第八話 逃走
シオンとセイルは、職員の後に続いて急いで部屋を出た。
職員は以前セイルが向かったドームとは逆の方向へ足早に向かう。
通路をしばらく進むと、エレベーターが見えてきた。
ジュディスがエレベーターのボタンを押す。
そして待っている間に、シオンは直ぐ付近に備え付けられていた電話で、何者かに連絡を入れていた。
三人は急いでエレベーターに乗り込む。
エレベーターが上昇を始めた。
「ジュディス、ドラゴン共と言ったが、それはつまりまた世界が繋がってしまったという事か?」
ジュディスと呼ばれた職員は、非常に焦った口調で返事をした。
「そういう事ですよ! 最初のあの"もどき"はやっぱり斥候だったんじゃ……」
「いや、それは無いよジュディス。それどころかドラゴン共のリーダーだったのではないだろうか。なにせあのドラゴンは執」
エレベーターが強い衝撃に見舞われ、シオンの言葉を途切れさせた。
「……ここを狙っている、というよりもこれは……」
シオンとジュディスはセイルの方へ視線を向けた。
「……えっ? えっ?」
セイルは二人の意図が読めず、ただ困惑するばかりだった。
「現れたドラゴンは、その、普通の姿なのかな?」
「ド普通です!」
エレベーターが目的の階に着いた。
扉が開くと同時に素人耳にもわかるほどの、明らかな戦闘音が聞こえてきた。
耳を劈く様な銃声や砲撃音の数々はセイルを不安に駆らせる。
そこは施設のエントランスのようだった。
だが、戦闘のせいか半壊している。
天井が一部吹き飛んでいた。
エントランスから先、恐らく施設の外園部には軍隊と思しき集団が散開していた。
空へ向けて機銃を放ち、ロケット砲を打ち込んでいる。
そしてセイルは空に、大量の戦闘機とそれと交わるように飛翔する夥しい数のドラゴンが舞っているのをはっきりと見た。
「どうなってんだよ……」
セイルは呆気にとられた。
大挙して押し寄せるドラゴンの大群に脅威を覚える。だがそれと同時に猛烈な食欲が襲ってきた。
「済まないがセイル君、説明は後だ」
セイルを無理やり引き連れ、シオンとジュディスは施設エントランスを抜け出る。
兵士の一人が急いで三人の元に駆けよってきた。
「他の職員方は無事ですか!?」
「あそこは地下ですし、エルフの加護がありますからドラゴンの攻撃などでは早々ダメージは受けません」
「オカルトは私には良くわからないが、兎に角こちらへ! ……そこに居るのが例の青年ですか? 聞いていたよりも普通だが……」
「そうです。では手はず通りに……」
手はず、に関してセイルが質問をする間を、しかし兵士は与えてはくれなかった。
「わかりました。君、こちらへ」
兵士はセイルの返事も聞かず、ほぼ無理やりに等しくセイルをどこかへ連れていく。
施設外園の少し進む。
セイルの連れられた先には、一機の戦闘機が待機していた。
「さぁ君、乗り込むんだ」
言われるがまま、セイルはその戦闘機に乗り込んだ。
二人乗り用のコックピット内は、前方にパイロットシートが設けられている。
その兵士はこの機のパイロットだったらしく、慌ただしく整備士達とやり取りをしながら、発進の準備を進めていた。
「あぁ、シオンさん、ありがとう。俺を巻き込まないように、この場から逃がしてくれようとしているんだ……」
セイルは思わず安堵し、ため息を漏らした。
今も空には夥しい数のドラゴンが舞い続けている。
エントランス前から見上げた時よりも、ドラゴンの大群は高度をだいぶ下げているようだった。
「さて、急いで出るぞ!!」
パイロットはそう言うと装備の点検を素早く済ませる。
セイルは酷く緊張してきた。
なにせ戦闘機に乗り込むという経験は並の人間にも出来ないものだ。
「緊張してるな? なぁに心配するな! 俺の腕前は一流さ! おとりだってこなせるさ!!」
「……おとり?」
パイロットの返答は無い。
前方の席にパイロットが乗り込むと、急いで発進の準備を進める。
セイルはパイロットの座る席を、後方からただ眺めていた。
