⒉ 処憂餓威(2) 新たな右目
目魂主:【目刺】少女の見た目は以前と異なる状態であった。
失った筈の右目には新しく眼球が埋め込まれ、何やらピンのような金具が四箇所、目の周りに止められていた。
一体、彼女の身に何があったのだろうか?
時は数週間前に遡る。
「なぁ、頼むよぉ。命の代わりにもならないただの義眼なんて移植していてもさぁ、これまで通り目魂主とやり合うってなると、命一つじゃ余裕が無いわけ。
だってそうじゃん。今まで二つあった命が一つになっちゃったんだよ?生きてると一度はこんなこと感じたことがあるだろ?
ほら、なんつーか、これまであったものがねぇと不安になったり、落ち着かなくなったりするあのモヤモヤ感。あーあ、何処かに都合良く目魂持ってる奴いないかなー?」
場所はブシュラ邸。その日、彼女はその家の主であるブシュラ本人と何やら相談をしていた。
あの一件で斬月から右目を奪われてしまった彼女は、取り敢えずはブシュラから貰ったあの報酬金を使い、島の眼科で義眼を移植して視界を取り戻したのだが、どうにも一つ失った命が無くなってしまったことが気になってしょうがない様子である。
「私はお前が一度片目を奪われていたなんてこと、全く以て知らなかったのだが?」
「そんなの、いつもみたく目魂の受け渡しで来て見たら、丁度その日はお食事中のところだったブシュラさんは、特に食事の手を止める様子も無く、一度としてウチに目もくれなかったからじゃん。
更にはお宅のメイドさん、その日包帯で覆われたウチの顔見てた筈だけど、そのことについて一切触れてこなかったし。
気を遣ったのか知らないけど、相手が怪我人なんだし何か気の利いた言葉の一つや二つ、掛けてくれても良かったとは思わね?」
「そういや、そんな日もあったか。道理で私が知らなかったわけだ。リンジーも特にそんな話を私にしてこなかったからな」
「ウチに対する関心は0なん?そりゃ、ヘコむわ〜〜」
「なら聞くが、そもそも奪われた目を義眼ではなく目魂で補いないと言うのなら、あの時に差し出した目魂を自分に移植しようとは思わなかったんだ?」
「決まってんじゃん。移植する為の金が無かったわけ。……それにウチを置いて身勝手に逃げ延びようとした女の目魂なんて、死んでも入れたくねぇし」
「と言うと、あの時の目魂の見返りとして渡した金で取り敢えずは義眼を移植したと」
「そゆこと。つーわけで、ブシュラさんの秘蔵コレクションからお一つ、ウチに譲ってくれると嬉しいなー♡」
「はぁ……しばらくぶりに顔を出したかと思えば、目魂を渡すどころか貴重な研究材料を貰いたいだの言いおって。あれから一つぐらい回収出来てないのか?」
「いやぁ、それが全く………てへっ」
「可愛こぶって誤魔化せるか。少しは自分に甘えてないで健闘する意識を見せたらどうなんだ」
「ちぇ~~、つまんないの」
「まぁ、仮に目魂を一つ渡してやったとして、移植する為の金はあるのか?」
「それはあるような、無いような………てへっ」
「やれやれ、その感じだと無いな」
「目魂があれば、また何処ぞの目魂主から一つや二つ、奪ってくっから。ね、お願い!」
「確実にそれを実行してくれる保証が無い以上、目魂とお金、その両方を簡単に与えてやることは無理だ」
「いやいや、その先行投資は絶対無駄にしないからさ。ここはどうか頼むって、ブシュラさんよ」
「だからその代わりと言っては何だがここは一つ、私の実験に協力してみる気はあるだろうか?」
「実験?」
「確か、欠けた命を元に戻したいみたいなことを言っていたな。つまりは目魂で無くとも、それを可能にさせる代用品でも良いと言うことだ」
「えっ?何言っちゃってんの?」
「ひとまず私に付いて来い。話はそれからだ」
そう言うと、ブシュラは彼女を例の秘密の研究室へと案内した。
「うげぇ~、右見ても眼球、左見ても眼球。何だこの部屋、趣味悪過ぎじゃん。それになんか臭ェし」
中へと入るなり、彼女は研究室内での不平不満をたらたらと我慢出来ず思ったことを口にした。
だが、ブシュラはそれで気に障る様子も無く黙って先行する。
「ほ?何なんあれ?」
嫌々ながら奥へ進んでいくと、彼女の目にあるものが入った。
