⒈ 目魂(2) 目神様?
この回には日本のある伝承を元ネタに書いており、事前に『死返玉』について知っておくとより楽しめるかと思います。
察しが良い人なら勘付くかもしれませんがこの物語における玉は玉でも、目玉な訳であり――
「貴方は生きる為なら、例外無くどんな犠牲を払うことも出来ますか?」
暗闇の中、ふいにそのような声が悠人の耳に入ってきた。
誰か近くにいるのかと――、彼はその声に導かれるかのように目を覚まし、仰向けになって倒れていた上体を起こすと、左右を見渡し始めた。
そこは……さっきまでいた筈の交差点では無かった。
かと言って、病院内という感じも無く、辺りは白を基調とした不思議な場所で何処もかしこも何も無い………ただただ先の見えない純白の空間が広がっていた。
一体全体、何が起こっていると言うのだろうか?
彼はこの突然の事態を前に思考が追い付かないながらも、取り敢えずはその場から立ち上がろうとすると、突然――
「初めまして」
「うおっ!」
何者かに後ろから声を掛けられ、思わずびっくりして変な声を上げてしまい、すかさず後ろを振り返る悠人。
そこには、一人の少女の姿があった。
『少女』―――、確かにそれは人の姿をした存在ではある………ではあるのだが、単に人と言うにはあまりに《異質》で少女を目にした瞬間――、彼が第一に感じた印象はとにかく〈白い〉という感想だった。
髪も肌もまつ毛も眉毛も唇もその全てに一切の別色が存在しない、幻想的な容貌をした人間の女の子のような姿形である『何か』。
得体の知れないそんな白一色な存在にも、唯一【瞳】だけが魅せる白とは別の――エメラルドグリーン色に彩る宝石のように鮮麗な両目と目が合うと、生まれてこの方目にしたことが無い不思議な存在感を前に、その美しさ足るや深く魅入ってしまう程にいつまでも……いつまでも………引き込まれてしまいそうになる。
女の人がおしゃれをするようにその存在もまた《奇怪な白き髪留め》のようなもので髪を左右に結っており、これまたその身と同じ真白の装飾に飾り立てられた派手やかな格好はその存在が持つ整った身体のラインを残しつつ、随所に白い羽毛のようなものがその身を包んでギリギリ服の形を保っているような保っていないような――、白一色でなければかなり露出度の高い身なりをしている。
羽の表面にはボコっと小さな円状の凹凸が浮き出ており、まるでキョロキョロと視線を動かす〈目玉〉のように、しばしばその小さな円は不規則な動きを見せたりもする。
だが、それ以上に驚くべきことは、まるで身体の一部であるかのように衣服と身体を隔てる継ぎ目部分が一向に見当たらないのである。
それもその筈――、良く良く見てみれば、衣服のように見えたその格好や構造はそれそのものが組織造られた肉体の一部であることに気が付く。実に不思議な身体の造りをしているものだ。
「まだ目覚めたばかりで状況が掴めず、ここが何処なのか、色々と混乱されていることでしょう。ですのでここは順序良く、軽く私の紹介から入らせて頂ければ、と。
私の名は――、ヘアム。今居るこの場所は貴方がた地球人が言うところの【天国】にあたり、私は俗に言う【神様】――、その一人にございます」
突如として、この如何様にも形容し難い状況に完全に置いてけぼりにいた悠人は、いかんせん彼女の言う〈天国〉やら〈神様〉やらのワードに付いて行けず、何が何やら全く飲み込めずにいた。
今となってはこの世にごまんと転がる、転生もの小説で目にするラノベ主人公達のような――、素直にありのままを受け入れてしまう程の柔軟過ぎる〈思考〉と〈対応力〉が現実において取れる筈も無く………
戸惑いながらも、思い切ってこの状況をどう理解したら良いものか、そんな様子で彼はゆっくりと口を開く。
「ええっと……天国?神様?………いやいや、待てって!一体何の冗談だこれは。
三途の川を見た、――なんて話の類いはいわゆる人の体験談的なもので、それとなく耳にすることはあったが、神様って………。
そのような誰も見たことが無い、人間が創り出したであろう想像上の存在を――、さも、私がそうですって唐突に名乗られても、すんなり信じて受け入れられる方が難しいだろ……」
男のそんな様子に一切の反応を示すこと無く、代わりにヘアムと名乗る謎の少女は不思議なことを彼に問い始める。
「時に、『地球』という惑星は――生物に対して、とても都合良く出来ているとは思いませんか?」
