⒈ 目魂(2) 目神様?
この回には日本のある伝承を元ネタに書いており、事前に『死返玉』について知っておくとより楽しめるかと思います。
察しが良い人なら勘付くかもしれませんがこの物語における玉は玉でも、目玉な訳であり――
「貴方は生きる為なら、例外無くどんな犠牲を払うことも出来ますか?」
暗闇の中、ふいにそのような声が悠人の耳に入ってきた。
誰か近くにいるのかと――、彼はその声に導かれるかのように目を覚まし、仰向けになって倒れていた上体を起こすと、左右を見渡し始めた。
そこは……さっきまでいた筈の交差点では無かった。
かと言って、病院内という感じも無く、辺りは白を基調とした不思議な場所で何処もかしこも何も無い………ただただ先の見えない純白の空間が広がっていた。
一体全体、何が起こっていると言うのだろうか?
彼はこの突然の事態を前に思考が追い付かないながらも、取り敢えずはその場から立ち上がろうとすると、突然――
「初めまして」
と、後ろから何者かに声を掛けられ、思わずびっくりして後ろを振り返った、その時――
視線の先に映るのは、幼げな容姿をした一人の少女であった。
その存在を目にした時の第一印象―――、それはとにかく〈白い〉という感想でしか無かった。
髪も肌も眉毛もまつ毛も唇も………その全てに少しの雑色も色付いていることは一切無く、純粋な白としての色がこれでもかと映えた異質な存在感を放ち、混じり気が何処を取っても無い。
ただ一点―――、【瞳】だけは違う色を持っており、綺麗なエメラルドグリーン色を輝き魅せるその神秘的に映る純白なる存在は、まさしく人外なる雰囲気を感じさせる。
ツインテールヘアーのその少女は奇妙な真白の服を纏い、その造形は彼女の整った身体のラインがくっきり浮き出るくらいにまでぴっちりと――
上から巨大な葉のような形をした〈目玉〉を思わせる絵柄の霊布を何枚にも貼ったみたいな、物々しい雰囲気を漂わせるデザインをしていた。
だが……これまた不思議なことに、まるで身体の一部であるかのように衣服と身体を隔てる継ぎ目部分が一向に見当たりはしない。
それもその筈――、良く良く見てみれば、衣服のように見えたその格好や構造はそれそのものが組織造られた肉体の一部としての形であったことに気が付く。
何とも、不思議な身体の造りである。
「まだ目覚めたばかりで状況が掴めず、ここが何処なのか、色々と混乱されていることでしょう。
ですのでここは順序良く、軽く私の紹介から入らせて頂ければ、と。
私の名は――、ヘアム。
今居るこの場所は貴方がた地球人が言うところの【天国】にあたり、私は俗に言う【神様】――、その一人にございます」
突如として、この如何様にも形容し難い状況に完全に置いてけぼりにいた悠人は、いかんせん彼女の言う〈天国〉やら〈神様〉やらのワードに付いて行けず、何が何やら全く飲み込めずにいた。
今となってはこの世にごまんと転がる、転生もの小説で目にするラノベ主人公達のような――、素直にありのままを受け入れてしまう程の柔軟過ぎる〈思考〉と〈対応力〉が現実において取れる筈も無く………
戸惑いながらも、思い切ってこの状況をどう理解したら良いものか、そんな様子で彼はゆっくりと口を開く。
「ええっと……天国?神様?………いやいや、待てって!一体何の冗談だこれは。
三途の川を見た、――なんて話の類いはいわゆる人の体験談的なもので、それとなく耳にすることはあったが、神様って………。
そのような誰も見たことが無い、人間が創り出したであろう想像上の存在を――、
さも、私がそうですって唐突に名乗られても、すんなり信じて受け入れられる方が難しいだろ……」
男のそんな様子に一切の反応を示すこと無く、代わりにヘアムと名乗る謎の少女は不思議なことを彼に問い始める。
「時に、『地球』という惑星は――生物に対して、とても都合良く出来ているとは思いませんか?」
「な……何を、言って…………?」
「例えば――、【核力】。
地球上にある、身の回りのものは全て《原子》から成り立っている。
そんな原子を構成する、《陽子》・《中性子》と呼ばれる二つの粒子――《核子間》が相互作用で互いに結合し合って出来る力、〈核力〉と呼ばれるその力が、たとえ1%でも増していたとなれば………
宇宙で最も豊富にある元素:【水素】は、瞬く間に別の物質へと変化されていたことで、《水》そのものが存在することは無かった―――……。
太陽系における天体の位置から大きさ、その全てに至るまで――
幾つもの整合された物理定数が重なり合ったことで『地球』という、生態系が築き上げられてきた生命の星の誕生を〈奇跡〉と呼ぶか、将又ある存在によって全ては設計され、〈創造された世界〉と説えるか。
時に――、貴方から視た『地球』とは一体どちらの考え方に有りますか?」
「えっと………これは一体、何のお話で……………」
「時に――、地球では生命の起源を唱える説として、【微調整された宇宙】論なるものがあるそうで。地球人は面白い考え方をする。だがそれが仮説では無く、真実であると言ったら――?」
「そ、それって確か……地球に生態系が生まれることが出来たのには世界を構成するパラメータ、要は数値化された物理定数を創造主………
それこそ、神様とでも言い表せるような存在の手により、今の世界を形作る為の物理定数を設定し、生命体の誕生条件を整えたとされる、一つの考え方の話であって…………
まさかっ!それが世界の真理たる、〈本当の答え〉だったとでも言うってのか?
