⒉ 開眼(5) 目覚めし力
「なっ――」
「嘘だろ……」
〈未予もどき〉と悠人の二人は、そのあまりに突然起こった事態に思考が完全に停止していた。一度は姿を消した筈の『藤咲芽目』という目魂主がこうもすぐにその姿を再び現すなり、そこで見せた行動は実に衝撃的であり、同時に残酷さを否応無く突き付けてきた。
「テ……テメェェッ!よくも………よくも、俺の目をォォ――ッ!」
未予の一瞬の不注意が招いた事故とはいえ、まさかこんな形で再び出会うことになろうとは思わなかっただけに、本来の自身の身体から片目が奪われるというこの事実に〈未予もどき〉の内で芽目に対する怒りが一気に込み上げた。未予が瀬良を『金髪』と呼んだ時のような戯れなどとはまるで異なる――理性を侵し、精神を蝕む程に純粋な怒りだった。
次の瞬間――、〈未予もどき〉は爆ぜるように地を蹴った。火を吹くような勢いで芽目へと駆け出す。その速度は、誰の目にも明らかだった。瀬良の怒りが未予の身体を通じて燃え上がり、アドレナリンが脈打つように全身を駆け巡る。身体の芯から湧き上がる熱が彼女を更に加速させていった。
身体を満たす熱と鼓動――しかし、それを生み出しているのは心臓では無い。
一度死んで完全に停止してしまった心臓が肉体に再び魂が戻ったことを認知して、勝手に動き出すようなシステム的な挙動をする訳が無く、目魂主となった存在は皆体内で血液がどのように巡っているかというと、代わりにその働きをする器官である存在:〈眼〉――即ち目魂のエネルギーが体内で活性し続け、視神経を通じて血液を供給しているのだ。
確かに生き返りたければ眼球を移植するよう勧められたものだが、まさか本当の意味で命を繋ぐ役割を果たしているとは普通は思わないことだろう。
眼球本来の視覚的働きも然ることながら、血液を送るポンプとしての役割を持ち合わせる謎めいた器官――〈目魂〉。
本来、心臓というのは胸の中央に位置していることから、肺や主要な血管、消化器官などそれらが短い距離で繋がっている為、血液の循環や調整は極めて効率的に行われる。
しかしこれが目の位置となれば、理屈の上ではその効率性は著しく低下する。血の流れは首を伝う血管を通って全て上側から体に向かって伸びていき、重力に強く逆らうように目の位置まで何度も巡回を繰り返す。そのような流れでは血液は不自然に曲がりくねり、力強く全身を巡ることが出来ないものである。
だがそんな常識を簡単に覆してしまうのが、〈目魂〉という存在なのだろう。
地球生物の観点では決して図ることの出来ない神域から生まれた独自器官とあれば、重力に束縛されない血流の原理にも一定の説明が付きそうなものである。
仮にも最もらしい原理を挙げるとするならば、視線の焦点移動に応じて目の奥で微弱な電磁振動が響き、血中の鉄イオンや電解質がその影響下で微細に配列を変える。血流は磁場に導かれ、重力の束縛を超えて流体は浮遊し全身を駆け巡る―――、見ることが即ち生きる働きと繋がっていると考えれば、眼球である理由にも説得力が強まるというもので、視線の僅かな揺らぎや瞳孔の開閉さえも全身の循環を調律する微細な指令として機能していると思えば、実に良く出来た器官であると感心せざるを得ない。
……さて、場面は稲妻が空を裂くように急転――、あのまま突っ込んだ〈未予もどき〉は胸に積もった怒気を爆ぜさせ、芽目の目魂を貫かんと右腕を鋭く突き出した。だがしかし………〈未予もどき〉のその行動は空しくも、風を切るだけに終わった。瀬良も知らなかった芽目の持つ目力:【視認瞬移】の力によって、彼女は寸前で何処かへと飛んだのだ。
「クソがぁああああああああああぁぁぁ――――ッ!」
怒りを晴らすことが出来なかった〈未予もどき〉は、伸ばした右腕を地面に叩き付ける。
悠人はそれを見て、密かに同情していた。
だがそれと同時に、芽目のことで一つ気掛かりにしていたことがあった悠人。
(さっきの彼女の力、瞬間移動のように思えたが――、もしかして昨夜体験したあの現象と同様の………何か関係して――?だが、今はそれよりも――………)
瀬良の身体の容態もそうだが、その中に潜む未予の精神を心配して悠人はすぐに〈瀬良もどき〉の元へと駆け寄った。