「な……何を、言って…………?」
「例えば、【核力】。地球上にある身近な物質の殆どは言わば原子の集合体――空気も、水も、土も、それこそ〈人間〉に至るまでいずれも原子の集まりによって成り立っている存在であるのは知っていますね。それら物質を形づくる原子の中核:《原子核》を構成するには陽子と中性子―――、互いに反発し合う筈の存在を無理やり結び付けることの出来る強い力、【核力】が地球上に働いているからこそ今の生命が息づく地球が存在出来ている訳です。
それこそ、今のほんの1%でも増していたとなれば宇宙で最も豊富にある元素:【水素】は瞬く間に別の物質へと変異してしまい、《水》そのものが地球上に存在することはまず無かったでしょう。
太陽系における天体の位置から大きさ、その全てに至るまで幾つもの整合された物理定数が重なり合ったことで『地球』という、生態系が築き上げられてきた生命の星の誕生を〈奇跡〉と呼ぶか、将又、ある存在によって全ては設計され、〈創造された世界〉と説えるか。時に――、貴方から視て『地球』とは、どちらの考え方に有りますか?」
「えっと………突然なに…………?」
「時に――、地球では生命の起源を唱える説として、【微調整された宇宙】論なるものがあるそうで。地球人は面白い考え方をする。だがそれが仮説では無く、真実であると言ったら――?」
「その学説って確か……地球に生態系が生まれることが出来たのには世界を構成するパラメータ、要は数値化された物理定数を創造主………それこそ、神様とでも言い表せるような存在の手により、今の世界を形作る為の物理定数を設定し、生命体の誕生条件を整えたとされる、一つの考え方の話であって………まさかっ!それが世界の真理たる、〈本当の答え〉だったとでも言うってのか?【神様の存在証明】……その存在が今、俺の目の前に立っている貴女だとでも?」
「……西暦二〇四二年 四月八日、午後十二時二十三分。貴方は急な追い越し車両との衝突事故の際、一人の子供を庇って重傷を負い、心肺を停止。惜しくもこの世を去る―――……」
「い、いきなり何を言って………話はまだ終わってな………がっ、な、何だ頭が痛ッ…………」
再び自分の話などてんで興味無いような様子で――まるで答えになっていない、自身の死に関する情報を唐突に通達された彼は先の会話の返答を求めようと口を開くも、奴のその言葉を聞いた瞬間――、突如として強い衝撃に襲われ、最早それどころではなくなっていく―――……。
「……ぐっ……ううっ……あ………そうだ…………。俺はあの時、事故に遭って……………」
酷く激しい頭痛を引き金に――、彼の中の断片していた記憶が徐々に形となって、じんわりと現れていく。
「思い出して頂けましたか?」
「……あの時の子供ッ!あの子は無事なのか?」
「はい。貴方が身を挺して守られたことで怪我こそありましたが、命に別状はございませんでした」
「……そっか、そいつは良かった」
「自分のことより他人の心配ですか。随分あっさりとご自身の死を受け入れるのですね」
「ご自身の死………何言ってやがる。そんなものはこの目で見てみないことには、そう簡単に割り切れやしねぇよ。諦め切れないに決まっているだろ…………」
「でしたら、この目で確認なさいますか」
「確認……だと?」
「ええ。どうぞ、こちらをご覧下さい」
瞬間――、ヘアムが指をパチンと鳴らしたのを皮切りに、それは突如として電動シャッターが上がったような……いや、形状からして“瞼を開いたように”とでも言うべきだろうか。
下から上へと展開するように、二者の前には偏長楕円体状にかっ開いた目の形をした窓が虚空より現れた。
映像には狭い空間の中――、担架の上で仰向けになった悠人の姿が映し出される。
そこは救急車の中だった。中にいた消防隊員の一人がAED(自動体外式除細動器)を使って、彼の意識を覚まさせようとしている様子を見ていた悠人は、これが実際に起きていることなのか分からず、ただただ映像を見ながら茫然と立ち尽くしていた。
「こちらは【現実時間】にて御覧頂いています、貴方の肉体にございます。今はこの通り、物理的な形を持たぬ《貴方の人格性》と《貴方の意志性》―――、つまり“魂魄”が抜けている為、一切反応がございません」
直後――、映像は“瞼を伏せる”かの如く、上から下へと流れるようにフェードアウトし静かに閉じられると、ヘアムは平然とした様子でさり気なく恐ろしいことを口にしていた。
