⒌ 暗目(5) 監視役
保呂草未予は布都部島内のとあるトンネルの中へと足を踏み入れていた。
布都部島が出来た原因でもある例の震災の影響によって、島のいくつかの場所では舗装作業が未だ滞っていない荒れた道を見かけることがある。
このトンネル一帯も例に漏れず居住区から離れた場所というのも影響しているのか、人の手が行き届いていないまま使われなくなってしまい、今や殆ど廃トンネルと化した………元は車道用のトンネルだった中へと明かりも付けずに、奥へ奥へと進んで行く。
生まれ持った人の目では暗くてそのままではとても歩けたものでは無いが、全ての目魂に共通して猫の目の如く夜目が効く為、成せる業と言える。
瓦礫を飛び越え足場の悪い道を進んでいくと、反対側からの別の足音が聞こえてきた。
「め……目魂主未予が、こんなところに何の用じゃん?」
「貴女と出会ったら、目魂主として用があるのは分かっている筈でしょう?ニーナ・ランドルト」
未予は確かにそう言った。ヘアムの協力者ー『Nina・Landolt』の名を―――。
例の彼女は、トンネル内の暗さで近くにいた未予にしかその姿は確認できない。
「あのシルエットからこの私を探し出すなんてね、やるじゃん目魂主未予。風の噂によれば、君は人の名前をロクに覚えないって聞いてたけど、ちゃんとお名前言ってくれるんじゃん」
「それだけ貴女が特別といったところかしら。何しろ“生存率を上げるかもしれない”なんて紹介されていた、妙な人物ですもの。如何にもゲームにおける重要人物のようで、そんな存在を忘れることの方が変な話だわ。
とは言え、いつ何処で貴女に会う未来があるのか――能力を使ってようやく見つけたと思ったら、初対面でいきなりそんなことを言われてしまうんだもの。礼節というものを知らないのかしら。
そう言えばあの日――、会場に集められた時に見たホログラムの中で目神が話していた内容のことで一つ、思い出したことがあったわ。確か貴女――、目魂主達の監視も兼ねて参加しているとか………。成る程、私のそんな細かなところまで知っているのも、ゲームが始まってこの数日の間にそれだけ沢山の目魂主を観察しているのでしょうね。………覗き見なんて良い趣味しているじゃない」
「あっ、もしかして風の噂って………適当なことを言っていたのバレちゃった感じ?なら、バレちゃったついでに、こんなことまで見ているってところを見せようかな。ねぇねぇ、その制服の内ポケットに新発売のカシスナッツバー(携帯食)入っているよね。あれ、気になっていたんだよ。良ければ、その携行食を分けてくれない?」
「そんなの、わざわざ分けずとも丸々一本あげるわ」
そう言って、未予は内ポケットから未開封の携行食を袋のまま彼女に向かって放り投げた。
相手は上手いこと、それを掴み取る。
「ではでは早速……oh,……C’est pas mauvais」
「さて……、食べているところ悪いけれど、そろそろ《本題》に移っても宜しいかしら?」
「本題?………あー、私に用があると言ったら、“ガンギマリ”関連のことでしょ?
