⒊ 孤憂勢威(8) 温もり
皐月の一撃を受け、気絶した斬月。
最早――、朱音を守る存在は誰一人としていなくなった。
「あンなふざけた威力の攻撃を持っているとか、そンなの有リかよ………」
『正義は必ず勝つ……なんてね。君は私の力を一種のチートのように思っているようだけれど、私の持つ能力はただの繋がり。これまで目にしてきた日常、景色、場景、それら一部を切り取って形にすることが出来る能力、【繋ぎ目】だ。
聞けばそれほど強いと思わないようなこの力を君が強いと感じたのも、ただただこの姿をとったからまでのこと。
この姿はいわば、私が過去に見た一人のヒーローが形となってそのまま体現されたものと言ったところだ。だが所詮は、簡単に人を支配しかねない君の能力に比べたら見劣りするような能力なものだろう』
これが意味するもの、それは皐月が持つ目魂の瞳孔の形は悪を成敗する正義の拳を連想させるようなそれではなく、繋がりを離さない手の形を表していたのかもしれない。
「んなこと言って、そもそも能力が通じねェ場合には意味が無ェ事だろが…………」
『そういうことは決して言わないことだよ』
「……なン、だって………」
『上手くいかなかったからといって、何かの所為にしてはならない。大事なのは、そこから如何に解決策を見つけることが出来るか、諦めず逆転の発想を転換しようとする試みを持てるかどうかなんじゃないかな』
「……さっきからずっと、何なんだよ!事あるごとに何か言ってきてよぉ、それらは全て親切心で言ってンだろうが、はっきり言って鬱陶しいんだよッ!」
瞬間――、その場の空気が一瞬にして静まり返った。
限界に来た朱音が放ったこの言葉を前にまるで痛い所を突かれたかのように、皐月は黙止してしまう。
その場を包み込む静寂。
だがそれは、ほんの一瞬のことだった。
『………やっと、心を開いてくれた』
「はっ?」
静寂を断ち切る第一声の言葉の意味がどうにも理解出来ず、何を言っているんだといった様子で朱音はそのように返答する。
『先程、君は私の言葉に対し『鬱陶しい』と答えた。それまでは“何が言いたい――”、“知った口、叩くンじゃねェよッ!”などと、一つとして具体的な返答を返そうとはしなかった。
だけど君は今――、確かに言った。今のこの状況を良しと思わない、君の怒りの頂点が君自身の《本心》を引き出したじゃないか。
そんな今だからこそ、私は聞きたい。君は今の人生に満足をしているのかと?』
「…………そンなの……」
朱音は答える。
「満足してる訳ねェだろうがッ!そンなの、今に始まッたことじゃねェ!
あンな子供一人きちんと育てることすらままならねェどころか、自分の子供に暴力を振るッてるような――、何一つ親らしいことなンざしやしねェ両親の元で生まれたそン時から、親ガチャ爆死のクソ人生さッ!