彼はそれを見て自分は本当に死んでいるのではないのかと、信じてしまうような冷えっとした空気感に唇が震えつつも、どうにかその口を開いた。
「はっ、ははっ、これってご……ごっ、合成された映像なんだよな、おいッ!」
彼は必至になって、ヘアムに問いかける。
「これでも信じ難いですか?でしたら、ご自身の身体に手を当ててみてはいかがでしょうか」
どういうことだ?彼はそう思いながらも、恐る恐る自分の身体に触れようと手を伸ばしたその時だった。
「う、嘘……だろ。なんで、なんで触れられないんだよ」
お腹や腕、頭から足に至るまで何度も何度も手を伸ばすが、一向に触れられる気配が無かった。
「これでご理解頂けましたか?今の貴方は実体を完全に持たない人魂としての身。思考力に長けた人間という種ゆえに、霊的・精神的存在がいる筈無いと縛られた現世の常識が通用しない状況に置かれている今――、ここが自分のいた世界とは全くの別世界であることを示唆する何よりの証明なのだと実感したことでしょう」
あろうことかこのような信じ難い映像を突き付けられ、彼は痛感してしまった。薄々そうなのだろうと分かっていた………分かってはいたが、どうしても最後まで諦め切れなかったのである。
だがこうして、ヘアムにこれでもかと現実を突き付けられ、悠人は真に自分の死の受け入れを余儀無くされた瞬間だった。
「……死んだ………そうか俺は……………俺は、死んだのか…………………」
思えば、あっという間の人生だった。
十五年という時間に唐突として終わりを迎えて彼にはこれから先、支えてやる筈だった一人の大事な家族を残して逝ってしまったのだ。
こんなクソみたいな人生――、やり直すことは出来ないのだろうか?
そんなことを〈願望〉……ではなく〈本心〉で思いもしてしまう悠人であったが、死んでしまっては夢のまた夢。もはや諦めかけていた彼だったが、もしも………それこそ奇跡のようなことが起こるとしたら…………
「この度の事故死に致しましてはお気の毒にございますが、お悔みになるのはまだ早いと申しましたら?」
「ど……どういうことなんだ?ま、まさかっ!生き返る手段があるって言うのか!」
「お察しの良いことで。ですが、貴方にその覚悟と犠牲を払うだけの強さがありますか?」
彼は思った。
これは俺に与えられた最初で最後のチャンスなんだ。もうすでに死んでいる身だ。覚悟と言うのなら、そいつはとっくに出来ている。どんな犠牲を払おうがこれを逃したら何が何でも終わり。なら、俺の中での答えは一つ…………
「……言うまでも無いぜ。このままむざむざと死を待つなんかより、例え僅かな可能性であるってんのなら………妹を置いて先に死ぬ以上に恐いことなんてねぇよ!」
「貴方のその意思と覚悟――、確かに確認致しました。それではこれより生命蘇生法―【芽吹きの儀】を執り行います。本儀式を完遂する為には貴方に一つ、行って頂くべき過程がございます」
「やって、頂きたいこと?」
「左様。それには、ある『眼球』を移植して頂く必要がございます。その際、魂の核との結合過程において、一種の拒絶反応に似た激しい苦痛が伴います。しかし痛みを堪えて受け入れることによって魂との同調が果たされた時――、その眼球は心臓に代わる生命循環器としての働きを確立し、現世での生命活動再起を手にする唯一の道となるのです」
「現世での生命活動再起を手にする唯一の道………要は生き残りたければ、とある眼球を移植しろってことなんだよな?………けれど、何で眼球の移植なんだ?痛みが襲うってのも何を言ってるのか………分からない、全くもって理解が追い付けやしないんだが…………」
唐突に【眼球】と言うワードが出てきて、混乱した様子を見せる悠人。
「始めから全てを〈理解する〉、という方が難しい話です。ですが今の貴方は“魂魄”……簡潔して言えば、魂だけの不安定な状態に置かれている以上、理解がままならないからと言って淡々と話をし続けていては最悪の場合―――」
「最悪の場合………一体、どうなるって言うんだ?」
「それこそ、貴方に命灯す眼球を受け入れる意志があるのか――、その決断を聞く前に、僅かに貴方を人魂としてこの場に残留しているエネルギーが燃え尽きる可能性がある故―――。魂は肉体無くして、いつまでも存在することは出来ない為、悠人という魂そのものがこの世界から完全に消え逝くのは時間の問題なのです」
「………」