【神様の存在証明】………その存在が今、俺の目の前に立っている貴女だとでも?」
「……西暦二〇四二年 四月八日、午後十二時二十三分。
貴方は急な追い越し車両との衝突事故の際、一人の子供を庇って重傷を負い、心肺を停止。
惜しくもこの世を去る―――……」
「い、いきなり何を言って………話はまだ終わってな………がっ、な、何だ頭が痛ッ…………」
再び自分の話などてんで興味無いような様子で――まるで答えになっていない、自身の死に関する情報を唐突に通達された彼は……、
先の会話の返答を求めようと口を開くも、奴のその言葉を聞いた瞬間――、突如として強い衝撃に襲われ、最早それどころではなくなっていく―――……。
「……ぐっ……ううっ……あ………そうだ…………。俺はあの時、事故に遭って……………」
酷く激しい頭痛を引き金に――、彼の中の断片していた記憶が徐々に形となって、じんわりと現れていく。
「思い出して頂けましたか?」
「……あの時の子供ッ!あの子は無事なのか?」
「ご安心を。貴方が身を挺して子供を抱きかかえていたことで、怪我こそありましたが命に別状はありません」
「……そっか、そいつは良かった」
「自分のことより他人の心配ですか。随分あっさりとご自身の死を受け入れるのですね」
「ご自身の死………何言ってやがる。そんなものはこの目で見てみないことには、そう簡単に割り切れやしねぇよ。諦め切れないに決まっているだろ…………」
「でしたら、この目で確認なさいますか」
「確認……だと?」
「ええ。どうぞ、こちらをご覧下さい」
瞬間――、ヘアムが指をパチンと鳴らしたのを皮切りに、それは突如として電動シャッターが上がったような……いや、形状からして“瞼を開いたように”とでも言うべきだろうか。
下から上へと展開するように、二者の前には偏長楕円体の開いた目の形をした一つの映像が空中へと出現する。
映像には狭い空間の中、メイン・ストレッチャーの上で仰向けになった悠人の姿が映っている。
そこは救急車の中だった。
中にいた消防隊員の一人がAED(自動体外式除細動器)を使って、彼の意識を覚まさせようとしている様子を見ていた悠人は、これが実際に起きていることなのか分からず、ただただ映像を見ながら茫然と立ち尽くしていた。
「こちらは【現実時間】にて御覧頂いています、貴方の肉体にございます。今はこの通り、物理的な形を持たぬ《貴方の人格性》と《貴方の意志性》―――、つまり“魂魄”が抜けている為、一切反応がございません」
直後――、映像は“瞼を伏せる”かの如く、上から下へと流れるようにフェードアウトし静かに閉じられると、ヘアムは平然とした様子でさり気なく恐ろしいことを口にしていた。
彼はそれを見て自分は本当に死んでいるのではないのかと、信じてしまうような冷えっとした空気感に唇が震えつつも、どうにかその口を開いた。
「はっ、ははっ、これってご……ごっ、合成された映像なんだよな、おいッ!」
彼は必至になって、ヘアムに問いかける。
「これでもまだ信じ難いですか?でしたらご自身の身体に触れてみて、確認するのはいかがでしょう」
どういうことだ?彼はそう思いながらも、恐る恐る自分の身体に触れようと手を伸ばしたその時だった。
「う、嘘……だろ。なんで、なんで触れられないんだよ」
お腹や腕、頭から足に至るまで何度も何度も手を伸ばすが、一向に触れられる気配が無かった。
「これでご理解頂けましたか?今の貴方は実体を完全に持たない人魂としての身。
思考力に長けた人間という種ゆえに、霊的・精神的存在がいる筈無いと縛られた現世の常識が通用しない状況に置かれている今――、ここが自分のいた世界とは全くの別世界であることを示唆する何よりの証明なのだと実感したことでしょう」
あろうことかこのような信じ難い映像を突き付けられ、彼は痛感してしまった。
薄々そうなのだろうと分かっていた………分かってはいたが、どうしても最後まで諦め切れなかったのである。
だがこうして、ヘアムにこれでもかと現実を突き付けられ、悠人は真に自分の死の受け入れを余儀無くされた瞬間だった。
