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クレイヴィング・コンカラー  作者: ですの
ATTACK OF THE OUTER ENTITY
2/15

第二話 食欲

消防隊は、通報を受けた事故現場へ急行していた。

尋常では無い事故が起きたらしい。


通報者の話によると、都市部と田園地帯を結ぶ幹線道路で、バスが何かと衝突し"爆ぜた"とのことだった。


通報者は事故現場からは少し離れた位置にある農家に住まう老夫婦だった。

ゆるやかな昼食を摂ろうと、庭にある手作りのテーブルに老夫婦が腰を落ち着けた瞬間、何かが頭上を暴速で飛翔していった。

その直後に衝突音が聞こえてきた。


老夫婦が驚き慌てふためきながらも音のした方向へ目を向けると、

バスが吹き飛ぶのが見えた。


老夫婦はパニックになりつつもなんとか通報した。

そして老夫婦はその現場へと足を運ぼうとする。

老いた身体を人命救助への力強い意思で強引に動かし、老夫婦は爆発のあった場所を目指す。


そこでこの夫婦は目にしてしまった。

3メートル以上ありそうな巨大な体躯を不気味に揺らしながら、バスを執拗に攻撃する謎の生物の姿を。


「あ、あれは……!!」


老夫婦はその光景に激しいショックを覚え、その場で気絶してしまった。



そんな事を知る由もない救助隊は、間もなく通報を受けた現場に到着しようとしていた。


そのサイレンの音が次第に近づいてくるのをセイルはハッキリと耳にしていた。


「誰かが通報してくれたみたいだ。助かった、骨が折れてるみたいなんだよ」


「あらやだ。貴方ねぇ、それだけじゃないわよ。骨が折れるだけでコトが済んだなんて思ったら大間違いよぉ」


「なんだ、どういう意味だ」


綿飴、今はセイルの前歯に変幻した何かは、しかし何も答えなかった。


「あらぁ、アイツ、戻ってきちゃったわ」


不意に前歯がそんな事を呟いた。

何の話だ、とセイルが問いかけるよりも早く、物凄いスピードで何かが頭上から飛来し、そのまま救急隊の方へと速度を落とさず突っ込んでいく。

一瞬のうちに救急隊の車両は吹き飛ばされてしまった。



「……は?」


セイルはその光景を前にして身動きが取れない。

自分の脳がまだ正常に作動していないのか、それとも全ては現実なのか。

そんな判断をしている暇を、しかしその何かは与えてはくれなかった。


その巨大な何かがこちらに向き直った。


「こ、こいつは……。ド、ドラゴン、なのか……?」


「そうねぇ。本来ならそのはずなのよねぇ」


セイルの前歯が、どこか含みのある言い方でセイルに言葉を返した。


セイルがその巨大な何かを見て、ドラゴンであると判断したのには理由があった。

背には大きな翼を持ち、長い尾を不気味に揺らしている。

その巨体を両脚で支えている。


だが、同時にセイルの持つドラゴンの印象からかけ離れている部分も多々あり、それがセイルの中に不釣りあいな疑問を生じさせていた。


胴体に腕に当たる部位が見当たらず、代わりに短い触手のようなものが三対、左右に生えていた。

首から先は無い、というよりも首と頭が一体化したかのような風貌で、恐らく頭に当たるのであろう部分は巨大でいびつな肉塊になっている。

眼や口に当たる器官は備わっていないようだった。


「あのドラゴンね、他の世界からこの世界に迷い込んできたのよぉ。だってこの世界にはドラゴンなんていないでしょう? 架空の存在なはずでしょう? きっと他の世界に来てしまった影響で、あんな可哀想な姿になっちゃったのかしらぁ……」