あの時だッて――、ようやく死ねると思ってたのに、突然お前のその感情は最高の力を引き出すのなンの。妙な格好をしたあの女の手によって、気付けばウチはこうして生き返ッていた。この身体になッてからというもの……、どうやッても死に方が分からなくなッてしまった。
それこそあの日――、何処とも知らねェ建物の中で一ヶ所に人が集められ、なんの意味があンのか分かりもしねェ妙なゲームへと巻き込まれることになった始まりであるあの場に居合わせるまで、まさか目ん玉を抉り取られることだけがただ一つの死ねる方法だッてことを知らなかッたものさ」
興奮気味に何かを言い始めた朱音。
彼女の話は続いた。
「だがそれ以上に生き返ってから数日が過ぎた頃――、特別な力がこの身に宿ったことを知った日にはこの人生の中で唯一と言っていい程、最高に気分が良かッた。
睨み飛ばすだけで人が自分の言いなりになっていくサマは実に滑稽だッた。
この力を知ってからというもの――、ウチは迷いもなくクソ両親に向かッて平気でこの力を使ッた。好き勝手にクソ両親を弄り倒してやッたものさ。
指の骨が折れるまで自分の顔を殴らせたり、火の付いたタバコを自らの手で顔や腕、身体のあちこちに持ッてこさせ、一生消えることの無ェ火傷を残してやッたり、これまでされてきた痛みの分だけこれでもかとやッてやった。
これまで受けてきた嫌なもの全部、何もかもぶつけてやりたかった相手に復讐してやることができ、今まで抱えてきた思いが一瞬にして消え去り、スッキリと気分の晴れたものだッた。
けどその反面――、自分の中で何もかも無くなッちまったような、ポッカリと穴の空いた感覚に襲われちまッてよ…………」
『…………』
彼女の長話に黙って耳を傾ける皐月。
更に話は続いた。
「その時になって、初めて思ッた。嗚呼――、ウチの人生は何て中身の無ェ空っぽなものだったンだなッてよ。
クソ両親を懲らしめた後、ウチにはもうやることが無くなっちまったのさ。生き甲斐を失ッちまったとでも言うべきか。
まぁ……元からそんなものは無かッたのだが、その当時はまだ死にたくても死ねる方法が分からなかッた為にこれから先――、どうして良いか分からなくなッてしまっていた。
そんなイライラから憂さ晴らししたかッたが為に、もはや誰だっていいからそれをぶつけてやりたかった。
そうしていつしか喧嘩ばかりするようになッた私は気付けば――、ただの憂さ晴らしに暴れていただけのウチを慕うような存在ができ、それまで空っぽだった自分に生き甲斐が……、こんなウチのことを慕ッてくれるアイツらの為に頑張ってこの人生を生きてみても良いのかもなって思えた時もあッた………。
だが、もう良い………もう――、良いンだ。ハナッから死にたがっていた自分に惜しむ命も無ェしな。目を奪うなら勝手にしてくれ。ハハッ……、こんな退屈から抜け出せるってもンだ」
心の内に抱えていた自分の“苦難”や“思い”を何から何までぶちまけた今、彼女は清々しい気持ちで己の命を放り出そうとする。
そんな彼女を前に皐月は言った。
『…………死にたがっていた?目を奪うなら勝手にしてくれ――だって?』
「……えっ…」
今までの声のトーンとはまるで違う、怒りの感情が込もったようにその言葉には迫力があった。
今までの温和な対応から一変。
思わず素で驚いてしまう朱音であった。
『いいか。人が死にたいと思うその感情は、それを思う人間が身を持って自殺をしないよう――、己自身の心がそれを行動に移してほしくないと警告を、心のサインが思考として……口として出ているんだよ!如何にそれを自分が気付けるか、それが大事なんだ。いくらでも死にたいと口にするのは自分の勝手だ。
けどだからと言って、本当に死ぬことは自分の心を否定するのと同じだ。自分の心を否定してしまったら、誰が己の気持ちを肯定してくれるんだって話だ!』
「―――ッ!」
その言葉は朱音の心に深く響いた。
……自分は何の為に生まれてきたのだろうか?
……何故、こんなにも嫌な思いをしてまで生きる必要があるのだろうか?
……分からない。
……ウチには生きる存在理由が何一つ見つからなかったのだ。
……だが、周りにいた人は自分とは違った様子を見せていた。
……その当時、自分の同級生を見て思ったことだ。
……何故だろう。あの子、家族一緒でとても楽しそうに。
……なんて幸せに満ち溢れたような良い笑顔をしているんだ。
……あの子だけじゃない。そっちの子もあっちの子も良い笑顔を見せている。
……なんて暖かそうな家族なのだろうか。
【…………死にたがっていた?目を奪うなら勝手にしてくれ――だって?】
……うるせぇッ!おたくにウチの何が分かるってんだッ!自分の周りの子達はあんなにも親と一緒にいて嬉しそうだってのに。
……分からない。なんで周りはあんなに幸せそうだってのに、ウチばかりが嫌な目に遭わなきゃならなぇ。
ふざけんなッ!こんな不平等な世界、生きているだけ居心地が悪ィだけだ。もう、死んで楽に…………
【いいか。人が死にたいと思うその感情は、それを思う人間が身を持って自殺をしないよう――、己自身の心がそれを行動に移してほしくないと警告を、心のサインが思考として……口として出ているんだよ!