……って、そういや目魂主達には《眼底力》って言った方が伝わりやすいんだっけ?」
「そういう名称の違いがあるのか知らないけどそんなのはどうでも良いとして、その件に関する認識であることに間違ってはいないわ。それで――、私にその力とやらを授けてくれるのかしら?」
「う~ん、どうしよっかなぁ~?でもさぁ……、誰にでもポンって渡せるもんでもないんだよね~」
「私にその素質が無いと言いたいのかしら?それとも、簡単に力を与えるのはつまらないとかっていう、しょうもない考えがあるのかしら?少なくともゲームに参加している以上――、他の目魂主と同じ様に一日に最低限目魂の一つは差し出さなければならない条件が課せられている可能性があると考えたとして、だからと言ってわざわざ今この場で私の目魂を奪う必要性は無い筈―――何故なら、貴女はすでに今日の分の目魂をすでに回収し終えているから。違うかしら?」
「何、その絶対的自信…………あ、もしかして私がすでに目魂の一つや二つ、回収済みであったことを前以て視ていた感じ?……そう言えば君――、【未来視】の能力者だったもんね。あーあ、もっと謎の人っぽく決めたかったのにお見通しだった訳だ。ちょっとした駆け引きバトルでも出来ないかなぁなんて思って期待したんだけどなぁ………ざ~んねん!じゃあ、良いや。せっかくだし、これあげるよ。さあさあ、遠慮せずに受け取っちゃいな!」
そう言って、ニーナは未予の瞼に向けてヌルリとした液体を飛ばしてきた。
「これは……」
未予は人差し指でその液体をすくい上げると、それを鼻先に近付けて匂いを嗅いだ。
「この鉄臭い匂いは……血?」
「あーあ、それをすくっちゃダメじゃないか。その血液にこそ、秘められし目魂の真なる目力を開花する作用――【眼底力】を促す働きがあるってのによぉ~」
「あら、そうだったの?何やら汚らしいものが飛んできたから、思わず払いのけてしまったわ。悪いけど、もう一度お願い出来るかしら?」
「そいつは無理な相談だね。私はこんなところで、長居はしていられないのだよ。誠に残念だろうが、またの機会にでもな。Au revoir」
「待ちなさい」
ニーナはそのままトンネル内の暗闇に溶け込み、何処かへと消えていった。
だが、未予はこの状況に悔やむ様子も見せず、その口元はニヤリと笑っていた。
「これは滑稽でしょう、瞬間移動使い?」
どうやら背後に人の気配を感じていた未予はそう言って振り向くと、彼女が言った通りそこには何故か藤咲芽目の姿があった。
能力の特性上――、瞬間移動できる範囲を拡大しに点々と色々なところに出向いては、その場所を視界に収めているのだろう。
幾重にも音が響くトンネル内という環境を前に、二人のやり取りが自然と耳に入っていた芽目は何となくこの状況を理解はしていた。
「お前、さっきのはわざとか?」
「それはどういうことかしら?」
「何を言っている?未来を視ることが出来るその力とやらで、奴の血のことについて何かしらの情報は前以て掴んでいたんじゃないのか?」
「生憎だけど瞬間移動使いが思うほど、私の力は万能じゃないわ。自らの能力を明かすようなことは言えないからあれだけど、いくら先の未来が視えるからといって能力が未来の全てを語ってくれる訳じゃないもの」
「へぇ、てっきり何か考えがあっての行動かと思ったのですが――、どうやら違ったみたいだ」
「あら、私ってそんなに裏があるように見えるかしら?だとしたら、少々気落ちしてしまいますわ。それで――、今から私と殺るつもりでして?」
「いいや、ここに来たのは偶々見知った顔がこのトンネルの中へと入って行くのを目撃したものだから、何があるのだろうと興味本位で跡を付けてきたまでのこと。こちとらすでに、本日の生き延びる為の目魂をすでに持っている身。さきのアイツ同様――、今日のところは取り立てて争う必要が無ぇのさ」
「それは奇遇ね。丁度私も、替えの目魂を持っているのよ。お互い無駄な戦闘を避けられるなら、それが一番だわ。じゃあ、この場は失礼するわね。それでは、ご機嫌よう」
そうして未予は元来た道のりへと戻り、トンネル内から去っていった。
「さてと、この場所もあらかた記憶したところだし、こちらも去るとしよう」
そう言って、芽目が【視認瞬移】した直後だった。
再びトンネル内にて、奴が姿を現したのは………。
「……良いねぇ良いねぇ。すでに目魂を回収済みってか。実に見込みのある目魂主がいるようで。これからのゲームが楽しくなってきそうだなぁあアキャハハハハハハハ………」
彼女の愉快な笑いが、暗いトンネル内で不気味に響き渡るのであった。
ここでの〈ガンギマリ〉はいわゆる薬でキマッていることを指しているのでは無く、『眼がキマッている』ことから【眼決まり】
………けれど、本当にそれだけ?