彼女の視線の先――、室内の奥にあった作業台の上に置かれた白い布………、その上には一つの眼球が乗っかっていた。
ブシュラは布と一緒にそれを持ち上げると、彼女に見せるように目の前に持っていっては、おもむろに口を開き始めた。
「正にこれこそ、さっき話した代用品と言うやつだ。
これまで回収してくれた多くの異なる目魂から共通に発見された成分を抽出し、私なりにいくつもの仮説を立てたりしながら、その成分を分析し続けた結果、目魂に備わる命を与える働きを持った義眼、こいつはそのプロトタイプと言ったところか。
人間サイズの義眼はこれが初めてだが、すでに小型品を製作し、モルモットでの蘇生実験には成功している。
何匹かに一匹の割合と言ったところだが、そいつは単純に目魂主になった者と同様、例の痛みに耐えられたか耐えられなかったかだけの問題であろう。
すでに目魂主であるお前であれば、その適性は十分にあることだし、問題無い筈だ。
残念ながら目力については、まだまだ分からない部分が沢山あって、分析が進んでおらず、これにはその要素が組み入れられて無いが、こいつには…………」
ジャキッと何か奇妙な音が義眼から聞こえると、突如として眼球の丸いフォルムに沿って折り畳まれた四本のアームが突出し、その全貌が露わになった。
「このように四本のアームが突出し、それらが体内で視神経を繋ぐ手術を施し、これ一つで移植が出来てしまう優れものだ。
なぁに、心配するな。私の知り合いにアリソン・メイ・颯町と言う名前の、この島一番の大きな眼科である【そよまち眼科】と言うところで眼科医をしているかなり腕の立つ女医の協力の下――、作り上げた最高のアームだ。
下手な眼科医よりも、よほど信頼出来ると思うが?」
「うげっ、そんな気色悪ぃモノを自分に移植するとか、生理的に受け付けられないんですけど。それとアリソン・メイ・颯町?誰なの、そいつ?」
「その手の業界では世界的にも知られている名医だ。技量は勿論――、最新の眼球移植機器【ASYURA】の監修をしたことで有名なんだが、お前にそれを話しても分からないだろうな。一言で言えば、眼科界のエキスパート的存在と言ったところだ」
「取り敢えずは凄いんだなってことだけは伝わったけど、なんつーか…………」
「不安……か?そもそもこの眼球を人間で試したことが無い自体、初めから信頼出来るという方が難しいだろうな。
だがお前にはただの一般人とは違い、すでに片目に目魂があるというアドバンテージがある。
片目であろうとその目に命があるならば、その目魂を取られない限り、たとえ何らかの形で万が一にも手術トラブルが発生したとしても、これと言って死にやしないさ。
それにいくら命の危険が無いからと言って自分を実験体に使われるようなことは、どうしようもなく不愉快極まりないだろう。
ならこの話に乗っかっても良いと、こいつを移植しても良いと思える利点とは何か?
それはだな、金を取らないということだ。どうだい?命ある眼球がタダで移植出来るんだぞ。移植代の持ち合わせが無いお前にとっては、これ以上無い話だと思うのだが?」
「良いように引っ括められている気はするが、この際だ。タダってんなら、騙されたと思ってその実験とやら、付き合ってやろうじゃん」
「………チョロいな」
思わず、本心をぼそっと口にするブシュラ。
「何か……、やなこと言った?」
「いやなに、良い返事だと言ったのさ。とまぁ、早速取り掛かるとしようか。済まないがそう都合良く麻酔が無くてな、その代わりにだ」
さらりと嘘言を交えつつ、そう言ってブシュラは着ていた白衣のポケットからスプレー容器のようなものを取り出すと、プシュッと何か霧状の液体を彼女の顔の前に吹き掛けた。
「ぶっ、何を掛けやがっ……………」
突然、バタリと死んだようにその場に倒れ込んだ彼女。
「おっと、ちと強力に作り過ぎたろうか。まぁ何にせよ、これよりこの眼球を使った実験を始めるとしよう」
そうして彼女は奇妙な義眼をその身体に移植するのだった。
颯町のASHURA開発の経験から生まれた人工目魂アーム技術、ブシュラの長い研究の日々に知り得た目魂データと大量の目魂摘出サンプル、それとある者の存在がこの人工目魂の開発に関わっていたことを彼女が知るのはまだまだ先の話である。