如何にそれを自分が気付けるか、それが大事なんだ】
……何を言っ、ウチの心が死ぬなとでも言ってるってのか。ウチは本気で……………
【いくらでも死にたいと口にするのは自分の勝手だ。けどだからと言って、本当に死ぬことは自分の心を否定するのと同じだ。
自分の心を否定してしまったら、誰が己の気持ちを肯定してくれるんだって話だ!】
……自分の気持ちを否定、だと。
だがそれは、うすうす気付いていた感情なのかもしれなかった。
何故なら、幸せそうにしている子達を見て彼女は一つ思ってしまったことがあった。
……叶うなら、ウチもそんな幸せそうな人生を送りたかった、と。
だからこそ、皐月の最後の言葉には考えさせられる何かがあった。
『さっきの話を聞いて、君がどれだけの辛い人生を送ってきたのか、痛いほどに伝わったよ。流れる人生によって、人は変わっていく。
それが必ずしも良い方向へと進む訳ではなく、悪い方向へと進んでしまうことがあるからこそ、良い人間と悪い人間が出てくる。
けどそれは、何も本人が悪い訳ではない。全ては生まれてきたその環境で受けた影響によって、人の心は変えられていく。だからこそ君は親を憎み、そしてぶつけた。
だがそうさせてしまった心にも悪いことだけではない。上手くいかないことが人生の厳しさであり、その厳しさは小さかった内に知っておいて損は無い。
そうでなければ、厳しい現実に生き抜いていく力なんて身に付きやしないのだから。優しさだけが全てでは無い。
けどだからと言って、悪いだけの人間も駄目だ。善と悪、そのバランスを両立出来る者だけが、この世界を正しく生きていくことが出来るのさ。
そういう面で言ったら、君は――
『こんなウチのことを慕ってくれるアイツらの為に頑張ってこの人生を生きてみても良いのかもなって思えた時もあった』
――と言った。
君にそのような人を気遣う心があるというのなら、それは立派な優しさだ。君は変われる。良い方向へと。良い面と悪い面、その両方を兼ね備えている君なら』
「……変わる…………ウチが…………?」
『ああ、変われるさ。君はただ若いだけじゃない。周りの人とは違い、目魂主は殆ど死なないような存在だ。限りなく未来がある。時間はあるんだ。
いつの日か、長く生きていれば心から死にたいだなんて思わなくなるような、幸せな人生に立ち会えるそんな日が待っている。どんなに苦しくても乗り越え生き続けてみろ!その継続はいつか良い方向に繋がる。
『石の上にも三年』なんて言葉がこの世にあるくらいなんだ。報われなければ酷いってものだろう』
「……報われなければ酷い、か。最後の最後でそんな曖昧な言葉が返されるとはよ。それが人を改心に導く言葉として、果たして当てはまるのかって話だよ。
あんだけ色々と言ってくれちゃって、最後がそれかよ。あーあ、死ぬ覚悟だったってのに、とんだ拍子抜けしちまったじゃねぇか。
……けど、なんだ。心がこう、何かに満ち足りたような感覚が、今までに無かった感情が込み上げていくような、心がとても温かい。何なんだ、不思議と嫌じゃないこの感じは………。ウチは一体、どうしちまったんだ?」
『それは恐らく、君の両親が教えてくれなかったであろう………人の《温もり》ってやつを初めて感じたんだろうさ』
「……《温もり》………これが……………。ってあれっ、どうしちまったんだよ、ウチは。…くそっ……涙が、止まんねぇ……………」
いつしか、朱音の瞳からは涙が流れ出ていた。
人の温もり、それは今まで誰からも親身に寄り添ってもらえなかった朱音にとって、良い意味で耐え難いものだったのだろう。
