第十三話 世界会議
二度目の大陸間戦争の翌年。
疲弊しきった人類は三度この過ちを犯さない為、大陸間戦争の戦勝国家群主導で一年に一度の世界会議を開催する事を決定した。
これは各国家の最高権力者だけではなく、国の枠組みを超えて活動する組織や国家連合、一部の貴族階級も参加し、人類の繁栄の為に話し合うというものである。
十二月になり、今年もその季節が来た。
かくして今年度で二十一回目になる世界会議が幕を開ける。
開催地はワラク。
極東連合所属の国家群の一つである。
およそ二千人は収容可能な円形の大ホール内に多くの主要人物が一堂に会した。
例年では、人類同士の大規模衝突が発生しなかった事を祝うスピーチから会議は始まる。
やがて各国家や組織の現状報告に等しい内容のスピーチが行われ、最後には"最初の叡智の末裔"であるオーリアの貴族達による平和祈願で幕を閉じる。
これが一連の流れだった。
今では平和を願う熱量は既に消え失せてしまっている。
世界会議はもはや各国や各組織の体面を保つだけの事務的な会合になり果てていた。
だが、今回は異質な緊張感の中幕を開ける事となった。
開会式はとても短い言葉で済まされ、本来は各国各組織による対外向けの"アピール合戦"の時間が始まるはずだった。
だが開会式後すぐに口を開いたのはオーリアの貴族達の一人だった。
その女性は、北方大陸及び西方諸島一帯に未だ強い支配力を持つオーリアの貴族たちの頂点に君臨する人物だった。
ティアナ・リーディア・リーゼ・ヴァン・アウリア=アウギュストス、通称"女帝リーディア"である。
「……さて、皆々様よ。今日ここに集まったいずれの指導者も、皆この会議を心待ちにしていた事でしょう。今年はどうやら、正しく世界会議が機能する年になりそうだ。皆様の栄えある活動報告を心待ちにしていた方が、もし居たのなら申し訳ないが。しかし事態が事態なのだから、専門家組織の見解を真っ先に聞きたいと私は考える。なにせ我々の世界の常識は覆ったのだ。全く、ようやく人類が結束の時代を迎えたというのに」
リーディアの発言には具体性が一切無い。
しかし、いずれの参加者も待ってましたと言わんばかりにリーディアの言葉に拍手を送った。
「……では、この手の異常事態担当と言っても差し支えないであろう、エルヴェン・サクセサーのシオン・ベン=ハイムに登壇してもらおうか」
リーディアの紹介の後、シオンは座席から立ち、一歩前に出る。
会場内が再び拍手に包まれる。
だが、リーディアのそれとは違い疎らなものだった。
「……ご紹介に預かったシオン・ベン=ハイムです。自己紹介や我々の組織が何を目的としているのか、今更詳しい説明は皆様には必要無いでしょう。世界の表舞台に我々が立つ日が来てしまった事は本当に残念です。さて、前置きはこのくらいにして、我々の住むこの世界に何が起こっているのか、我々の見解を皆様にお伝えしましょう」
会場内は静寂に包まれた。
誰もがシオンの言葉を聞き逃さないように注視している。
ドラゴンもどきの出現からおよそ半年の月日が経過していた。
その間、このヒューマンの世界には異変が起こり続けていた。
否、異変はヒューマンの世界に限った事では無かった。
故に、この世界会議は例年とは比較にならないほど意味のあるものだった。
即ち真に人類種の、ヒューマンの結束が求められる為だ。
シオンは一呼吸整えると、改めて語り始めた。
「既に皆様ご存知の通り、今や我々の世界は我々だけの世界ではありません。このたった半年の間に、今や世界は果て無く広がり、我々がこれまで感知すらし得なかった異世界と融合してしまいました。かつては北方大陸から船を出し海を渡り進み続ける事で、いつかはまた北方大陸へと戻ってくることが出来ました。だが今では深い霧の向こう、異世界に入り込んでしまうのです。宇宙を目指して飛び立とうとも、果てしなく空が広がるばかりです。なぜこんな事が起きているのか。それは、遠く遥か別の時空に在る真世界に齎された異変による影響なのです」
シオンはここで一度言葉を止める。
シオンの語った内容は酷く突拍子の無いものであるにもかかわらず、会場は依然静寂に包まれていた。
ドラゴンもどき、そしてドラゴンの大群の出現の直後から、使徒に忘れ去られた残滓の世界では次々と異変が起こり始めた。
忘れ去られた世界同士が相互に繋がりを持ち始めたのだ。
無縁の世界同士が繋がり合い、拡張された。
今や使徒に忘れ去られた残滓世界は一つの世界として融合を果たしていた。
それは同時に、異世界同士の直接衝突をも暗に意味していた。
「……勿体ぶらなくて良い、話を続けたまえ」
リーディアの言葉を受け、シオンは再び語り始める。