「死ぬな、未予!」
「何よ……そんな血相抱えちゃって。心配せずとも、この身の目魂はまだ一つある。片目取られたところで、くたばったりはしないわ」
ここで一つ、《ゲーム概要》に書いてあることについて説明をする。
【目魂を片目奪われた場合――、一方の目魂だけでも残っている限りはその目魂が生命維持の役割をしてくれる為、一度奪われたらそこで終わり………という訳では無い】、らしい。
だが、悠人だけは例外だ。目魂を片目しか所持していないこの男は、それこそ一度の略奪で死あるのみ。
「……けど、さっき目魂を奪われたその損傷で、この身体が完治するのは先延ばしになってしまったわ。まだ歩けるまでに時間が掛かるようだし、この場は貴方一人に任せたわ」
「任せたって、まさか………」
「ええ、どうにかして私の精神を元の身体に戻し――それから金髪の……、『この目』を奪うのよ」
「正気か?俺にそんなことが出来ると思って言っているのか」
「そうね。貴方の覚悟とその目に宿る目力が目覚めれば可能性は………」
悠人は問う。
「一体、俺の持つ目魂にどんな能力が宿っているって言うんだ。未来を知っているなら、俺にそいつの発動方法を教えたらどうなんだ?」
「あの力はそう万能じゃないのよ。単純に未来を視ることは出来ても、音を知覚するまでには至らない。音の無い映像を見ているようなものね。
例えば、未来で誰かが何か話していたとして――、私に分かるのは口を開く動作からそれが会話をしている、ということが分かるだけのこと。悪いけど、私には口の開きからその人が何を話しているかなんて、そんな器用な真似は出来ないわ」
「あくまで俺自身の手でその力を目覚めさせないといけないって、訳かよ。けど、そうは言っても一体どうしたら良いのか…………」
そうこう言い合っている内に怒りの矛先を失った〈未予もどき〉は八つ当たりの如く、まさに飢えた猛獣のような勢いで悠人に襲い掛かった。
その動きはさっきまで彼女が悠人の目を奪いに掛かっていた時とは異なり、それはそれは猛然としていた。
「くそっ!」
彼にそのことを考えさせる暇も与えず、〈未予もどき〉は彼の目を奪おうと飛び掛かる。
彼女の腕の動きをよく観察し、一つ一つの攻撃を避けきるので精一杯といったところだ。
だが、それは始めの時だけに過ぎなかった。
(せめて、俺の持つ目力とやらが何かのきっかけでふと目覚めることが出来れば………何でも良い。足掛かりを早くこの手で掴むには一体、どうしたら………)
〈未予もどき〉は怒りで判断力が鈍っているのか、何処か動きが単一で、徐々に彼は少しそんなことを考えられるぐらいの余裕を持てるようになっていた。
とは言え、常に彼女の動きを見ていなければ、彼の目を奪おうとする手の振りの速さまでは余所見していては上手いこと対応出来ず、一瞬でも視線を外してしまえば危うく命取りになるだろう。
そしていつまでもそのことを考えていると、そのことだけに思考が回ってしまい、相手の動きの先読みにも影響しかねない。
(……さて、この状況をどう打開すれば良いのやら。現状、俺に持ち合わせた武器と言ったら、小さい頃にプロボクサーを夢見てかつて通っていたボクシングジムで身に付けた『動体視力』と『反射神経』を生かすことぐらいなものだ。とは言っても、お金の関係だったり色々なことがあったりしてその夢は諦めた訳だが………
おっと、そんな暗いことを思い出している場合じゃなかった。目の前の相手に集中しないと。ここは一度、相手の動きを止めないことには始まらないな。となると――)
正真正銘――、最後の考えを巡らせていると、ある手を思い付いたのか、彼は避け続けることを止めてすぐさま行動に出た。
怒りで周囲が見えていない彼女の足下を狙って、彼は足払いを試みる。
見事に引っ掛かった〈未予もどき〉はバランスを崩し、腹を打ち付けるようにして地面に倒れ掛かった。
俯伏せになった〈未予もどき〉の隙だらけな背中に跨がり、何とか身体を拘束しようとするが、当然彼女はそれに対して抵抗をする。
悠人の伸し掛かりから免れるようにして、その状態の身体をダイナミックに横へと転がすと、そこから彼の顔面を払うように手の甲で殴打。
