第三話 セイル・ラモーン
セイルは、ヴァンダ州ナナ地区に産まれた。
幼い頃はとてもおとなしい、普通の少年だった。
セイルが8歳の頃だった。
彼の同級生達は皆、とあるゲームソフトに夢中になっていた。
セイルも当然そのゲームを欲しがった。
だが、セイルの家はとても厳しく、ゲームなど到底買い与えては貰えなかった。
それどころか、両親からは厳しく叱責された。
セイルはこの時、何かを欲しがるという気持ちを抱く事は悪い事なのだと思った。
セイルが12歳の頃、彼は裕福な同級生が主催したホームパーティーに呼ばれた。
パーティーでは、とても豪勢な料理がテーブルに並べられていた。
セイルの家は決して貧しくは無かったが、初めて視たその光景に胸が躍った。
セイルはそれを夢中で皿に盛りつけ、気が済むまで頬張った。
その姿を見た同級生たちから、セイルの行動は余りにも下品で意地汚いと非難された。
更に翌日から、同級生達から奇異な目で見られるようになった。
セイルは人間的な幸せよりも、世の中の常識やルールを優先し、それに従わないといけないのだと思った。
15歳になったセイルは、同じ学校に通うとある少女に恋をした。
セイルは思い切ってその少女に気持ちを伝える事にした。
セイルからの愛の告白を聞いた少女は、心の読めない視線をセイルに向けながらただ一言だけ言葉を返して、セイルの前から足早に去っていった。
セイルは自分の気持ちに素直に従う事は無意味だと思った。
そして気持ちを他人に伝えてもどうにもならない、何も変わらないのだと思った。
18歳になる頃には、セイルはとてもつまらない人間になっていた。
自分自身も少なからずその自覚はあった。
周りの人達からは、何を考えているのか分からない青年、という認識でしか見られていなかった。
大学に入ったものの、友人も出来ずサークルやクラブに所属する事も無い。
大学から少し離れた都市部にある大学寮にセイルは住んでいた。
当初ルームメイトが居たが、そのルームメイトはセイルの事を気持ち悪り、部屋を出ていった。
セイルは完全な孤独だった。
成績が特段良いという訳でも無く、むしろ無気力な学生らしい妥当な成績だった。
だがこの頃になると、セイルの心の中はおぞましいもので溢れかえっていた。
他人への不平不満、世の中への復讐心、底知れない承認欲求。
四六時中それらの感情が心の中を巡り続けていた。
いつからかセイルは、そんな負の感情の中から、次第に空想の世界にのめり込むようになっていった。
この世界がもし自分の思い通りになったらどれほど素晴らしいものになるだろう、セイルは頭の中に作り出した架空の世界にどんどんのめり込んでいった。
頭の中で描かれる自分の姿は、もはや人知を超えた存在であり、世界中を思い通りに作り替えられた。
そんな妄想に憑りつかれて暫く経ち、セイルはやがて神という存在に対して異様な執念を抱くようになった。
しかしそれが実現しないことは理解しており、実際にはなんの取り柄もない落ちこぼれた大学生であるというギャップは、セイルの中に更なる負の感情を生み出すスパイラルの要因となった。
そして行き過ぎた妄想と負のスパイラルがセイルの中に見出した答えは、自身の存在価値に関するものだった。
セイルの中に深く押し込められたおぞましい記憶と感情の数々は、セイル自身も気づかない間に彼の中に選民的な意識を芽生えさせ始めていた。
深層心理の領域に於いて、セイルはもはや妄想と現実の区別がつかなくなっていた。
20歳になったセイルは、この日もいつもと変わらない一日を送るのだろうと思いながら、昼間に目を覚まし、だらしなく身支度を整えて、バスに乗り込んだ。
そして彼の乗り込んだバスはドラゴンもどきに攻撃され、セイルという人間は死んだ。