第六話 消失
ドラゴンもどきは身を起こす。
そしてセイルの方へと向き直った。
「やはり、君、君達に呼応しているのか。或いは……」
シオンは目の前に仁王立ちしているドラゴンもどきに身じろぎ一つしない。
ドラゴンもどきもまた、そのすぐ足元に居るシオン達には興味を示していない様子だった。
ドラゴンもどきはセイルの方へと歩みを進めようとしたが、バランスを崩したのかその場に崩れるように倒れた。
「……あらぁ、まだ再生が追いつききってないみたいじゃないのぉ。ほらほら、殺すなら今よ。貴方の手であのドラゴンもどきちゃんの命を断って! ほらほら!!」
ニューが囁くようにセイルに話しかける。
セイルはしかし何もしようとはしていなかった。
セイルはドラゴンの肉の魅力に取り憑かれ、本来であれば直ぐにでも飛びかかり、骨まで味わいたい衝動に囚われていた。
だが、それすら押さえ込むほどの疑念を、このニューという存在に対して抱いていた。
セイルはこの最中、ドラゴンもどきが再び目を覚ました瞬間に、最初にこのドラゴンもどきから攻撃を受けた時の事を思い出していた。
他のバスの乗員と共に一度死んだはずのセイル。
ニューはそのセイルの心の中にある邪悪で底知れないエネルギーを感じ取って、セイルを執行者に選んだと言った。
「ニュー……。お前は嘘をついている」
「何よ、こんな時に。それよりもドラゴンもどきちゃんが襲ってくるわよぉ!!」
「お前、執行者に俺を選んだのは、死ぬ直前の俺の心を読んだからだと言っていた。でもお前、俺の心が読めるのは俺と精神が融合しているからだと、そう言ったよな」
ニューは何も答えようとしない。
それどころか、いつの間にかセイルの視界から消失していた。
ドラゴンもどきが再び立ち上がるが、やはりセイルを攻撃しようとはしない。
ただセイルの方を向いたまま、まるで敵性対象を突如見失ったかのような、暗闇の中で何かを探るかのような、そんな挙動を見せていた。
そこへシオンがセイルの元に歩み寄ってきた。
「……ニュー、と名乗る存在は何か言っているかな?」
「それが、熱心にあのドラゴンもどきを殺せって俺に言ってたんですけど。アイツの発言の矛盾を指摘したら、その、消えました」
「なるほど……。ドラゴンもどうやら、ニューを見失ったようだな」
ドラゴンもどきはいよいよその場に伏せるようにして、再び眠りにつこうとしていた。
もはや攻撃の意思など全くない様子だ。
「ニューは、君の手で殺せと、"魂を奪え"と言ったかね?」
「はい。たしか、そんな事を言ってました」
「……やはりな。使徒の作りし"外なる存在"か…… 。では、ニューのその願いを反故にしてやろう」
そう言うと、シオンは首から下げていたアクセサリーを手に取り、セイルと他の職員達をこのドームの入口の扉まで引き返させた。
セイルはシオンがドラゴンもどきに触れて何かをしているらしい姿を見たが、詳細を掴むことが出来なかった。
しばらくすると、シオンも入口に戻ってきた。
「すまんが、皆の力も借りたい。何せ異界の生物を封殺するのだ。私一人の人間の力だけでは荷が重い」
その言葉を聞いたローブ姿の職員達は、皆シオンが持っていたのと同じようなアクセサリーを首元から取り出し、各々がそれを握り締める。
シオンと職員達が、皆一斉に何かを唱えだした。
セイルはそれが、ニューの言っていたエルフの術の一つであるだろうという事は予想がついた。
だが、その直後に何が起きるかまでは想像できなかった。
セイルは薄暗いドームの先の方に、凄まじいエネルギーを感じた。
直後におそらくドラゴンもどきのものであろう絶叫に近い咆哮が聞こえ、セイルは思わず身震いした。
シオン達は"詠唱"を続ける。
ドラゴンもどきがのたうち回りながらも、じわじわと入口の方へやってくるのがセイルには見えた。
ドラゴンもどきの全身に何かのエネルギーが纏われていた。
というより、何かに蝕まれているようにセイルには見えた。
しかしそんなものはセイルにとって些細な事のように思えた。
ドラゴンもどきは、ドラゴンもどきでは無くなっていた。
その首から先は、とても優雅で高貴さすら感じさせる美しい竜鱗に覆われた、正にドラゴンと言うべき頭部があった。
胴体から生えていた触手は失われ、代わりに鋭利な鉤爪を備えた前腕がそこにはあった。
その身体を黒いエネルギーが蝕むように這っている。
「君には見えるかな? あの悍ましいほど黒く汚らわしい力が」
セイルはただ、黙って頷く。
ドラゴンの身体に纏わりつくエネルギーを感じた時、セイルはそれと同じものが自分の中にある事も感じ取っていた。
シオン達の詠唱の声に力が籠もる。
ドラゴンは、苦しそうに声を上げながら入口まで這ってきた。
だが、とうとう力尽きたのかその場に頭を垂れて動かなくなった。
すると、ドラゴンの身体が強い光に包まれる。
シオンが扉のレリーフに、首元から下げていたアクセサリーを押し当て何かを唱えた。
そして、扉はゆっくりと閉じていく。
完全に扉が閉まり切るその直前まで、光に包まれていくドラゴンの姿をセイルはただ見つめていた。
「……さて、セイル君。私の見解を話そうと思う。君と、外なる存在を名乗ったものについてのね」