「痛ってぇ!」
思いもよらぬ反撃を受け、流れるがままに怯む悠人。
叩かれた頬の赤みがその痛みを物語る。
悠人が赤くなった頬を痛そうに撫でているその隙に〈未予もどき〉は立ち上がり、一瞬で背後に回ると、彼の視角外から目を奪いに手を伸ばす。
無用心な後ろ姿を曝け出し、その距離およそ三十センチ。
もはや避けようにも避け切れる距離ではなく、彼は敢え無くGAME OVER。
『…』
と誰もが思えるこの瞬間――、目の奥が燃えるような奇妙な体験を味わうと共に、視神経から脳へと電気信号が勢いよく働き、鮮明に情報が流れ込む。
「これは………」
何かを知ったかのような――、意味ありげな口振りをする。
キリッと表情が変わると、風を切る音を頼りに迫りくる〈未予もどき〉の手を見もせず、いとも簡単に悠人は払いのけた。
「ちぃぃ――――ッ!」
〈未予もどき〉は絶好のチャンスを潰されたかのように、その怒りはますますヒートアップしていった。
だが、彼はそんなことを気にもせず、ズボンの右ポケットから何かを取り出し振り返ると、それを相手の顔の前に放り投げた。
「なっ、何だ!」
「ただのハンカチさ」
相手が怯んだその隙に彼は立ち上がるとハンカチの奥から手を伸ばし、彼女の首筋を掴んで再び、地に追いやった。
そこから彼女の腹の上に跨ると、すぐに両腕を抑えてがっちりと拘束した悠人。
すると〈瀬良もどき〉の方を向いて、歓喜した様子で口を開いた。
「未予!ようやく俺の能力が何なのか、分かったぞ!さっき俺の脳内に直接、その情報が送られてきたんだ。それで肝心の発動条件なんだが――、奴の言っていた話から【精神廻替】だ何だの力が他人に扱えないことは理解しているつもりだ。
その上で一つ聞くが、目力は扱えずとも奴の“目魂”……って言うと、ややこしくて伝わりづらいか。何と言うか、そう……!奴に授けられた目の“本来の状態”に開眼することってのは可能か?」
「金髪に授けられた目の……本来の状態に開眼………。それが何を意味するのかよく分からないけれど、今この身体を動かしているのは未予の意志なのだから、そのくらいのことは実行出来る筈。試してみるわ」
「早めに頼む。彼女がこの様子だと、そう長く持ちそうにないからな」
怒り狂う〈未予もどき〉を彼は必至に取り押さえる中――、〈瀬良もどき〉は目を閉じ、意識を集中させてゆっくりと目を開く。
「この感覚は……成功ね」
〈瀬良もどき〉は極端に縦長の長方形型の瞳孔、灰色に発光した瞳を見開いた。
「それで、どうすれば良いのかしら?」
「なら、その開いた目魂を俺に良く見せてくれ」
「分かったわ」
言われた通り――、〈瀬良もどき〉は顕在化した目魂としての姿を彼に見せるように自然と目を合わせた。
彼もまた自身の目魂を開眼すると、その目で〈瀬良もどき〉が開眼した瞳を深く見つめた。
するとどうしたことか、〈未予もどき〉は苦しみ出すように頭を上下左右に振り回しながら、唸り声を上げ始めた。
「――ぁああぁぁ」
その様はまるで、自分の持つ力が制御出来ていないような――………
案の定――、二人の精神はどういう訳か元の身体へと戻っていった。
一体、何が起こったと言うのだろうか。
良く見ればさっきまで発光していた筈の瀬良の目魂に光が消え、代わりに青々と光放っていた彼の目魂が奴の眼球色に発光し出した。
「あれ?私は………」
「未予、戻ったんだな」
「そのようね。……にしても、いつまで私の両腕を掴んで跨っている気かしら?」
「……わ、悪い!」
彼は慌てて未予の両腕から手を離し即座にその場から引くと、大の字になって倒れていた彼女はゆっくりと上体を持ち上げた。
「おい貴様ァァ、何しやがったぁぁああああああぁぁぁ――――ッ!」
自分の意思とは関係無く、無理やりに自身の能力を解かれてしまった瀬良は訳が分からず当たり散らす。
彼女をそうさせた悠人の持つ目魂に宿る目力――それは逆境の中、彼が目覚めた力は《開眼された目魂を見ることによって発動される、目にした目魂に宿る目力を拝借・断捨離する異能》であった。
【拝借】――、それは目魂に宿る目力の〈奪取〉。
