第七話 贋者
シオンに連れられ、セイルはもはや見慣れたあの白い部屋に再び戻ってきた。
職員達がテーブルと椅子を室内に運び入れ、紅茶を淹れる。
「……あの、シオンさん。その、見解というのは……?」
セイルは不安そうにシオンに話しかける。
シオンは紅茶を一度含んだ後、少し間を開けてからようやく話し始めた。
「私達がエルヴェン・サクセサーと名乗っていることは以前話したね? その言葉の通り、私達の組織を作ったのは、一人のエルフだった。彼はエルフの世界、使徒により生み出され忘れ去られた残滓の世界の一つから、この人間の世界へやってきた。執行者として」
シオンはセイルとは目を合わせず、どこか遠くを見ているかのようだった。
「彼がこの世界にやってきた理由は、我々への警告が目的だった」
「警告、ですか……?」
「そうだ。彼は語った。主であるエルフの世界の監視者が、何か別の存在、外なる存在に喰われた、と。そして監視者を喰らい、自らを監視者と名乗るようになった外なる存在はエルフの世界を破滅させた。執行者だった彼は最後の力を振り絞り、警告の為にこの人間の世界へやってきた」
セイルは、シオンの見解とはどういうものか、この時点である程度推測できた。
だが、それを口にするのが恐ろしく思えた。
「エルフの執行者は、いずれやってくるであろう外なる存在に対抗するために、エルフの術を我々に与えてくれた。そしてその特性を教えてくれたのだ。いいかねセイル君。執行者は他者を取り込み力を奪うことで成長すると、君はそう言われたと言っていたが、それは違う。それは外なる存在の持つ特性だ」
「つまり、俺は自分が執行者だと思い込まされているって事ですか……?」
「そうでは無い。確かに君は執行者なのだ。だが、監視者を取り込み、その性質を得た存在によって創り出された。つまり本質が異なる存在が創り出した君には、それ相当のイレギュラーが伴ってしまっている、といった方が正しい」
暫しの沈黙が訪れた。
セイルは何も言葉を発せず、ただ俯くばかりだ。
そのセイルの姿を、シオンはただ眺めていた。
数分ほどの沈黙の後、シオンが再び話し始める。
「あのドラゴンだが、君の中にあるものと同じような力を私は感じた」
「お、俺もそう思いました。でもそれって……。ニューは、監視者が執行者に取り込まれるのは全ての世界で初めての事だと。それも嘘でしょうか?」
「……"成功例"は、という意味かもな。執行者は本来そうなった瞬間から、ある種の魔法に根差したような力を得るのだ。だが君は違う。君はむしろ、執行者としてどころか、一人の人間としても大きく劣化している。成長や進化を他者にのみ依存している。それはハッキリ言ってこの世界において最大のイレギュラーと言えるんじゃないか」
シオンはそこで一息つくように紅茶を口に含み、セイルに視線を移す。
だがセイルは何も言おうとしないので、シオンは再び話し始めた。
「外なる存在であるニューは監視者を取り込んだ事でその性質を手に入れた。だが同時に、監視者としてのある種の縛りも同時に引き受けなければならなくなったのだろう」
「監視者の約定……。ニューは確かそんな事を言ってました」
「それだな。だから、奴の真の目的こそ分からないが、自らこの世界に手をかける事ができなくなったのだろう。だから奴は監視者の力で執行者を生み出し、その存在に自身の目的を代行させようとした、と私は考えている」
その時、二人の居る部屋に、職員の一人が酷く慌てた様子で駆けこんできた。
「どうしたんだ?」
職員は少し呼吸を整え、酷く怯えた表情で話し始めた。
「ドラゴン……、ドラゴンが……」
「ドラゴンがどうした。まさか、ドームを破ったのか?」
「違うんです! ドラゴンが……、ドラゴン共が!!」
シオンの表情が一瞬で強張った。
「一体何が……? どういう事ですかシオンさん、外で何が……」
「私にもまだ詳しくは分からないんだ。だが、一つだけ言える事がある。君の出番だ」