突然の眼球の移植などという奇妙なお話が迷い込んだことでただただ頭の中には謎が残るばかりであり、それが生き返る方法だと言われたところでいまいち話の真実性を呑み込めずにいた悠人であったが、決断に迷っていたら生命力が尽き果てて生き返る可能性を失ってしまうなんて言われてしまった手前――、あれこれ考えていても仕方無いと素直に受け入れ、一気に無駄口を叩かなくなってしまった悠人。
「どうやら、状況を正しくご理解頂けた様子で何よりにございます。眼球がもたらす蘇生の仕組みにつきましては、移植が無事に完了することが出来た時にでもお話を致しましょう。ではこれより、目の移植を始めさせて頂きますので、まずは横になって下さい」
特にベッドが近くにある訳でも無かった為、悠人は適当にその場で仰向けの姿勢をとった。
「これで………、良いのか?」
――と、彼が声を掛けて振り返った先には、ヘアムが両の手を水を掬うように合わせ、右目から一粒の涙を流しそれが丁度手の平に落ちようとしているところだった。
窪みを作ったその手の中に一滴の涙が触れた途端に強烈な光が一瞬走り、次の瞬間――奴の手の平には、悠人の今の状態と同じく半透明な眼球が形成されていた。
実体を持たないことを除けば、見た目はごく普通の眼球で特に変わったところは無い。ならばヘアムの言っていた〈一種の拒絶反応に似た激しい苦痛〉というのは、何処から引き起こされるものなのか、そもそもあんな眼球に人を生き返らせる力が備わっているのか、疑うばかりである。
そんな思考が一瞬掠めたその隙にヘアムは眼球の用意を整え、移植の段取りに移るかのように彼のすぐ横へと歩み寄っていた。
「はい、そちらで問題ございません。それではここに用意した眼球の移植へと移させて頂きますが、先に今回移植する眼球に関する留意事項についてご説明をさせて頂きます。
こちらの眼球は魂との同調を前提に設計している為、人魂の身である今の状態に生命活動を再起させる働き――、言うなれば、“生命の息吹を吹き込む”という行為そのものを具現化させるカタチ過程にある《中間生成体》であることから、あの世ではまだ実体を持たない発展途上段階ゆえ、このように眼球内部が透けて見えております。その為ご確認頂けるかと思いますが、盲点が左側に寄っていることから本器官は右目に対応しております。問題無く眼球が定着した暁には、現世での身体にそのまま反映されます。場合によっては見え方の違いなど違和感を覚える可能性がございますこと、事前にご理解のほど宜しくお願い致します。
以上のご確認を踏まえ、これより右目の摘出を行います。肉体を持たない魂に投与してやれる麻酔はこの領域に存在しませんが、言い換えればそれは痛覚を与える侵害受容系が断たれているということ――。故に、この摘出によって痛みを覚えることはございませんので、どうぞ今は過度に身構えず、そのままの状態でお待ちください」
ヘアムはそう告げると、悠人の右目の前に手の平をかざした。すると不可思議な力に導かれるように、独りでに右目が彼の元から抜け出していくでは無いか。何と言うべきか、まるで右目そのものに一つの意思があるかのような現象である。
「ひっ!」
彼は自分の眼球が動き出す奇妙な現象に驚き、とてもじゃないがリラックス出来る状況にはなれなかった。だが言っていた通り、確かにこの時点では痛みを感じることは無かった。
「それでは、これから眼球の移植作業に取り掛かります。事前にお伝えした通り、この先の工程で魂と眼球が交わるその瞬間――、通常では存在し得ない痛みが一時的に生じます。それは眼球に内在する生命の因子を活性化させるエネルギーが魂と結び付く際に、魂の同調反応に際して起因する魂流の乱れによって生じる副作用――、本来知覚する筈の無い痛みという感覚が観測されることから便宜上、“認知誘発性魂流痛”とでも言いましょうか。そもそもが死して魂だけとなった対象に生の作用を強制的に働き掛ける逸脱した行為である以上――、言うなれば生死の理を無理矢理に捻じ曲げているのですから、自然の摂理に反した代償として痛みという形で反動が生じてもそう不思議じゃないでしょう?」
「そう……、なのか?」
理解が追い付かない――が、ひとまずそれとなく返事をする悠人。
「とは言え、実際に体感して頂かないことには理解は難しいでしょう。これより移植を開始致します。準備は宜しいですか?」
「は……、はい」