相手が開眼した状態に限り発動することが出来ないが、目が合った目魂の目力を奪う――さながら、見取る………いや、“見奪る力”で無力化することが出来る。
【断捨離】――、それは奪取した目力の〈開放〉。
見奪った力を行使することも出来る。
何だかそれだけを耳にした場合――、非常に強力な能力のように聞こえるが、実はこの目力には大きな弱点が三点存在する。
一つ――、【拝借】を行使する際、その性質上ゆえに危険覚悟で相手が目魂を開眼するところ―――、つまりは“力を見せてくる開眼状態時で相手と目を合わせる必要性がある”という点。
二つ――、一度【拝借】した目力は【断捨離】しない限り、“別の目力を無力化したくともそれが出来ない”という点。
三つ――、目力を【断捨離】すると、“一度は無力化した筈の力が本来その目力を有していた目魂の元に力が戻ってしまう”という点。要は折角奪った目力も一度使ってしまえば、手元……いや、目元から離れてしまう訳である。
だが、言い換えれば同じ目力を何度も【拝借】しては【断捨離】を繰り返し行えることを指している為、如何に目力を発動するタイミングが見極められるか、そこが非常に重要となる。
己に目醒めた目力の全容を踏まえ、咄嗟に相手の目力を見奪ったことでこの場の戦況は収束した。
未予はそんな彼の目力についての詳しい詳細を良くは知らないものの――、それが一体どんな能力なのか、大まかなに【未来視】の力から知り得ていた情報から彼女なりに掴んだ能力の特徴をもって、悠人の持つ能力をこのような言葉で表現する。
「君のその力………、敢えて名付けるなら【借離蔵視】――、略して【アアア】なんてのは、どう……はぁ……はぁ………かしら?」
「「はへぇ?」」
悠人と瀬良は変にハモって、同じ反応をとる。
「何だその……、アイト・アボカド・アバウト………だっけ?少なからず、ニュアンスだけなら似ていた……よな?まぁ、とにかくその……、厨二病ネームにありがちそうな二単語以上の言葉が掛け合わさった、長いカタカナ読みする能力名か何かは?雑に略称されて絶妙にダサく聞こえるところもなんか、厨二病ネームっぽいっつーか。
もしかして未予って、意外と年の割にこういうの考えるのが好きだったり……なんて、意外と子供っぽい一面もあるん………いや、そこは童心に返ると言った方が正しいのか?」
「何を言うかと思えば………『ピヤー ドゥ ウイユ』から生き残る為の知識として、一個一個の目魂の特徴を私なりに整理して覚えられるよう、(名付け)してみたまでのことだったのだけれど………はぁ……はぁ……何か変なことかしら?」
「まさかそういう……何と言うか、人の名前はロクに覚えようとしないのに、ゲームに関わることだけはご丁寧に名前まで付けて脳に記憶を刻み付けるんだな、お前………。
……ったく、出会った時から思ったが、つくづく変な奴だよ」
ごもっともな言葉を悠人が返すも、さらっと無視して未予は話を続けた。
「……はぁ……はぁ………それより……、あの厄介な力を対処した今、早く……はぁ……はぁ………金髪の残った目を奪い取るのよ」
肉体を取り戻したにも関わらず自らの手でそれをしようとはせず、どういうわけか彼に頼み込む未予。
だがそれは、彼女の異変が関係していた。
「どうしたんだ、未予?顔色悪いぞ」
「……はぁ………はぁ……はぁ……本当だったら私をコケにした金髪の目魂は、自らの手で奪いたかったところだけど――、どうにも私の肉体を怒りに任せて金髪が酷使したせいで、動悸が……はぁ……はぁ………収まらないの。おかげで精神が戻っても目を抉られた時の痛みと、……はぁ……はぁ……はぁ………今抱えている動悸が精神に過度な負担を掛け、もはや君にそれを隠し通すことが出来なくなったわ。
だからお願い、死にたくなかったら覚悟を決めて……未来視を………私の言葉を信じて、目魂を奪いなさい」
「未予……」
悠人は苦しそうにし続ける彼女の名前を感情的に呟く。
(あんな状態だというのに、俺を説得しようとする相手の気持ちを一番に信じてやれなくてどうする。目を奪っても奪わなくとも、どちらを選択しても待っているのが地獄の一択だって言うなら、俺が選ぶ道はこうだ!)