すると突然、急激な負荷がセイルの身を包んだ。
戦闘機が空に舞い上がっていく。
とてつもない圧になんとかセイルは耐えることが出来た。
セイルを乗せた戦闘機は、上空を舞うドラゴンの大群に次第に近づいていく。
セイルはこの時点で、このパイロットは自分を避難させてくれるわけでは無いという事にようやく気付いた。
「……おとり!?」
セイルを乗せた戦闘機は、このドラゴンの大群の中心に突っ込んでいった。
当初、迎撃に出ていた他の戦闘機へと攻撃を仕掛けていたドラゴンの大群だが、この直後にセイルの乗る戦闘機へ攻撃目標を変更したらしく、直ぐにその後を追ってきた。
全てのドラゴンがほぼ同時に、セイルの乗る戦闘機へと攻撃の体制をとってきた。
「本当についてきやがる!! お前何者なんだ!?」
戦闘機が急旋回をかけ、追随してくるドラゴンをなんとか巻こうとする。
だがその後姿を、空を舞う全てのドラゴンがしっかり捉えていた。
何頭かのドラゴンが炎を口から吹いているのがセイルにはハッキリと見えた。
機体まで届くほどのモノではないが、その勢いの凄まじさにセイルは少し恐怖した。
セイルを乗せた戦闘機と、それに追随するドラゴンが織りなす列は、地上からはまるで巨大な蛇が宙を舞っているかのように見えた。
兵士達はこの隙を逃さなかった。
「本当にあの戦闘機だけを狙い始めたぞ!?」
「チャンスだ!! 一気に叩く!!」
戦闘機が一斉にドラゴンの大群へと攻撃を仕掛ける。
機銃が炸裂し、ミサイルが飛び交う。
攻撃の命中を受けたドラゴンが悲痛な叫びを上げながら次々と堕ちていく。
それでも尚、糸を引くようにセイルの乗る戦闘機の後を追うドラゴンの大群。
まるで何かに憑りつかれているかのように、一心不乱にセイルの乗る戦闘機だけを目指している。
その光景を地上から観ていたシオンの心境は複雑なものだった。
「驚くほどの数のドラゴンが現れ、今まさに目の前で戦いが繰り広げられている。だが……」
冷静さを幾分か取り戻していたジュディスがシオンの言葉を繋いだ。
「そうですね。これは始まりでしょう。ドラゴンの世界とこの人間の世界の境界が失われてしまいました。即ちドラゴンの世界の監視者がその使命を果たせなくなった、という事です。つまり……」
「そうだなジュディス。エルフの世界の次に、あのニューとやらはドラゴンの世界に手をかけたのだ。或いは、他の世界ももう手遅れになってしまったのかもしれない。そうやってあらゆる世界を征服し、その度に実験を繰り返していたとしたら」
セイルの戦闘機を追うドラゴンの数は次第に減っていった。
おとりに釣られ、その背中をただ追い続けるドラゴンは、攻撃を仕掛ける戦闘機からすればただの的に等しかった。
それでも全てのドラゴンが、曲芸飛行に等しい急な軌道をとりながら逃げ続けるセイルを乗せた戦闘機を追い続けた。
「まずいぞ……! あまりにしつこすぎる」
パイロットが不安そうに声を漏らした。
セイルはそれとは正反対に、まるでアトラクションを楽しむ少年のような声で答えた。
「ま、まずいって何が! 凄いですよ! 追ってくるドラゴンはどんどん減ってますし! あとで下に降りてドラゴンの死骸でも漁りたいもんだ。死んでいてもあいつらはきっとうまい」
「何言ってんだお前!! クソ、想定よりも時間がかかりすぎている……。ジェット戦闘機ってのはこういう飛び方を続けるのは良くないんだよ!! 増槽も取り付けてないし、燃料がもう底をつきそうなんだ」
「あ、そ、それは大変ですね……」
口ではそう言うセイルだが、しかし内心ではこの状況を楽観視していた。
セイルはこの時、外傷で死ぬことは無いというニューの言葉を都合よく思い出していた。
ニューの言葉には多くの虚偽が含まれていた。
だがセイルは少なくとも一度、外傷の無効化を体験していた事からこの点は真実であると踏んでいた。
つまりセイルは、この機が墜落したとしても自分は生きる事が出来ると考えていた。
「貴方、考え方がちょっとあまいわよぉ」