ドラゴンもどきは、先程までと違い、こちらの様子を伺っているようだった。


「ど、どうしたんだ」


「わからないのよ、貴方が何なのか」


「それどういう意味だ。訳のわからないことだらけでおかしくなりそうだよ……」


セイルの前歯はどこか楽しそうな声で語りかける。


「もう貴方はおかしくなってるのよぉ。貴方もうヒューマンじゃないもの。さて、あの子には悪いけど、貴方の最初の餌になってもらっちゃいましょう!」


ドラゴンもどきがゆっくりとした足取りでセイルの方へ詰め寄ってきた。

明らかな攻撃の意志を感じ取ったセイルは思わず身構える。


「な、なんなんだよ、どうしたらいいんだよ」


「取引しようなんて言っちゃったけど、もう貴方とあたしの取引は成立してるのよぉ! 貴方はこのあたし、監視者ニューの専属執行者として生まれ変わったの」


セイルは、次々に繰り出されるイレギュラーの数々に、いよいよ気持ちの整理が追い付かなくなっていた。

非現実的な現実の数々を前にして、セイルが非現実的な判断を下すのはある意味で当然の結果だった。


「そうか。で、何をしたらいいんだ、ニューさん」


「食べなさい、あれを」


セイルとニューが呑気に会話を交わしている内に、ドラゴンもどきが意を決したようだ。

バスや救急隊の車両を吹き飛ばした時と変わらない勢いで、セイルに向かって突っ込んできた。


「ごぶぅ」


避ける間もなくセイルは吹き飛ばされる。

本日二度目の凄まじい衝撃がセイルの身体を貫く。


数メートルほど吹き飛ばされたセイルは地面に打ちつけられた。


「……あれ?」


しかし、不思議とその身体に痛みは無かった。

それどころか、先程目を覚ました時から続いていたような身体の痛みも消え去っていた。


「ようやく貴方の魂が、執行者としての身体に馴染んできたみたいよ! やったじゃないのぉ! 今の貴方は外傷で死ぬことだけは無くなってるから、なんとか頑張ってあのドラゴンもどきちゃんを食べるのよ」


セイルはこの無茶苦茶な要件を、しかし何の疑問も持たず呑み込んだ。

この時点でセイルはもう、今起きている事の全てが夢だと思っていた。


あまりにも有り得ない事の連続が、セイルの感覚を都合よく麻痺させた。


「喰えばいいんだな」


吹き飛ばされた身体を起こし、ドラゴンもどきに向かって歩み出すセイル。

ドラゴンもどきは再び猛スピードでセイルに突っ込んできた。


だが今度はセイルはそれを横に飛び抜けて回避する。

直前にターゲットを見失ったドラゴンもどきは、勢い余ってその姿勢を崩し、道路に身を投げ込んでしまう。


道路に蹲るドラゴンもどきの元へセイルは駆けていき、ドラゴンもどきの脚にかじりつく。


それはとてつもない美味さだった。

セイルは今までこのような感動的なものを食べた事が無かった。


一口そのドラゴンもどきの肉を口にした瞬間から、セイルの中に異様なほどの食欲が湧き上がってきた。


「う、美味い!! なんだこれ!! と、止まらねえよ!!」


ドラゴンもどきが、悲痛な唸り声をあげて暴れ出す。

セイルは再度吹き飛ばされるが、直ぐに立ち上がりドラゴンもどきに飛びつくように向かっていき、今度は腹部に齧り付いた。


そして痛みに暴れるドラゴンもどきに吹き飛ばされ、しかし直ぐに立ち上がりまたドラゴンもどきの肉体を喰らう。

セイルは気がつくと、それを数分は繰り返していた。


セイルは眼に映るドラゴンもどきのありとあらゆる部位を食したくて仕方が無くなっていた。

いつの間にか、ドラゴンもどきは両脚の大半を失い、顔と思しき肉塊は汚らしく食い荒らされ、勇猛さを見せつけるかのように羽ばたかせていた翼を失い、力なく道路上でもがいていた。


しかしセイルは止まらない。

殆ど無抵抗となったドラゴンもどきの身体を、ただひたすら貪り続けた。

セイルはドラゴンもどきの肉を貪る事に夢中になりすぎていた。


時刻は間もなく午後2時を回るかという頃だ。

いつの間にか事故現場には野次馬がたくさん現れていた。


また、連絡の無い救急隊を心配した応援の隊も現場に到着していた。


多くの人々は、その現場で起きていたあまりに異様な光景から目を離せなくなっていた。

誰一人として叫んだりパニックになるものは居なかった。


その余りにも非現実的な光景は、人々の潜在的恐怖心をこれでもかという程引き出し、彼らを一種の硬直状態に陥らせていた。


そんな事には気づきもせず、セイルはドラゴンもどきを食べ続けた。

セイルの体長からして、その巨大な体躯を全て捕食することなど、どう考えても不可能に思える。

だが、そんな事を気にかけるものなど誰一人居なかった。


野次馬の内の一人が、声を発する事をようやく思い出したかのように、甲高く叫び声を上げた。

それにつられて他の人々も一斉にパニックを起こす。


その騒音で、セイルはようやくドラゴンもどきから目を離し、辺りを見渡した。


「あぁ!! 神様!!」


「誰か軍隊を呼べ!! 悪魔だ!! 悪魔が居るんだ!!」


「いやああああ!! 殺さないで!!」


人々が叫び、自分の元から逃げまどっている。

セイルはその状況こそ理解していたものの、相変わらずの現実感の無さがセイルの中から緊張感を取り払ってしまっていた。

不思議な夢を楽しめたという満足感すら覚えていた。


「あらぁ。皆ドラゴンもどきちゃんよりも、貴方の事を怖がってるみたいよ」


「まぁ、人から嫌われるのは慣れているからな」


たまたま銃を所持していた野次馬の内の何人かと、現場に到着した現地の警察官がセイルに向かって発砲してきた。

その内の数発はセイルの胴を捉えるが、セイルは何の痛みも感じない。


しかし、一発の弾丸がセイルの脳を貫いた。


セイルはそこで、意識を失った。



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