改めてそう言われると少し考えてしまうこともあるが、それでも妹の為に生きることを選びたい――、その気持ちは揺るぎない真実だった。
ヘアムは手の平の上で転がる右目に向かって軽く息を吹き掛けると、それは素早く眼窩という名の穴の中に吸い寄せられるかのように、瞼の中に納まった。
眼球に伸びた神経束と霊体に流れる線維が互いを求めるかの如く、ひとりでに線維同士が内部縫合を始める。
「ぐっ、ぐあぁあああああああああぁぁぁ――――ッ!」
直後――、彼は叫びを上げながら苦しみ出した。ヘアムが言っていた激痛が今まさに襲い掛かっているのだ。あまりの痛みに悠人はじたばたと踠き、のたうち回りながら、尚も悲鳴を上げ続ける。ドジ踏んで思わずタンスの角に一回、足の指をぶつけたような痛みとはまるで違う、まさに想像を絶する痛みであった。
まして男性の方が女性より痛みに弱いと聞く。こんなの耐え切れるのか――、もしやハナっから生き残ることなんて叶わなかったのではなかったのか、痛みに堪えながら色々な思考が交差する。それでも彼には、生き返ねばならぬ強い意思があった。家族を、妹を一人残してこのまま死ぬわけにはいかないという強い思いが………
(俺がこのままいなくなってしまったら、誰が妹を支えるんだ!俺は……俺は……こんなところでくたばる訳にはいかないだろうがッ!)
「うおぉぉおおおおおおおおおぉぉぉ――――ッ!」
生きる気力を失わないよう自分を奮い立たせるかのように、痛みを紛らわすかのように声を上げ、この苦しみを何とか耐え抜こうとする悠人。
「ハァ、ハァ、ハァ……………」
そして踏ん張り続けること数分――、悠人はそれに堪えきってみせた。すっかり疲れ果てた彼は、床の上で大の字になって息を荒くしていた。
「ハァ、ハァ………あまりの………痛さに…………感覚が、麻痺………してしまっているのか…………良く分からないけれど…………も、もう少し………痛みが続いていたら…………あ、危うく……意識が飛ぶところだっ………たわ」
「まさか、あれを乗り越えるとは………大したものです。少し経てば、自然と魂は元の身体へと戻ります。肉体の損傷は全て修復済みですのでご安心を。元が死体だったからと、その身が腐ることも崩れることもございません。しばし戻るまでそのままお待ち下さい。お疲れ様でした」
すると、悠人が息を落ち着かせながらゆっくりとヘアムに話し掛けた。
「……そ、それじゃあ、説明してくれるんだろ?………言ったよな。生き返る為にあんな痛い思いをしてまで眼球の移植なんて工程を行う必要があったっていうその仕組みについて、無事に片が付けば話してくれるって」
「……そうですね。一度言った手前、その疑問にはきちんとお答えしましょう。それにはまず、眼球である理由について語る前に蘇生の原理をきちんと把握しておかなければ分かりづらいでしょうから、先にそれについてお話を―――。
生物は死後――、自然と身体から魂魄となって切り離され、肉体にいられなくなった魂は還る場所を失い、誘われるようにあの世へと昇っていきます。それゆえ、この時点で元の身体の生命活動は停止している状態にあり、そこから元の肉体に戻ろうものなら活動停止した心臓に代わる新たな生命活動の助けとなる繋がり――、〈魂鎖〉の働きをもつ延命策が必要となります。
私が創造を得意とする【眼球】にはそれを支える力が備わっており、この小さな塊を充填することで魂は活性化され、分かりやすく車に置き換えて説明するならば生命源に満たされた状態――、即ち生物で言えば極めて生命力に満ち溢れた状態と化し、それによって元の肉体へと戻ろうとする強い推進力が働き、この世界――【天国】との隔たりを突き抜けて魂は再び現世に残してきた自身の肉体へと戻ることができ、そこで新たに命を灯すのです。
これら聞いた話を要約して纏めるならば、『延命装置的な役割を持った器官』――それが〈眼球〉である重要性を定義付けるのだと理解するのが早い話でしょう」
「えっと……つまり、その魂魄と肉体との繋がり――、魂鎖と言ったか?要はその魂鎖とやらを実現する為に、あの世で移植した眼球がその役割となるって大体のところは理解出来た。けど、移植する器官が眼球である理由は何だ?さっき言っていた、創造を得意とするモノが眼球だから眼球で行なっているけど、やろうと想えば眼球を創った要領で半透明な心臓を創り出し、同じように移植することだって出来るんじゃないのか?何かどうしても、眼球でなくてはならない理由でもあるとか?