聞き覚えのあるその気味の悪い話し方に、セイルは思わず苛立ちを覚えた。
「……出たな綿屑、 今度はどんな嘘を言いに来たんだ!!」
いつの間にかニューが機内に現れていた。
戦闘機の急旋回と急加速の連続で、浮遊しているニューは身体を安定させることが出来ないようだ。
ニューの身体はコックピット内を不規則に跳ね飛ばされては、キャノピーや座席に打ち付けられていた。
「なんか言ったか青年!! 今の俺に雑談している暇はねえんだ!」
「あ、いやその、気にしないでください」
ニューの身体はこのパイロットにも何度もぶつかっているが、パイロットは何も気づかない様子だった。
「貴方は外傷では死なないわ。あたしをとり込むことであたしの専属執行者になったから、貴方には正常化の力が備わっているのよぉ」
ニューは跳ね回りながら、しかしまるでそれを気にも留めずにセイルに話しかけてくる。
「それはもう聞いた。そして俺は、お前が偽物の監視者だって事も知ってるんだよ!!」
「偽物じゃないわよぉ。そうね、シオンとか言うあのエルフ被れのヒューマンはよく見抜いたわねぇ。でも、もう遅いのよ」
「悪いがもう俺はお前に協力はしないぞ! 何を言われてももうお前の言葉なんぞに乗せられるかよ」
「ほんとかしら?」
ニューがにやけた様にセイルは感じた。
「なんだよ、何が言いたいんだ」
「貴方は外傷では死なないわ。つまり貴方を消滅させる方法は限られてるって事なんだけど、その方法のひとつにドラゴンブレスっていうのがあるのよねぇ。ドラゴンの炎は魂を葬る。貴方の魂ごと殺せるのよ。ふふっ! 貴方死ぬわよぉ!」
「う、嘘だな! そうやって俺に何かさせようと誘導しようとしているんだ」
「貴方を追うドラゴンが全滅するか、それとも貴方の魂が焼き尽くされるのか、どっちが先かしらねぇ」
コックピット内に警報音が鳴り響く。
それは、燃料が底を尽きた事を知らせるものだった。
パイロットが叫ぶ。
「まずい、もう限界だ!! おい青年、脱出準備だ!!」
セイルを乗せた戦闘機は次第に減速していく。
既に燃料が切れ、機体は滑空している状態だった。
後を追うドラゴンはその数を大きく減らしていた。
ドラゴンの生き残りはたったの五頭だった。
その五頭が、尚も凄まじい執念に憑りつかれたかのように、セイルの機体に追従している。
次第に速度を落とす戦闘機とドラゴンとの距離は確実に縮まっていた。
「だ、脱出って、コックピットから弾き飛ばされるアレですか!?」
「そうだよ!! そうしなきゃ墜落してお陀仏だぞ!!」
「バカか!! 今外に放り出されたらそれこそお終いだ!! 俺は死にたくないんだよこのクソ軍人!!」
「死にたくないなら脱出しろって言ってんだろ!!」
「この野郎!!」
セイルがパイロットに掴み掛った。
パイロットもまたセイルに抵抗し、二人は掴み合いになる。
その間にも、五頭のドラゴンは距離を詰めてくる。
他の戦闘機は、ドラゴンとセイル達を乗せた戦闘機の距離があまりにも縮まりすぎた為に、誤射を恐れて攻撃を仕掛ける事が出来ない。
「こうしてやる!!」
セイルがパイロットにチョークスリーパーを仕掛けた。
「がぁぁぁああ!? おっ、お前っ……!!」
パイロットは何とか組み付きから逃れようとする。
しかし体制的にもセイルの方が圧倒的に有利な位置に居る。
その上、パイロットは座席に着いた状態のままだ。
セイルは決して筋力のある青年では無いが、この状態でチョークから逃れるのは至難の業だった。
セイルは、パイロットの力が次第に抜けていくのをその腕に感じ取った。
そして、トドメをさすように、更に腕に力を加え締め上げる。
「さようなら、あたしの創った初めての完成品ちゃん」
ニューの言葉に、セイルは一瞬気を取られた。
その直後、パイロットが最後の力を振り絞って、脱出装置を起動させた。
爆砕ボルトが発動し、瞬時にキャノピーを機体から射出する。
それをセイルが認識した瞬間、今度は座席に衝撃が走った。
そしてセイルは、座席ごとドラゴンの舞う真っ青な空へと投げ出された。