第九話 6月にハワイで挙式、だからパスポート
慶子は将大の部屋に一度下がると、図面ケースの筒を持ってきて、
「これでよかったかしら、将大さん?」
将大に差し出した。
将大は受け取り、直ぐさま芽久美と優斗に渡し、
「開けてみな。そこに二人をクビにしなくちゃいけねぇ理由が入ってあらぁ」
筒には“ブルームフィールド建築設計事務所”と書いてあった。
芽久美は気が立っているので、
「何よ、こんな物・・・」
だが、優斗は冷静で、
「これ、何かの図面すね?」
将大はニヤリとして、
「優斗ぁ、察しがいいな」
優斗は頭を下げ、
「失礼します」
筒を開けると店の外観図と内装完成図のイラストが出てきた。
それぞれの図面の右下に“あ津眞・仙台店”と記入されていた。
優斗は未だ状況が掴めておらず、
「こ、これ、どういう事っすか?大将?」
刹那、将大はきっちり正座に座り直すと、頭を下げて、
「亜矢優斗くん、この芽久美を嫁に貰って、仙台の店で主やってもらえないか」
芽久美は焦って、
「ちょ、ちょっと、パパ。いきなり過ぎだし、訳わかんない」
将大は至って冷静で、
「芽久美、お前俺の出身地知ってるな?」
「パパの田舎って、宮城よね?もう随分昔に、お爺ちゃんのお葬式に行ったっきりだから・・・」
「おうよ、宮城さ。でな、前の東日本大震災の時、車飛ばしてボランティアで炊き出し行ったが、それからずーっと東北の為に何か出来ねぇかって考えてたんだよ」
「そうなんすか、大将・・・」
優斗は頷く。
「おうよ。それで優斗、お前の恩人のウィリアム艦長のご友人で、ニューヨークで不動産のお仕事をされてる“マイケル・ブルームフィールド”さんて人物が居てな。この前来店された時に、『仙台にビルを買ったんで店子を探してる。出来れば割烹がいいって』話があってよ。俺ぁ、考えたんだよ。横浜の店も順調だ。だったら、故郷に恩返しをしても良いんじゃねぇか?って。だったら、東北の人に美味い飯も食べてもらえるし、人も雇ってやれる。そうは思わないか?芽久美、それに優斗」
芽久美と優斗は頷くしかない。
「つまりね、この将大は、その大事なお店を二人でもり立ててやって欲しいの。だから、芽久美さんは本店の若女将を辞めるし、優ちゃんも一緒に宮城へ行くのよ」
慶子が話を纏めた。
将大はジャケットの懐から分厚い封筒を取り出す。
厚みからして、百万円は在るだろうか。
すっと、芽久美の前に差し出し、
「だからよぉ、明日から芽久美と優斗、二人で東北旅して新しい仕入れ先探しや、どんな物が好まれるかも調べてきてくれ。ちょっとした婚前旅行のプレゼントだ」
将大は改めて頭を下げ、
「頼まぁ、優斗。男手一つで育てたから、至らない処も多々ある我儘な娘だが、根は本当に優しい娘なんだよ。このとおりだ」
父親の親愛の思いに芽久美は心打たれ、
「パパ、そこまでアタシの事・・・、ありがとう」
芽久美の頬を一筋の涙が伝う。
又、優斗は優斗で、
《父親の娘への愛って、こんなんなんや・・・。でも、エエんかな?俺、ここまでしてもろて》
未だ受け止めきれずにいた。
将大は頭を上げて胡座をかくと、少し照れて、
「あー、いい忘れたが、今度の6月にハワイで俺達とお前らの結婚式を挙げるから、パスポート用意しとけ」
芽久美と優斗はお互いに顔を見合せ、
『え"ーーーーーーっ!』