「……死んだ………そうか俺は……………俺は、死んだのか…………………」
思えば、あっという間の人生だった。
十五年という時間に唐突として終わりを迎えて彼にはこれから先、支えてやる筈だった一人の大事な家族を残して逝ってしまったのだ。
こんなクソみたいな人生――、やり直すことは出来ないのだろうか?
そんなことを〈願望〉……ではなく〈本心〉で思いもしてしまう悠人であったが、死んでしまっては夢のまた夢。
もはや諦めかけていた彼だったが、もしも………それこそ奇跡のようなことが起こるとしたら………………
「この度の事故死に致しましてはお気の毒にございますが、お悔みになるのはまだ早いと申しましたら?」
「ど……どういうことなんだ?ま、まさかっ!生き返る手段があるって言うのか!」
「お察しの良いことで。ですが、貴方にその覚悟と犠牲を払うだけの強さがありますか?」
彼は思った。
これは俺に与えられた最初で最後のチャンスなんだ。もうすでに死んでいる身だ。覚悟と言うのなら、そいつはとっくに出来ている。どんな犠牲を払おうがこれを逃したら何が何でも終わり。なら、俺の中での答えは一つ…………
「……言うまでも無いぜ。このままむざむざと死を待つなんかより、例え僅かな可能性であろうとも…………
それに抗う何か一つでも生き残る手があると言うのなら、どんな犠牲があるだろうと俺は乗り越えてやる!」
「貴方のその強い覚悟と現れを確かに聞き入れました。
ではこれより生命蘇生法ー【芽吹きの儀】を取り行うべくして一つ、やって頂きたいことがございます」
「やって、頂きたいこと?」
「はい。貴方にはこれから、ある『眼球』を移植して頂きます。
その際に尋常なまでの痛みが貴方を襲いますが、どうか眼球がその身に馴染むまでの間、痛みが引くその時まで耐え切ることが出来ましたら、その眼球が貴方の新しい〈心臓〉となり――
再び、現世で生きる為の新たな命を手に出来ましょう」
「それはどういう………生き残りたければその眼球を移植しろ、と?………けれど、何で眼球の移植なんだ?
痛みが襲うってのも何を言ってるのか………分からない、全くもって理解が追い付けやしないんだが……………」
唐突に【眼球】と言うワードが出てきて、混乱した様子を見せる悠人。
「始めから全てを〈理解する〉、という方が難しい話です。
ですが今の貴方は“魂魄”……簡潔して言えば、魂だけの不安定な状態に置かれている以上、理解がままならないからと言って淡々と話をし続けていては最悪の場合―――」
「最悪の場合………一体、どうなるって言うんだ?」
「それこそ、貴方に命灯す眼球を受け入れる意志があるのか――、その決断を聞く前に、僅かに貴方を人魂としてこの場に残留しているエネルギーが燃え尽きる可能性がある故―――。魂は肉体無くして、いつまでも存在することは出来ない為、悠人という魂そのものがこの世界から完全に消え逝くのは時間の問題なのです」
「………」
そいつは洒落にならないと言わんばかりに、一気に無駄口を叩かなくなってしまった悠人。
「最低限――、蘇生にあたってのご説明だけに控えさせて頂いたのですが、若い魂であれば少しはその心配も無いことでしょう。ですので少しだけ補足を。
すでにあちらの世界における貴方の心臓の活動は停止されておりますので、再び元の肉体に戻ろうものなら、活動を停止した心臓に代わって新たな生命活動の助けとなる繋がり――〈魂鎖〉の働きをもった延命策が必要となる。
それを担うものこそ、私が創造を得意とする【眼球】――、その小さな塊を取り込むことで車で言うところの生命活動に満たされた状態………それこそ存命する為には人魂が生命力に満ち溢れた状態となることで〈現世〉に置いてきた元の肉体へと戻ろうとする強い力が働き、この世界――【天国】との隔たりを突き抜けることができ、蘇生を可能とする。
要約すると、『延命装置的な役割を持った器官』――それが〈眼球〉である重要性を定義付けているのだと認識するのが早いでしょう」
「つまり……ここで言う眼球とは言わば死んで魂となった存在に新たな生を与える、命の〈淵源〉とでも例えたら良いのか?