「うおぉおおおおおおおおおぉぉぉ―――――ッ!」
「………ふざけるな、誰が……誰が………死ぬかぁあああああああぁぁぁ―――――ッ!」
声を上げ、自らを鼓舞し両の足を突き動かし腕を振るわせ、瀬良の残された右目を豪快に抜き取った悠人。
覚悟を決めたその手の平にはヌルヌルとした眼球の感触が伝わり、左手は紅く血に染まっていた。
利き手で触ることへの、抵抗感ゆえの選択。
中学校の頃、一度だけ理科の解剖授業でカエルの眼球を手に取って触れた、あの日以上に鬼気迫る嫌悪感。
これは別種では無く自分と同種のものだからこそ感じる思いなのか、それは酷く心に傷を負った。
唯一救いだったのは、何の道具も使わずに眼球を抉り取ったにも関わらず、眼球を指で掴んだ圧力で中から房水が流出し、よりヌルヌルした気持ち悪い感触を得ずに済んだことぐらいである。
どうやらこの目魂というのは生命器官という面だけで無く、一般的に私達の知る目玉とはつくりそのものも異なるようで、ゲーム性を考慮した素手による略奪にも差し支えない強度力があると言うのか……、弾力があると言うのか………。
あの時、突然姿を現した藤咲芽目の手によって、未予の精神が憑いた瀬良の肉体から左目を――、形も崩れずがっちり掴んで手にしていた所からも分かる通り、如何に目魂が一般的な眼球とは違い、丈夫なつくりをしているかが目に見えて分かる。
「……はぁ……はぁ………、終わった……のね」
未予が言ったその言葉を指し示すように、堤防の向こう側からそっと聞こえる波の音が闘いの終わりを――、日常の静けさを気付かせてくれる。
「ああ………」
彼は俯きながら、静かにそう言った。
覚悟を決めた筈なのに一度死んだ人間であれ人を殺めた罪悪感が、後から押し寄せてきたのだ。
「金髪の死体は《ゲーム概要》によると、例の神様の手によって後処理されるそうよ。
……はぁ……はぁ……はぁ………何でも目立ちやすい場所に放置された死体を優先に、この島の警察官の目に付くことがあっては――、……はぁ……はぁ………ゲームの妨げになるのは確実だからとまで記載されていたわ」
「………」
罪悪感ゆえの無言なのか、未予はそんな悠人を見かねて口を開く。
「やっぱり貴方には無理なお願いをしてしまったようね。今日はこうして……はぁ……はぁ………目魂を奪えたことだからルール上、私と君は今日というこの日を生きられるわ。でも今日に限らず、誰かの目魂を奪う覚悟が持てた上で……はぁ……はぁ……はぁ………このゲームに挑めなければ、この先はやっていけないわ。
だから、貴方との協力関係も今日限りでお終い。……はぁ……はぁ………それならこんなゲームに無理して関わることはないでしょう………なんて」
何となく、こうなることは予感していたのかもしれない。
確かに、『高い身体能力』と『能力を見奪る力』を持ち合わせた目崎悠人という目魂主を手放すのは、実に惜しいことだとは思う。
これからも続くこのゲームを乗り越えようとなると、それは尚更――………
だが当の本人がこんな状態では、とてもこれからのゲームで協力し合っていける感じがしない。
彼女はふらつきながらも立ち上がり、背を向けゆっくりと立ち去ろうとする。
もう二度と会うことは無いだろうと別れを告げるように――
………………………
「あー、くそっ!なんで俺の日常はこうなってしまったんだよ!こんなゲームなんぞに関わらずに済んだなら、どれだけ良かったことか。……だけど、お前が視た未来だとそいつは無理な相談なんだろう。ましてや両親がいない今、たった一人の家族を――、妹の紫乃を残して死ねるかよっ!
