがそれでも、刹直が己の目力に目覚める様子が無い。
こうなったらとリンジーは刹直の片目を本気で奪い取ろうと、手を伸ばしたその時だった。
突如としてリンジーの背後で何か黒い物体が現れると、それは彼女の腕を強く拘束した。
「これは……」
リンジーはその黒い物体を目にすると、それがどういうわけか立体化した自分の影であることが分かった。
「ほう、こいつはまた変わった能力だな」
見物していたブシュラがそんなことを口にすると、ついにその力を開花した刹直が最もこの現象に驚いていた。
「やっ……やった!厄介なメイドさんの動きを止められたよ」
ここで二人の手合いを中止するブシュラ。
「もうこの辺りで結構だ。刹直、目を閉じ能力を解除しておけ」
「あ……うんっ!………分かった!」
特殊能力が開花されたというのに、ブシュラが一切褒めてくれなかったことに対してどこか残念そうに気持ちを押し殺す刹直。
まだまだ甘えたがりな年頃ではあった刹直だが、静かにかまぼこ型の瞳孔をした赤い瞳をした目魂を閉じると、リンジーの影は元の表面上に映るだけの形へと戻っていった。
その様子を見届けたブシュラは影が戻るなり、口を開いた。
「すっかりその服もボロボロになってしまったな、私が後で新しいものを用意して上げるとしよう」
「本当に!!じゃあ今着ているものより派手なものが良いな」
先程とは打って変わって上機嫌になる刹直。
「そうかい、まぁなんだって良いさ。
それよりさっきの手合いで思ったのだが、君のその小柄な体型を補うための何か対策を打たなくてはな。
例えばすぐに吹っ飛ばされないように相手との間合いを一定距離突き離せる為の何かリーチが長くそれでいて軽めな武器を与えてみるとか………」
「武器!!なんかそれって格闘ゲームみたいで面白そう」
「面白そう……か。確かに私たちが巻き込まれてしまったあれも一種のゲームではあるが、それは生半可な気持ちでやっていられるほど楽しいものではないぞ」
「さっきみたいなことを体験したら、そりゃあ楽しいものではないことは分かっているよ。
でも、ママを懲らしめるまで生き続けたいって思いは変わらないもの」
「何か目的があるのは生への活力となる。
その気持ちを忘れずにこの現実を生きてみせろ。私から言える助言はその程度だ」
その後――、ブシュラは戻るぞと一声掛けると、刹直たちはブシュラ邸の室内へと戻っていくのだった。