……あ、でも心臓だと胸を傷付けて移植する必要があるから、少しでも魂を傷付けてしまうとそれだけ消滅を早める危機が出てしまうから出来ないという考え方も出来なくは無い………か?」
「実に良い着眼点です。確かに、貴方のその推察は2割ほど正しい。人体の構造上――、元より眼球を収める眼窩と呼ばれる“穴”を持っておりますが、ご認識の通り人魂での姿は生前の肉体そのままの形を再現している為、眼球移植であれば魂を直接傷付けること無く生命力を与える儀式を円滑に行なうことができ、事前のリスクを抑えることが出来る。確かにそれは一つの理由として存在する。では、残り8割を締める根本的な理由は?」
ごくりッ
一体、どんな答えが飛んでくるというのだろうか。本来、水分という概念さえ存在しない筈の人魂の身で生唾を飲み込む音が喉から漏れる筈が無いのだが、そんな音が幻聴として聞こえてしまうくらいに悠人の中で一種の緊張感が走る。
「それは私が女神………いえ、【目】の【神】と書いて【目神】とでも称する存在―《目に纏わる神様》とでも言うべきでしょうか」
「目………目の神で、目神?」
何と反応して良いのか分からない奇天烈な回答が飛び込んでしまい、思わずありのままを返す悠人。
「左様。そもそもが私を含め、神という存在はその誰しもが生物を生き返らせる力を持っています。その中で私がカタチとして創造しやすい眼球は、言わば常に安定して創り出せる生命エネルギーの塊であり、それゆえ【芽吹きの儀】を執り行う際には決まって眼球を形作り、それを死者に差し出します。眼球である本当の理由は、正にそこに繋がっているという訳です」
「な……なぁんだ。てっきり、人間には理解し難いスケールのデカい答えでも出てくるのかと思って構えてしまっただけに…………いざ耳にした8割の答えが、まさか目を司る神様だったから何てオチが来るとは思いもしていなかったから………流石に力が抜けてしまったよ。あはは………」
拍子抜けした彼の苦笑の余韻だけが静かな空間に残ると、どうやらその時が来たのか――、存在そのものがあの世に留まれなくなったかのように自分の姿が更に薄れ、今にも消え掛かろうとしていた。どうやら、彼という魂魄が元の肉体へと戻りつつあるのだろう。
「――そろそろ、還る時が来たようですね」
ヘアムが一言そう呟いた時には、彼の姿はより一層ぼんやりと霞んでいき――、風に撫でられた水面のように揺らめきながらその存在は人魂としてのカタチを保てなくなり、そして………
「………あっ」
お世話になった………と言うにはあまりにも奇妙な縁だったが、それでもこの神様との出会いがあったからこそ、生き返るなんて奇跡に恵まれたのだと思うと、せめて一言の別れくらいは………そう思ったのも束の間――、世の理から解き放たれるように、次の瞬間には天国から彼の存在は跡形もなく無くなっていた。
彼が還ったあと、そこには静寂だけが残った。ヘアムはしばしその沈黙を見つめ、ふと口の端が上がり微かに笑みを刻む。
祝福にも見えるその表情の奥で、何処か底知れぬ冷たさが静かに蠢いているように見えたその笑みは、まるでこれから何かが動き出すことを予感させるような――、静かな不安を残すのだった。
映像の形状がなぜ瞼を開いた時の形をしているのか、そう思ったことでしょう。
実はこの形状には意味を込めており、彼女が視ている視界の一部を共有して見せていることを表現しています。