「我々が皆さんに以前送付した資料には目を通していただけたかと思います。そこに記載しましたように、我々の世界というのは、言わば捨てられた世界です。我々を創り出した上位存在による真世界創造の為の下準備で生み出されたに過ぎないのです。その真世界には我々の想像もつかないような実に様々な種族が存在します。……そして、今まさに我々が直面している無縁の世界同士の融合によって、この世界は新世界の模倣を初めている可能性がある、というのが我々の見解です」
「いやいや、流石に君ね。話が突飛すぎやしないかね」
シオンの言葉に割って入ったのは、西方に位置する諸島群のうちの一国、マイケル王国のマイケル・スミス国王だ。
更に、今年度の世界会議の開催国であるワラクのノブヨシ・オダ首相も後に続く。
「現実に起きた事はありのまま受け入れる。だが、この世界が捨てられた世界だとか、新世界の模倣をしているだとか、正直それが一体何だというのだ。その真世界の真似事が、直近にしろ将来的にしろ、我々に何か影響を及ぼすのかね?」
この二人を皮切りに、堰を切ったかのように会場内が騒めき立った。
シオンの発言に対する数々の野次が飛び交う中、リーディアがゆっくりと立ち上がる。
「落ち着きなさい。皆様方の不安は理解できる。だがシオン氏は単なるオカルト研究家とはわけが違う事を皆様はお忘れのようだ。エルヴェン・ソーサラーは大戦時には旧大陸軍の最高の技術開発機関のひとつだった。そんな組織のトップがこの世界会議の場で根拠の無い戯言を言うと、皆様は本気でお考えか?」
リーディアの言葉を受けて、会場内はようやく落ち着きを取り戻す。
そしてリーディアに鋭い視線を向けられたシオンは、少し慌てながら再び前に出る。
「……上位存在、我々は使徒と呼称していますが、それが真世界を創り出した目的はただ一つ。使徒の更に上に位置する最上位の存在、即ち神に匹敵する存在を生み出そうとしたからです。真世界とは様々な種族が時には争いながら頂点を目指す世界。では、我々の住まうこの世界が、そんな真世界の模倣を始めたら何が起こるか。正に今、皆さんが最も危惧している事態に直面するのです。つまり……」
「……異世界間での戦争、或いは潰しあいか」
リーディアがシオンの言葉を繋いだ。
シオンはそれに黙って頷く。
すると、シオンの直ぐ側の席に座っていた女性が立ち上がり、シオンに向き直った。
「だが、今のところその気配は無い。もちろん君達は既に我が国の領土内でドラゴンとの戦闘を経験しているが。その後、特に何か起きたわけでは無いぞ」
この女性の名はフェオドラ・ぺガノヴァ・ヴァン・アウリア=イグノドス。
北方大陸に位置する二大国家の内の一つ、鉄人連邦の大統領である。
そして、エルヴェン・サクセサーの本拠地である"塔"はこの鉄人連邦の領土内に存在する。
シオンはフェオドラ大統領に向き直り、一礼する。
「大統領、それは当たり前なのです。何故ならこの繋がった世界の中で最も化学技術という面で有利なのが、我々だからです。自由に海や空を渡り歩ける種は恐らくそう多くは無いのです。もしかしたら他の多くの種族は、世界が繋がってしまった事にすら気づいていないかもしれない。だが、いずれその時は来ます。単純な異種族間の接触は、やがてこの世界の支配を賭けた争いへと発展するのです」
「なら、どうしようと言うんだ」
「大統領、いや、この場に集まった皆さん。この人類の未曽有の危機を乗り切るには一つしか方法はありません。つまり、先手を打つのです」
シオンの提案を受け、会場内が再び騒めき始めた。
先程までとは違い、殆どの会議参加者はシオンの発言に明らかに困惑の色を示していた。
シオンはそれに構わず話を続ける。
「我々には高度な科学技術に基づく豊富な武装がある。二十一年前の第二次大陸間戦争では究極兵器も完成していました。これらの圧倒的攻撃力を以って確実に先手を打ち、異世界を征服するのです。そうする事で未知の資源なども手に入るかもしれない。それはやがて人類の発展へと繋がるのです。最も、ここから先は皆様の判断の領域ですから、私の話は以上です」
会場が動揺と混乱に包まれる中、シオンは一歩下がり着席する。
そして自身の後ろの席から会場の様子をじっと伺っていたセイルに話しかけた。
「……いっそのこと、今この場で貴方の力を誇示してみては?」
「そんな事したらびっくりさせちゃうだろうが、貴族のおじさんおばさんとか。ああいう連中は多分心臓弱いって。そうじゃダメなんだよ。どちらかというと英雄として受け入れられる形にしなきゃ」
セイルは不敵な笑みを浮かべた。
そして鎮まる事の無い世界会議の会場の様子をただ眺め続けていた。