今の自分の状態を鑑みるに、肉体と同じ形となって現れるのが〈魂の性質上〉だと仮定した時――、透過する特性からして生命力を人魂に流すというのは、何か特別な方法を取る必要があるのでは?
それこそ『眼球の移植』という手段を用いることで人体の構造上――、元より目玉を収める《眼窩という穴》を丁度良く持っている訳だから、一度外して元の収まるべきところに眼球を入れる分には透過する障害を受けないとか………?
まるで、欠けた1ピースのパズルがかっちりとハマった時のような……〈眼球〉というコンパクトな形に創造することこそ、実は理に適っている………的な?
……ってそんなこと、いつまでも考えてないでさっきの話が本当なら、こんな話をしている間にも魂が消滅するリスクがあるってことなんだろ?
だったらひとまずは優先して、その眼球の移植とやらを済ませないと」
彼なりにあれこれと独自解釈してみせたところで――、思えば自分にはいつまでも時間がある訳では無いことを思い出し、すぐさま行動に移らねばと今更ながらに少し焦りを見せる悠人。
「でしたら適当に、移植を行う為に少しばかり横になって下さい」
眼球が心臓?新しい命?
突然の眼球の移植などという変わった状況にどうにも完全に呑み込めずにいた悠人であったが、今はあれこれ考えていても仕方が無いと思い、ひとまずヘアムの指示通りにその場で身体を横に倒した。
その頃、ヘアムは両手でお水を掬うような形を作ったかと思えば突然――、右目から一筋の涙を流し出し、その中へと垂らすように涙を零す。
窪みを作ったその手の中に一滴の涙が触れた、その瞬間である。
カッと強く光り輝き出し、徐々に徐々にと光は小さくなっていくと、奴の手の平の上に現れたのは今の悠人の状態と同じく、半透明な眼球がそこにはあった。
実体を持たない――というところを除けば、見た目は至って普通の眼球といった様子で特にこれといって変わった部分は無かった。
ならばヘアムの言っていた〈尋常なまでの痛み〉というのは、何処から引き起こされるものなのか、そもそもあんな眼球に人を生き返らせる力が備わっているのか、疑ってしまうことばかりである。
そうこう考えている間にもヘアムは例の眼球を手にしたまま彼の横で膝立ちの体勢になって、移植の準備に取り掛かろうとしていた。
「それでは、目の移植を始めさせて頂きます。
眼球の中が透けていてよく見えると思いますが、この目は盲点が左寄りに位置しているため、右目となります。
これから貴方にはこの右目の移植をしてもらう訳ですが、その際に今ある右目を取り除くのは勿論のこと。
ですがそう構えずとも、この段階から痛みが生じる訳ではありませんので、ここはまだリラックスしていて下さい」
そう言ってヘアムは彼の右目の前に手の平をかざすと、どういう訳か右目がゆっくりと独りでに抜け出たのだ。
何と言うべきか、まるで右目そのものに一つの意思があるかのような現象である。
「ひっ!」
彼は自分の眼球が動き出す奇妙な現象に驚き、とてもじゃないがリラックス出来る状況には思えなかった。
だがこの時は不思議と麻酔が掛けられているかのように、確かに痛みは感じられなかった。
「次に先程お見せ致しました、例の右目を移植していきます。
これより数分の間――、全身に痛みが回る症状が出て参りますので、改めてご忠告の程、よろしいでしょうか」
「はい」
改めてそう言われると少し考えてしまうかもしれないが、この時の彼は覚悟が違った。
ヘアムは手の平の上で転がる右目に向かって軽く息を吹き掛けると、それは素早く眼窩という名の穴の中に吸い寄せられるかのように、瞼の中に納まった。
「ぐっ、ぐあぁあああああああああぁぁぁ――――ッ!」
直後――、彼は叫びを上げながら苦しみ出した。
ヘアムが言っていた激痛が今まさに襲い掛かっているのだ。
あまりの痛みに悠人はじたばたと踠き、のたうち回りながら、尚も悲鳴を上げ続ける。
ドジ踏んで思わずタンスの角に一回、足の指をぶつけたような痛みとはまるで違う、まさに想像を絶する痛みであった。
まして男性の方が女性より痛みに弱いと聞く。
こんなの耐え切れるのか――、もしやハナっから生き残ることなんて叶わなかったのではなかったのか、痛みに堪えながら色々な思考が交差する。
それでも彼には、生き返ねばならぬ強い意思があった。
家族を、妹を一人残してこのまま死ぬわけにはいかないという強い思いが………
(俺がこのままいなくなってしまったら、誰が妹を支えるんだ!