皐月の優しい重圧に抱えてきた苦悩が込み上げ、その全てが吐き出されるような勢いで流れに流れる大量の涙。
小さい頃から両親に受け続けてきた虐待の影響からどうしても人と馴染むことが出来ず、いつも他人とは一定の距離を置いていた彼女だからこそ、そんな自分に本気で向き合おうとする皐月のような存在は、それこそ最初はうざったい奴としか思えなかった朱音の心を、気付けば良き方向へと開かせてくれた。
この教育実習生は……目魂主である存在の皐月は今日、一人の人間を……目魂主を救ったのだ。
普通ならばそんなこと、出来る筈がない。
目魂主同士が対面したらそれは他でもない自分自身の命の為に、それこそ他の目魂主のことなど気にも止めず、目の前の目魂主の眼球を奪いに闘い合うのが当然の流れになることはほぼ間違いないからだ。
しかし皐月は、涙を流す朱音を前に何一つ手を出さず、ただ一言。
『頑張ったね―――』
これまで苦しい思いを抱えてきた、心悲しい朱音に対する労りの言葉を投げ掛けたのだった。
目魂主である前に一人の先生として――、あるべき姿勢を全うし、導き救った瞬間である。
そうしてこの闘いは、誰の眼球も奪うことなく幕を閉じた…………もはや争いは終わり、皐月がドライバーに手を掛けて変身を解いた、誰もが気の緩むその一瞬のことだった。
「ぐっ、なんだ突然痛みが………ぐああああああああぁぁぁぁぁ――――ッ!」
突如として、悲痛を上げ始めたかと思えば、バタリと倒れ痙攣を起こす皐月。
すると気絶していた筈の朱音の不良仲間の一人、骸狩野唯羽がいつの間にか意識を取り戻し、頭を上げて唐紅の瞳を彼女の方へと向けていた。
「……誰だか知らねぇがさっきの鎧のようなあの姿――、ありゃあどう考えても目力以外の何ものでも無ぇぜ。
姐サンの目を奪おうとしたンだろうが、ウチの目力:【死苦這区】が発動した今――、睨み飛ばした対象者を中心に半径約五〇メートル圏内の区域にいる相手諸共、それはそれは地面に足を付くことすらままならない死ぬほど苦しい痛みに襲われ……って、ぎぃやぁぁあああああああぁぁぁぁッ!」
「そこは空気読むところでしょう、先輩」
唯羽の開眼に気付いた悠人が【借離蔵視】を発動。
彼女は自身の能力を受け、痛みのあまり一人泣き叫ぶのだった。
こうして、不良グループとの闘いは今度こそ本当の意味で幕を閉じた。
放課後――、別の目魂主から目魂を奪わなければならないが、これでいい。
同じ学校に通っている生徒と殺し合いなんて、全くもって気分の良いものでは無いのだから………
伊駒皐月が目魂主になるまでの経緯
四年前の大震災に巻き込まれ、酷く大怪我を負いながらも生き延びた皐月の弟ー『伊駒颯斗』。
弟を助けようとして身を乗り出した姉の皐月は颯斗以上に酷い大怪我を負い、一度は死亡。
だが例の天国にてヘアムと出会い、弟の為に生きたいと決意し、生き返ることに成功した彼女は、目魂特有の強力な自然治癒力によって怪我が完全に完治。
自分だけが動けるようになった悲しい現実に涙するも、動けない颯斗の為に皐月は彼の手となり足となり、そうして現在も弟を支えている。
そんな皐月だが、作中では特に彼女の身長について特に書いてはいなかったが、死亡してしまった当時の身長は意外にも172cmとそれなりにあり、女性の成長期は平均して十一歳頃と言われているが、皐月もそのぐらいの年齢の時からその身長があったという。
そしてあの時、弟をきちんと守れなかったことを一人勝手に自分のせいだと抱え込むようになり、それ以来――、何かあるごとに頭を突っ込むような性格へとなった。
今度こそ、自分が守れる存在になるのだと………




