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クレイヴィング・コンカラー  作者: ですの
ATTACK OF THE OUTER ENTITY
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第一話 綿飴

某所で企画されたシェアードワールド「PINK」の参加作品です。


今日もまた朝日が昇る。

人々は目覚め、仕事支度をしたり、朝食を楽しんだりする。


次第に外が騒がしくなる。

慌ただしく駆けていく車のエンジン音や、電話に向かって怒鳴り散らしながら忙しく歩道を進む人達。


やがて太陽が天の中心を捉え、燦燦と輝き出す。



そして青年はベッドからようやく抜け出した。

不機嫌な表情を隠そうともしないまま、この青年、セイルはだらしない動きで身支度を整える。



セイルは、自分の思い通りの世界を夢見ながら、しかし実行する気力も努力も無く、怠惰に日々を過ごしていた。



この日もきっとそんな実りの無い一日になると、セイルは心の中で確信していた。

頭の中では常にこの世界の人々やシステム、ルールに対して不満が募る。


自分がもしこの世界を自由自在に作り変えられるなら。


人知を超えた存在になれるなら。


セイルは遅すぎる朝食を作りながら、また意味の無い空想に耽っていた。


「大学、行かなきゃな」


無気力な目線でセイルは時計に目配せすると、だらしのない顔をどうにか正す為、洗面台へと向かった。


そしてどうにか身支度をして、重い足取りで部屋を出た。


バス停の前には既に列が出来ている。

同じ大学に通っているであろう連中や、午後の仕事に向かうビジネスマンに混ざりながら、セイルもバスに乗り込む。


バスが発車する。

セイルは心地の良い揺れに再び眠気を誘われ、まどろんだ瞳で窓の外を眺めていた。



何かがこちらに向かって猛烈な勢いで飛翔してくるのが見えた。


一瞬、セイルはそれが夢だと思った。

だが、車内に悲鳴が響き渡る。


セイルの思考が急激に覚醒した。

バスの車内は飛翔してくる何かに対する恐怖ですぐに満たされた。


間もなくそれはバスに激突した。

これまでに間違いなく経験した事の無い衝撃がセイルの身体を貫く。


セイルは、自身の死を確信した。

そして心の底から生を願った。


セイルの意識はそこで途切れた。




焦げ付いた匂いが鼻にこびりつく感覚を覚え、セイルは目を覚ました。


まずセイルは自分が目を覚ました事に驚いた。

そして身体を起こし、辺りを見渡す。


バスの残骸が散らばり、黒焦げになり横たわっている人々が目に映った。

道路には巨大なクレーターのようなものが出来上がっていた。


セイルの他に、バスの乗員で生存者はいなかった。



「おい俺、生きてるのか……。俺だけ? あははは、あはははは!!」


セイルは笑っていた。

心の底から笑っていた。



「でも痛い……、どこか骨が折れてるんじゃないかこれ……。ま、前歯も一本無くなってるみたいだ。あははは、ははははは!! でも俺は生きてるんだ!! 俺だけが!!」



セイルはとても清々しい気持ちで満たされていた。

久しぶりに幸せを感じていた。


「あらぁ、嬉しそうねぇ」


何者か、いや、何かに話しかけられ、セイルの表情から一瞬の間に笑顔が消え去る。

直感で、セイルはその声に不気味なものを感じ取った。

セイルは声の方向へ目線を移す。



綿飴と目玉。


少なくとも、セイルの脳はそう認識した。

綿飴の中心に、一つ目が埋まっている。

そしてその何かはふわふわと宙に浮いていた。


それは再びセイルに話しかける。


「あなたぁ、凄いわねぇ。あの土壇場であんな事考えるなんて。あなた相当イカれたヒューマンじゃないのぉ」


セイルはただ、その綿飴を見つめていた。


幻覚だ。そりゃそうだ、あれだけ凄まじい事故に遭ったのだから、脳にダメージが無いほうがおかしい。