俺は……俺は……こんなところでくたばる訳にはいかないだろうがッ!)
「うおぉぉおおおおおおおおおぉぉぉ――――ッ!」
生きる気力を失わないよう自分を奮い立たせるかのように、痛みを紛らわすかのように声を上げ、この苦しみを何とか耐え抜こうとする悠人。
「ハァ、ハァ、ハァ……………」
そして踏ん張り続けること数分――、悠人はそれに堪えきってみせた。
すっかり疲れ果てた彼は、床の上で大の字になって息を荒くしていた。
「ハァ、ハァ………あまりの………痛さに…………感覚が、麻痺………してしまっているのか…………良く分からないけれど…………も、もう少し………痛みが続いていたら…………あ、危うく……意識が飛ぶところだっ………たぜ」
「いやはや、驚きました。経験上――、あれを耐えてみせた人間をそうはお目にかからないものですから。
少し経てば自然と魂は元の身体に戻ります。
それから、肉体の問題についてはご安心を。私の力を持ってして、貴方の肉体は原形まで修復し、死体の身体ですので一生腐らない仕様に手を掛けておきましたゆえ。
それでは魂が元の身体に戻るまで、その場で待機していて下さい。お疲れ様でした」
ヘアムは祝福の言葉を添えるとこの場から立ち去るように背を向け、そのままゆっくりと歩き始めた。
「………一つ、質問してもいいか」
立ち去るヘアムを呼び止める悠人。
「何でしょう?」
彼女は足を止めると、チラッと彼の方へと振り向いた。
「……いや何でまた、生き返る方法というのが眼球の移植だったのかなぁ…………なんて。
その、気になったものだから…………」
彼はどうしても言わずにはいられなかった、大きな疑問をヘアムに問い掛ける。
「それは私が女神………いえ、【目】の【神】と書いて【目神】とでも称する存在ー《目に纏わる神様》とでも言うべきでしょうか」
「目神?」
「そもそも神なる存在は、その誰しもが生物を生き返らせる力を持っています。
私が創り出す眼球は言わば【生命エネルギーの塊】であり、動物の視神経を通じて体内にそのエネルギーを送っていきます。
その行為そのものは人魂に無理やり命を与えようとしている訳なので、それだけに大きな負担が掛かります。
あの痛みを作り出していた原因は、正にそこへ繋がっているのです」
「あはは……人間の常識の範疇から外れ過ぎっつーか………次元が違い過ぎて、もはや理解しようって方が負けなのかもな…………」
これを聞いて彼は苦笑いを零しながら、何となく理解したような――していないような――、そんな風にしていると、気付けば霊体の身体が徐々に消えかかり始めていた。
彼の身体が徐々に消えていくのを見る限り、恐らく元の肉体に魂が戻って来ていることを表しているのだろう。
そして人魂であった彼の身体が完全に消滅すると、ヘアムは何かを予感させるような不敵な笑みをこぼしていた。
映像の形状がなぜ瞼を開いた時の形をしているのか、そう思ったことでしょう。
実はこの形状には意味を込めており、彼女が視ている視界の一部を共有して見せていることを表現しています。