全ては未予……ッ!お前の生きたいという強い意志が俺を突き動かしたんだ。だから俺にあんなことさせといて今更、協力関係はお終いだとかふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
「はっ、ははっ………」
何を思ったのか、未予は突然苦しそうに笑い始めた。
「な……何がそんなに可笑しいんだよっ」
「いいえ。さっきまで顰めっ面していた貴方が、何だか急にそんなことを言い出すものだから………、
思わず驚きを通り越して、……はぁ……はぁ………笑ってしまったの。機嫌を損ねてしまったようなら謝るわ」
「ああ、そうかよ。……で、どうなんだ?本当に俺と、もう手を組まないのか?」
「………撤回、するわ」
「つまりそれって………」
「私が始めに持ち掛けたことよ。……はぁ……はぁ……はぁ………貴方にそこまで言われたら、断る道理も無いわ。そういうことだから改めて宜しく、ゆなんとか」
「悠人だ。……ったく、いい加減それぐらい覚えてくれよ」
「やっぱり私の中では、『君』か『貴方』の方がしっくりくるわ」
(一体、いつになったら俺の名前を言ってくれるんだか…………)
こうして、彼らの闘争はひとまず幕を閉じた。
未予はふと、腕に装着されたEPOCHを起動する。投影された画面に表示された現在の時刻は、十八時四十分を指していた。
彼女が言っていた一日のゲーム終了時間には間に合ったが、そもそも何故このゲームはタイム制なのか――?その理由はゲーム時間外になると、その間のあいだは目力が使用が出来なくなるから。
詳しい概要は不明だが、この目魂とやらも普通の目と同じように休息が必要ということなのだろうか?
そういや……例の神様もあの日、目魂主を集めては話の中で休息がどうの言っていたような気がする。そのことを言っていたのかは分からないが………
ある意味、能力が使えないとなると、『眼球の略奪』などという特殊なルール上――、個人の力量差によって、ゲームの優位性がかなり分かれてしまうことが少なからず、関係しているのでは無かろうか?俗に言う、《ゲームバランス》と言われるやつだ。
そして肝心の二十二時を過ぎると、例の神様ー『目神へアム』が芽目の使う【視認瞬移】ような力で瞬く間に、生き残った目魂主が略奪をした目魂の回収作業をしていくと――、《ゲーム概要》には書かれていたが、それまでヌルヌルした気色悪い眼球を持っているのは誰もが嫌がることだろう。
その点はあの神様も考えているのか、一日ごとのゲーム終了を待つ前に、既に目魂の略奪が済んでいる目魂主はへアムに〈報告〉という形で回収に出す目魂を持っていることをメールするだけで、早急に回収に回ってくれるサービスが存在する。
そのやり方はとっても簡単で《お知らせ》を開いて下欄から【報告】をタップ。
そこに回収に出す目魂の写真と、回収して欲しい数を一緒に残して送信―――。回収要請をするだけである。
分からなかったら【報告】から一緒に説明事項を見ることが出来る為、このシステムを利用しない目魂主はそういないだろう。
未予がEPOCHの電源を入れたのも、一重にその機能を起動させる為であり――、目魂の回収要請を済ませると、彼らの胸糞悪いゲーム一日目はこうして幕を閉じるのだった。
ちなみに主人公とヒロインの髪色決めには少しこだわりがあり、眼球の色でもある白目、黒目の働きにはどちらが欠けてしまっていては物を見ることは出来ず、水晶体と網膜のなくてはならない一対関係をイメージとし、悠人を白髪、未予を黒髪としました。
ゲームを共に乗り越える関係性として、切っても切れない存在であることを表している、といったところです。
ちなみに彼が手にした……目にした?目力についても解説させて頂きますと、前に紹介した没タイトル集で出てきた【♡\死んでれらゲーム(^O^)視んでれらゲーム/√♥】における主人公が持つ再現と抹消の能力――、
実はタイトルにちなんで童話のシンデレラより、《魔女に再現された魔法は溶けて消えてしまう》という要素から連想して生まれた能力なのだが、あれこれストーリーを考えていく内に主人公が変更したことで能力そのものも違うものにしようと考えてはみたのだが、結局は当初構想していた初期主人公の能力に少し引っ張られる形で彼の目力の原型となってしまい、それゆえ何処と無く近しい力にあるのはそれが理由であったりします。
最後に、主人公『目崎悠人』の名前に込められた意味についても触れておきます。
目 〈目・見る〉
崎 〈危うい〉
悠 〈悠久の刻〉
人 〈生きる人〉
(彼の――、目魂主としての姿を現した名前となっているのが特徴です。)