セイルは心の中で気持ちを整理するようにそう呟く。


「幻覚じゃないわよ。幻覚じゃないのよぉ!」


「……なんでもいいさ、俺は生きてるんだから! 現実の存在なら誰か助けを呼んでくれないか!」


綿飴に向かってセイルは応える。

どうせ暫くすれば消えてなくなるだろうと思っていた。


「"生きてる"じゃないわよぉ! あたしが生かしてあげたんじゃないのぉ! もぉ!」


「どういう事だ、説明してくれ。あと助け呼んで」


ふと、何故自分は幻覚に真面目に言葉をかけているのかという考えがセイルの脳内をよぎった。

だがイレギュラーが積み重なっているこの状況でそんな事を考えるのは野暮だと直ぐに思い直した。


綿飴は相当ウキウキしているらしい。

気色の悪い見た目はそのままに、小刻みに左右に揺れながら話し始めた。


「あなたねぇ! ヒューマンってあたし色々ずっと観察してたけれど、普通事故とかで死にそうな間際って単純に『死にたくなーい!』とか『まだやり残したことがある!』とか、そんな感じよ」


「俺もそうだったろ、あと助け呼んでほしいかも」


「あなた違ったわよ! あなた『ここに居る奴らはこの世界にとって無価値だから、この全員の命を奪う代わりにこの世界に必要とされるはずの自分を助けてくれ!』って、心の中で神様にお願いしてたじゃない! 異常よあなた! 長いわよ! お願い! 長くてあたしちょっと笑ったわよ!」


セイルはその瞬間を思い出そうとする。

が、そんな事を考えたような覚えは無かった。


「そりゃそうよ、潜在意識ってやつなのよぉ! なんにせよ、あたし貴方みたいなヒューマン初めてだったの! それに、この世界に必要とされたいのなら、あたしにとっても丁度良い物件だし。だから、特別に生かしてあげたの」


「……俺の考えてる事がわかるのか?」


「わかるわよぉ! あたし監視者だもん!」


「じゃあまず助けを呼べよ!!」


綿飴はふわふわ満足気に揺れるだけだった。


「もしかして、俺の願いならなんでもかなえてくれるのか? ちょっと前歯が欠けてるから、治してほしいんだよ。この国では歯が整ってないと見下されるからな」


ふと、セイルはそんな事をこの醜悪な見た目の綿飴に問う。


「そんな便利なモノじゃないわよ、バカね。ねぇあなた、あたしと取引しない?」


綿飴は前歯の件をあっさりと受け流し、突然そんな事を言い出した。


「なんだよ、取引って」


綿飴の中心に目玉がただ一つあるだけの、監視者を名乗るその異形が、セイルの目には一瞬笑ったように映った。


「この世界ね。今ちょっとピンチなの。どこかのバカがどこかの世界で何かをやらかして、妙なエネルギーが流れ込んできちゃっててねぇ。その影響で、なんていうの? モンスター?みたいなのがね、気持ちの悪いのがね、現れがちなのよぉ。でねぇ、そいつらを倒してこの世界を正常化させないとまずいんだけど、誰にでもできる事でも無いって話よぉ」


「不明慮過ぎて何がピンチなのか何一つわかんねえ凄ぇなお前」


「あなた、この世界を変えたいんでしょう? この世界に自分の価値を見出したいんでしょう?」


綿飴は唐突にセイルに問いかける。



「……そうだよ」


「だったらそのお手伝いをしてあげられるのよぉ! あたしは!」


遠くからサイレンの音が聞こえる。

消防や救急隊が事故現場に向かってきているようだ。


「あら、人目につきたくないわねぇ、あたし」


「心配すんなよ、俺の幻覚なんだよお前」


「うーん、仕方ないわね、あなたの前歯の代わりになってあげる」


綿飴が光に包まれる。

そしてセイルの口元に向かってその光が突き進んでくる。


「な、なんだ……あっ!?」


「あたしはここにいるわよぉ」


セイルの前歯から、先程のおぞましい綿飴が発していた声と同じものが聞こえてきた。


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